2019年07月01日号
次回7月16日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

宮本隆司「いまだ見えざるところ」

会期:2019/05/14~2019/07/15

東京都写真美術館 2階展示室[東京都]

宮本隆司の代表作といえば、1989年に第14回木村伊兵衛写真賞を受賞した『建築の黙示録』(平凡社、1988)、あるいは1995年の阪神・神戸大震災の直後に被害を受けた街と建物を撮影した「KOBE 1995 After the Earthquake」というところになるだろうか。どちらもほぼ人影のない街路や建築物を撮影したもので、「建築写真」をベースにして都市の景観を撮影する写真家というイメージが彼にはつきまとってきた。ところが、今回東京都写真美術館で開催された「いまだ見えざるところ」展では、その宮本の写真の世界が大きく変容・拡張しつつあることが示されていた。というより、都市と建築というテーマの背後に、人や自然や暮らしといった、より柔らかに伸び広がっていく地層が続いていたことが、あらためて見えてきたといってもよい。

全112点の作品は、「都市をめぐって」と「シマというところ」の二部構成で展示されている。「都市をめぐって」のパートの「Lo Manthang」(1996)、「東方の市」(1984〜1992)といった、アジア各地で撮影された生活感のある都市風景の写真群も興味深いが、より重要なのは「シマというところ」ではないだろうか。両親の出身地ということもあり、宮本は鹿児島県徳之島で「徳之島アートプロジェクト 2014」を立ち上げ、アート、建築、テキスタイル、演劇などのイヴェントを開催した。それをきっかけに宮本自身も、住人たちのポートレート、ソテツのクローズアップ、ピンホール写真などを制作し始める。今回の展示には、21歳のときに撮影したという野辺送りの写真や親族のポートレート、3点もあわせて出品されていた。

それらの写真から伝わってくるのびやかな雰囲気、南島の人や自然との柔らかく細やかな触れ合いの感触は、宮本のほかのシリーズではなかなか味わえないものだ。ちょうど東松照明が、沖縄で撮影した写真をまとめた『太陽の鉛筆』(毎日新聞社、1975)で写真家としての原点回帰を試みたように、宮本もまた徳之島での制作を足がかりとして新たな領域に踏み出そうとしているように見える。彼の作品世界の読み直しが必要となるだろう。

2019/05/23(木)(飯沢耕太郎)

布施直樹「I saw a dream yesterday」

会期:2019/05/21~2019/06/08

コミュニケーションギャラリー ふげん社[東京都]

布施直樹はこれまで開催した展覧会で、彼が2006年以来撮影してきた大量の写真を壁面に撒き散らすように展示してきた。いわば、とめどなく流出するパッションをそのまま垂れ流していたのだが、今回の展示はかなり抑制が効いたものになっていた。小さめのプリントをモザイク状に壁に直貼りしたパートもあるが、主要な作品は大きく引き伸ばして、きちんとフレームにおさめて展示している。そのことによって、彼が何を基準にしてシャッターを切り、写真を選択したのかが、より鮮やかに浮かび上がってきた。

布施は会場に掲げたテキストに以下のように記している。

「感情の世界とその先の世界を行き来する。時間から、感情から放たれ、“なにか”とつながる。[中略]感情のその先にある世界にふれ、生きた実感を与えられる。つかの間の自分の居場所をみつけられた気持ちになる」

ここで語られている「感情のその先にある世界」が、具体的にどのようなものかは、布施の写真を見ていただくしかないだろう。「祭の送り火、川を渡る人、虫の死骸、散り際の花、能舞台、祈祷する僧侶、闇夜に散る花火」など、そこには彼が出会った事物が、脈絡なく、まさにつかみどころがない「昨日の夢」のように写り込んでいる。だが、それこそが「自分の居場所」であるという確信はしっかりと伝わってきた。

今回、写真の選択の純度をあげたにもかかわらず、それらが逆に多くの人たちの記憶や経験と響き合うような、開かれたものとなったことが興味深い。布施の世界認識の根底にある東洋的な無常観が、よりわかりやすいかたちで表に出てきたということではないだろうか。彼の写真が欧米のギャラリーで展示されたときに、観客がどのように反応するのかを確かめてみたくなる。

2019/05/23(木)(飯沢耕太郎)

田口和奈「エウリュディケーの眼」

会期:2019/05/08~2019/06/01

void+[東京都]

田口和奈の展示を見るのはひさしぶりだ。void+では10年ぶりの個展だという。今回の展覧会は「五島記念文化賞美術新人賞研修帰国記念」として開催されたもので、展示されているのは、田口が現在制作中の本『エウリュディケー』から派生した近作である。

