artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

竹之内祐幸「Warp and Woof」

会期:2023/10/06~2023/11/18

PGI[東京都]

PGIで開催されてきた竹之内祐幸の個展をこれまで何度か見て、いい作家だとは思うのだが、いまいちその輪郭、方向性を掴みきれないでいた。だが今回の「Warp and Woof」展に彼が寄せたテキストを読んで、「なるほど」と腑に落ちるものがあった。

竹之内は取材で「ヒッピーの集落」を訪れ、自分の世界とはまったく異なる習慣や振る舞いを目にして大きなショックを受けた。そのときに、一緒に行った編集者が「普段の自分とかけ離れた“際”の世界を知ると、自分の心の地図が広がった気がしませんか」と話してくれたのだという。それを聞いて「自分の身の回りの景色だけでなく、それを構成しているもっと大きな世界にも目を向けよう」と思い、望遠レンズで遠い風景を撮影し始めた。

そういう目で見ると、竹之内の写真ではいつでも「自分の心の地図」を広げようという思いがかたちをとっているように感じる。ある被写体にカメラを向けるとき、その対象物を超えた「もっと大きな世界」を常に意識しているというべきだろうか。そのため、展覧会や写真集には、何をどんな目的で撮影したのかよくわからない、意味づけをはぐらかすような写真が並ぶことになる。今回の展示では、その狙いは被写体の選択だけでなく、会場構成にも及んでいた。大中小のフレームが用いられているだけでなく、大きなフレームに窓を切り、そこに小さな写真を25-27枚はめ込んで縦横に繋げていく作品もある。さらに3面マルチの映像作品もあり、「心の地図」をさまざまなかたちで描き出していこうとする彼の意図がよく伝わってきた。

昆虫や鳥、水の表面、岩山、樹木、後ろ姿の人物など、竹内が拾い集めてきたものたちは穏やかに自足しているように見えて、何か別なものにメタモルフォーゼしかねないような、やや不穏な気配も感じさせる。「心の地図」を声高に押しつけるのではなく、慎み深く、そっと差し出すような彼の姿が、写真の行間から浮かびあがってくるような展示だった。なお展覧会に合わせて、FUJITAから同名の写真集(デザイン:藤田裕美)が刊行されている。


竹之内祐幸「Warp and Woof」:https://www.pgi.ac/exhibitions/8962

2023/11/08(水)(飯沢耕太郎)

寺崎珠真『Heliotropic Landscape』

発行所:蒼穹舎

発行日:2023/11/7

寺崎珠真(たまみ)は1991年、神奈川県生まれ。2013年に武蔵野美術大学造形学部映像学科を卒業し、これまで新宿・大阪ニコンサロン、コニカミノルタプラザ、Alt_Mediumなどで作品を発表してきた。本作が最初の写真集となる。

寺崎が一貫して撮影しているのは、里から山に入ったあたりの雑木林の風景である。特徴的な地形や植生の場所は、あえて避けているように見える。撮影の仕方も、何事かを強調するような主観的な解釈を注意深く回避し、ニュートラルでフラットな描写を心がけている。このような、特定の意味づけを欠いた風景を、緻密に描写していくような写真のあり方は、1980年代くらいから若い写真家たちによって追求され続けてきた。特に東京綜合写真専門学校や武蔵野美術大学などの出身者によく見られる。本年(2023年)5月〜6月にphotographers’ galleryで個展「風景の再来 vol.2 芽吹きの方法」を開催した小山貢弘(東京総合写真専門学校出身)の作品にも似たような傾向を感じた。

彼らの風景写真は、フレーム内に緊密かつ複雑に絡み合った「写真」の構造を完璧に構築していくことを目指している。寺崎の本シリーズでは、それに加えて、「Heliotropic=向日性の」という表題が示すように、かなり強い太陽光によって照らし出され、編み上げられていく光と影の綴れ織りが重要なテーマになっているようだ。その狙いはとてもよく実現しているのだが、そこから先はどこに行き着くのかという課題は残る。この厳密な作業を、「写真」の美学的な達成だけに限定していくのはもったいない気がする。むろん旧来の風景写真、自然写真の枠組みにおさまる必要はないが、ここから、新たな現実認識を導き出す契機を探っていってほしいものだ。

なお、2023年11月7日〜11月20日にニコンサロンで写真展「Heliotropic Landscape」が開催された。


寺崎珠真『Heliotropic Landscape』:http://tatara.sun.bindcloud.jp/sokyusha.com/corner476506/pg4778476.html

2023/11/07(火)(飯沢耕太郎)

下瀬信雄『つきをゆびさす』

発行所:東京印書館

発行日:2023/10/10

1944年、旧満洲国新京生まれ、山口県萩市に写真館を構えながら、広がりと厚みのある仕事を展開してきた下瀬信雄の業績はこれまでも高く評価されてきた。2005年に第30回伊奈信男賞を、2015年には第34回土門拳賞を受賞し、2019年は山口県立美術館で回顧展「天地結界」が開催されている。

だが、80歳近い年齢を重ねながらも、下瀬の創作意欲はまったく衰えていないようだ。萩のシモセスタジオに、高精度のデジタルカメラや小型ドローンによる表現領域の拡張を目指す「高精密デジタル画像センター」を併設したことを期して刊行された本書を見ても、新たな方向に踏み出していこうとする意気込みを強く感じた。

