2020年01月15日号
次回2月3日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

禅フォトギャラリー10周年記念展

会期:2019/09/18~2019/10/19

ZEN FOTO GALLERY[東京都]

東京・六本木の禅フォトギャラリー(ZEN FOTO GALLERY)が開廊10周年を迎え、その記念展が開催された。2009年にマーク・ピアソンが渋谷に設立し、2011年に現在の六本木に移転した同ギャラリーでは、これまで80名を超える写真家、アーティストの163の展覧会を開催し、130タイトル以上の写真集を刊行してきた。今回はその写真集の実物すべてを壁面に並べて展覧している。

マーク・ピアソンは「私自身と他の人々の生活の質の向上に向け、ささやかながら私が調整役を果たすための手段」としてギャラリーを運営してきた。単純に写真作品や写真集を売買して利益を得るというだけではなく、彼自身の理想を追い求めてきたということだ。それゆえ、禅フォトギャラリーのラインナップは、極めて独特なものとなっている。北井一夫、石川真生、須田一政、土田ヒロミ、山内道雄、有元伸也、中藤毅彦、殿村任香、東京るまん℃、梁丞佑など、個性的な顔ぶれだ。さらに若手の写真家や、莫毅(モイ)のような中国の写真家たちにもきちんと目配りしている。写真集のクオリティの高さも特筆すべきもので、第35回土門拳賞を受賞した山内道雄の『DHAKA 2』や、第26回林忠彦賞を受賞した有元伸也の『TOKYO CIRCULATION』など印象深いものが多い。

イギリス人のマーク・ピアソンと、そのアシスタントとして展示や写真集制作に重要な役目を果たしてきた台湾出身のアマンダ・ロは「どちらも日本人ではない」。そのために「必然的に間違いを犯し続ける」こともあったという。だが逆に日本人の常識にとらわれない物の見方で、この10年、新風を吹き込んでくれたともいえる。蒔き続けた種子が大きく育って、収穫の時期を迎えるのはむしろこれからだろう。

2019/10/02(水)(飯沢耕太郎)

大西みつぐ写真展「NEWCOAST2 なぎさの日々」

会期:2019/10/01~2019/10/19

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

大西みつぐは1980年代後半から90年第初頭にかけて、「NEWCOAST」と題するシリーズを撮影していた。「バブルの熱に浮かされた人々が戸惑いながらも居場所を求め、東京湾岸に集うようす」を、カラーフィルムの中判カメラで撮影したシリーズである。それから30年余りが過ぎて、「いったい風景の何が変わったのか? あるいはまた繰り返しの季節を迎えているのか?」と自問自答しながら、以前撮影したのと同じ葛西海浜公園の人工なぎさにカメラを向けたのが、今回の「NEWCOAST2 なぎさの日々」である。

全29点の写真のたたずまいに、それほど変化があるようには見えない。とはいえ、30年余りが過ぎるなかで、かつてはやや違和感があったアメリカ西海岸っぽい雰囲気が、それなりに身の丈に合ったものになっていることに気がつく。海浜公園での人々の振る舞いが、背伸びしなくても、日本人のライフスタイルと溶け合うようになってきているということだろう。大西のカメラワークも自由度が高まり、被写体との距離感を自在に調整することができるようになっている。それでも「なぎさの日々」には、日常からは多少ずれた「ハレ」の気分がまつわりついている。このシリーズには、大西の写真のメインテーマというべき「川」を中心とした東京の下町の情景とは一味違ったテンションの高さがある。大西は展覧会のリーフレットに「川(荒川)と海(東京湾)を行ったり来たりしながら写真家として生きてきた」と書いているが、その往還のプロセスから、今後も魅力的な写真群が生み出されていくのではないだろうか。

2019/10/01(火)(飯沢耕太郎)

奥山由之『Girl』

発行所:BOOTLEG

発行日:2019年9月14日

奥山由之は、2011年の第34回「写真新世紀」で優秀賞を受賞して、写真家としてデビューした。そのときの展示を見て、まだ21歳という若さにもかかわらず、ひとりの少女の姿を淡い光と影の移ろいのなかに浮かび上がらせ、その微かに身じろぐようなたたずまいを捉える能力の高さに驚かされた。何だかHIROMIXの写真のようだと思ったら、当のHIROMIXが審査員として優秀賞に選んでいるのがわかって、妙に納得したことも覚えている。

その受賞作「Girl」は、2012年にPLANCTONから少部数の写真集として刊行されたのだが、あまり話題にもならず絶版になっていた。その後奥山は、 写真集『BACON ICE CREAM』(PARCO出版、2016)を刊行し、同名の個展をパルコミュージアムで開催して、一躍注目を集めるようになった。その後の活躍ぶりはめざましいものがある。今回BOOTLEGから復刊されたのは、その彼の写真家としての原点というべき写真集『Girl』である。