田口は雑誌の画像、ファウンドフォト、自分が撮影した写真などのパーツを組み合わせて架空の人物や場所を描き、それをカメラで撮影して印画紙にプリントするという手法で作品を制作する。どこか錬金術を思わせるそのプロセスによって出現してくるモノクロームの画像の精度、密度は驚くべきものだ。だが、今回展示されている作品は、その制作プロセスの途中経過をそのまま提示したもので、「仮の」状態が生々しく露呈しているものが多い。逆にそのことによって、制作中の田口の思考を覗き見ているような面白さが生じている。タイトルの「エウリュディケー」とは、ギリシア神話のオルフェウスの妻の名前である。オルフェウスは、冥界から彼女を連れ帰ろうとしたが、もう少しのところで果たせずに終わる。展示されている写真には、そのような手が届きそうで届かないもどかしさが、隠喩的に表現されているようにも感じた。

どうやら『エウリュディケー』の制作は難航しているようだが、どんなふうにでき上がるのかが楽しみだ。田口のことだから、おそらく一筋縄ではいかない書物になるのではないだろうか。

2019/05/16(木)(飯沢耕太郎)

北島敬三「UNTITLED RECORDS 2018」

会期:2019/05/07~2019/05/27

ニコンプラザ新宿 THE GALLERY[東京都]

北島敬三は1990年代から各地の風景を厳密な画面構成で撮影していく「Places」のシリーズを制作・発表し始めた。その試みは2000年代に入っても続けられ、2012年、2013年に『日本カメラ』に発表されたときから「UNTITLED RECORDS」と命名されることになる。2014年からは、年4回ほどのペースで東京・新宿のphotographers’ galleryでの連続展が開催され、その度に同名の写真集が刊行されるようになった。その数はすでに15回を数える。今回のニコンプラザ新宿 THE GALLERYでの展示は、2018年に1年間かけて北海道から沖縄まで全国各地で撮り下ろした写真を集成したもので、あわせて写真集『UNTITLED RECORDS Vol.16』(KULA、2019)が刊行された。

一見すると、かなり恣意的に「無題の」風景や建物を切り取っているようだが、このシリーズには北島の周到な選択眼が隅々まで働いている。撮影しているのは必ず曇り、雨などの日で、風景にドラマチックな要素を付け加える光はできる限り排除される。被写体として選ばれるのは、あまり地域的な特徴を持たない建物で、テントや小屋などを含む「仮設」の印象を与えるものが多い。建物を単独でクローズアップすることはほとんどなく、空き地や道路のような周辺の環境がかなりのスペースをとって写り込んでくる。このような厳密な手続きを経て定着された眺めは、2011年の東日本大震災以後の日本各地の景観がどのように変貌しつつあるかを、まざまざと指し示している。画面を覆い尽くす「鈍色の輝き」(倉石信乃)は、まさにこの時代の空気感そのものだ。

このプロジェクトは2021年まで、全20回にわたって続けられる予定だが、これら名もなき風景の記録が、50年先には「未来の視覚資料」としての重要な意味を持つことは間違いない。今回の個展はその中間報告的な意味合いを持つものであり、プロジェクトが完結したときには、より大規模な展示を実現してほしいものだ。

2019/05/14(火)(飯沢耕太郎)

永坂嘉光「空海 永坂嘉光の世界」

会期:2019/04/18~2019/06/03

キヤノンギャラリーS[東京都]

永坂嘉光は1948年に和歌山県高野山に生まれ、大阪芸術大学に在学していた20歳の頃から、生まれ育った高野山一帯を撮影し始めた。以来50年にわたって、ライフワークとして撮り続けてきた写真を集成したのが、今回の「空海 永坂嘉光の世界」展である。

永坂の写真を見ると、やはり子どもの頃から慣れ親しんできた高野山を、そのまま自然体で撮影し始めたことが大きかったのではないかと思う。高野山はいうまでもなく、空海(弘法大師)を開祖とする真言宗の聖地であり、一大宗教都市でもある。だが、永坂の写真には、ともすれば古寺や仏像を撮影する写真家が陥りがちな、エキセントリックで神懸かり的な雰囲気はほとんど見られない。むろん朝霧に包まれた根本大塔の遠景や、吹雪の日の壇上伽藍、夏の台風が通り過ぎたあとに水平にかかる虹の眺めなど、奇跡とも思えるような瞬間を写しとめた写真はたくさんある。だが、それらを含めて、永坂は画面構成や露光時間を厳密に設定し、こう写るはずだという予測のもとにシャッターを切っている。時に予測を超えた光景が「写ってしまう」こともあるが、それも含めて「写っている」ものを受け容れていこうという姿勢は一貫している。別な見方をすれば、彼の写真は、あらゆる観客、読者に向けて開かれた普遍性と奥行きの深さを備えているともいえるだろう。

今回の展示では、高野山だけでなく、空海が修行した四国や中国で撮影した写真を含めて、その足跡を「地、水、火、風、空」の「五大」の集合体として捉え直そうとしている。東寺の五大明王像や両界曼荼羅図の写真を含む、内陣のような空間を会場の中央に置いた展示構成も、とてもよく練り上げられていた。永坂の写真の世界は、空海や高野山に留まることなく、より拡張していく可能性を秘めているのではないだろうか。なお展覧会にあわせて、代表作147点をおさめた写真集『空海 五大の響き』(小学館、2019)が刊行された。

2019/05/11(土)(飯沢耕太郎)

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