本書は「天地(あめつち)」「産土(うぶすな)」「指月(しげつ)」の三章構成である。第一章の「天地」には萩を取り巻く自然環境をダイナミックかつ細やかに捉えた写真が並ぶ。第二章「産土」には主に萩の人谷の日常、暮らしにカメラを向けたスナップ写真が、第三章「指月」には「月を指し示すのにその指先しか見ないと月を失う」という仏教用語を踏まえて、森羅万象から哲学的ともいえる思考を導き出すような写真が収録された。

画素数1億2百万画素の高精度デジタルカメラを使用し、高精細画像出力プリンターで作画したという写真群には、次の一歩を踏み出していこうという下瀬の強い思いが宿っている。それでいて、個々の写真のあり方は決して堅苦しくなく、のびやかに見る者の心を解きほぐしていくような魅力を感じさせるものになっていた。


下瀬信雄『つきをゆびさす』:https://www.inshokan.co.jp/Tsukio_yubisasu

関連レビュー

下瀬信雄展 天地結界|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2019年07月01日号)

2023/11/07(火)(飯沢耕太郎)

見るまえに跳べ 日本の新進作家vol.20

会期:2023/10/27~2024/01/21

東京都写真美術館 3階展示室[東京都]

「見るまえに跳べ(Leap before you look)」というのはW.H.オーデンの詩のタイトル。大江健三郎が、1958年に刊行した短編集のタイトルに使ったのでよく知られるようになった。オーデンや大江健三郎の仕事と本展とのあいだに直接的な関連はなさそうだが、出品作家の作品世界とも、とてもうまく響き合っているように感じた。

熱量の大きな展覧会である。会場の入り口から淵上裕太、夢無子(むむこ)、山上新平、星玄人、うつゆみこと並ぶ展示のエネルギーの放射量はただならぬものがある。作風はバラバラだが、たしかにまず「見る/考える」前に、ともかくシャッターを切って被写体を掴みとるという姿勢は共通している。

淵上は上野界隈のやや不穏な空気感を漂わせる人物たちのスナップ、夢無子はウクライナを二度訪れて撮影した写真群を、日録的な文章とともにスライドショーで見せていた。山上は写真集『Epiphany』(bookshop M、2023)の収録作を中心に、何ものかの顕現を繊細に浮かび上がらせる。星は西成、新宿、横浜などの路上スナップに加えて、4×5インチ判のカメラで撮り下ろしたという西麻布のスナックを訪れた人たちのポートレートを出品。うつゆみこは近作の二人の娘をモデルに撮影した写真を含めて、まさに「Wunder Kammer(驚異の部屋)」(同名の写真集をふげん社から刊行)そのものというべき作品群を開陳していた。

コンセプトを丁寧にかたちにしていく営みも悪くはないが、ある意味行き当たりばったりの衝動に身を任せて「見るまえに跳ぶ」ところに、写真という表現メディアの大きな可能性があるのではないかと思う。そのことを、あらためて強く感じさせてくれた好企画だった。


見るまえに跳べ 日本の新進作家vol.20:https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4542.html

関連レビュー

うつゆみこ『Wunderkammer』|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2023年11月15日号)

2023/11/02(木)(飯沢耕太郎)

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石川真生「私に何ができるか」

会期:2023/10/13~2023/12/24

東京オペラシティ アートギャラリー[東京都]

1953年に沖縄県大宜味村に生まれ、1970年代から沖縄の社会的現実に肉薄する写真を発表し続けてきた石川真生の、東京では初めての本格的な個展である。

会場の写真はくっきりと二つに分かれているように見える。前半部には「赤花 アカバナー 沖縄の女」(1975-1977)、「沖縄芝居―仲田幸子一行物語」(1977-1992)、「沖縄芝居―名優たち」(1989-1992)、「港町エレジー」(1983-1986)、「Life in Philly」(1986)、「沖縄と自衛隊」(1991-1995、2003~)、「基地を取り巻く人々」(1989~)、「私の家族」(2001-2005)と、沖縄を舞台として、文字通り体を張ったドキュメンタリー作品が並ぶ。後半部には、「日の丸を視る目」(1993-2011)、「森花―夢の世界」(2012-2013)といった演出的なパフォーマンスの記録を挟んで、2014年から続けている大作「大琉球写真絵巻」のシリーズが並んでいた。

前半部の、スナップ写真の偶発性を取り込んだドキュメンタリーは、石川以外の誰にも成しえなかった凄みのある写真群といえる。あくまでもプライヴェートな視点にこだわりながら、時にユーモアさえ感じさせる自在なカメラワークで、沖縄の半世紀に及ぶ歴史と時間の厚みを浮かび上がらせていく。だが、後半部分の「大琉球写真絵巻」については、やや割り切れない気持ちが残った。沖縄の過酷な社会状況に対して、多くの人たちとの共同作業を通じて「私に何ができるか」という真摯な問いかけを投げかけていこうという意図は強く伝わるのだが、写真の発するメッセージが直裁的すぎて、イデオロギーのイラストレーションに見えかねないところがあった。

とはいえ、石川が苦闘しつつ編み出していった、演出的な写真とスナップ的な写真の共存という方向性は、さらなる可能性を孕んでいる。ぜひ、より若い世代の沖縄の写真家たちに受け継いでいってもらいたいものだ。


石川真生「私に何ができるか」:https://www.operacity.jp/ag/exh267/

2023/11/01(水)(飯沢耕太郎)

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