あらためてページをめくると、写真作品一点一点のクオリティの高さだけでなく、モノクローム写真にカラー写真を効果的に配合して、少女を軸とした物語を構築していく力を、彼が既にしっかりと身につけていたことがわかる。だが、その完成度の高さは諸刃の剣といえるだろう。あまりにも早く自分の世界ができあがると、そこに安住して、同工異曲の繰り返しに走ってしまうことがよくあるからだ。だが、奥山はその後『Girl』を足場にして、意欲的に自分の写真の世界を拡張していった。それが、現在の彼の写真家としての立ち位置につながっているということだろう。

2019/09/25(水)(飯沢耕太郎)

北野 謙 写真展「光を集める」

会期:2019/09/17~2019/11/10

写大ギャラリー[東京都]

北野謙は東日本大震災のあと、「何をどう踏み出していいのかわからない」状態に陥る。そこで「東京の街でセルフポートレイトを撮る」ことで、新たなきっかけを見出そうとした。そのとき、手鏡で太陽の光を反射させて撮影したことから、「光」をテーマとした写真群がかたちを取ってくる。その「reflect」シリーズは、2013〜14年に文化庁新進芸術家在外研修員としてアメリカ・ロサンゼルスに滞在時に制作された、長時間露光で太陽の軌跡を定着した「day light」シリーズにつながっていった。

北野はさらにアメリカから帰国後に、今回の展示のメインとなる「光を集める」シリーズに着手する。ある場所にカメラをセットし、冬至から夏至までの太陽の軌跡を可視化しようとする作品である。「6カ月長時間露光」という破天荒なアイディアによって捉えられた画像は、写真家の思惑をはるかに超えたものだった。時にはカメラに雨水が浸水したり、カメラそのものが壊れてしまったりすることもあるという。画像そのものの色や形も、どんなふうになるかまったくわからない。「写真を撮る」というよりは「毎回像が〈現れる〉現場に立ち会う感覚」という彼の言葉には実感がこもっている。

北野の「光」をテーマとする作品は、山崎博や佐藤時啓の仕事と共通性を持つ。ただ、山崎や佐藤の作品では場所性が希薄なのと比較すると、北野はカメラを「国立療養所長島愛生園」、「金沢21世紀美術館」、「東京工芸大学」に設置するなど、特定の場所と光との関係を積極的に写真に取り込もうとしている。「光を集める」というのは、いわば写真表現の原点というべき行為であり、これから先も、より広がりのある仕事として展開することができるのではないだろうか。

2019/09/23(月)(飯沢耕太郎)

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K・P・S 植木昇 小林祐史 二人展

会期:2019/09/14~2019/10/06

MEM[東京都]

東京・恵比寿のギャラリー、MEMでは、このところ1950年代の関西の写真家たちの作品の掘り起こしを進めている。今回はK・P・S(キヨウト・ホト・ソサエテ)に属していた二人の写真家、植木昇と小林祐史の二人展を開催した。K・P・Sは1920年代に京都の後藤元彦を中心に発足した写真研究団体で、写真館を営んでいた植木と小林は、その最も活動的なメンバーだった。戦前は絵画的な「芸術写真」を制作していた二人は、戦後になると大きく作風を変えていく。そして1948年から「自由写真美術展」と称する展覧会を毎年開催し、フォトモンタージュ、オブジェのクローズアップ、画面への着色など前衛的な傾向の強い作品を発表していった。

当時は土門拳や木村伊兵衛が主唱した「リアリズム写真」の全盛期であり、植木や小林の主観的な解釈に基づく作品は、どちらかといえば否定的な評価を受けることが多かった。だがいま見直してみると、彼らの写真作品は、戦前から関西写真の底流に流れる自由な創作意欲をいきいきと発揮したものであり、作品のクオリティもきわめて高い。1930年代の「前衛写真」については、だいぶ研究・調査が進んでいるが、戦後の1950年代になるとまだ手付かずの部分がたくさんあることをあらためて強く感じた。植木の手彩色による色彩表現の探求、小林の繊細で知的な画面構成はかなりユニークな作例であり、さらに調査を進めれば、未知の作家の仕事も見つかるのではないかという期待もふくらむ。会場には植木が12点、小林が13点、計25点が展示されていたが、小林の作品はもっとたくさん残っているという。ほかの写真家たちも含めて、1950年代の写真家たちの仕事を総合的に紹介・検証する展示企画が望まれる。

2019/09/22(日)(飯沢耕太郎)

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