2024年03月01日号
次回3月18日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

「写された外地」 吉田謙吉・名取洋之助・鈴木八郎・桑原甲子雄・林謙一・赤羽末吉(JCIIフォトサロン)

会期:2023/11/28~2023/12/24

日本カメラ博物館[東京都]

タイトルの「写された外地」の「外地」というのは、旧満洲国(現・中国東北部)および内モンゴル地域である。今回の展示では、1930年代から40年代にかけて吉田謙吉(舞台美術家、デザイナー)、名取洋之助(写真家、編集者)、鈴木八郎(写真家、編集者)、桑原甲子雄(アマチュア写真家)、林謙一(内閣情報局情報官)、赤羽末吉(画家、絵本作家)の6人が当地で撮影した写真を集成している。

撮影者の社会的な立場、ものの見方の違いが、それぞれの写真に如実に出ているのが興味深い。名取、鈴木、林の写真は報道写真家の視点で、視覚的な情報を適切に切りとって画面におさめていく。桑原の眼差しはより柔軟で多面的だ。吉田や赤羽の作品からは、写真撮影そのものが目的というよりは、あくまでもデザインや絵画の素材として考えていたことが伝わってくる。共通しているのは、当時の日本人にとっての「新天地」であった旧満洲国やモンゴルの風土、習俗、人々の暮らしへの驚きと憧れを含み込んだ眼差しであり、そのことが、彼らの「内地」を撮影した写真との違いを生んでいるように見える。思いがけない角度から、この時代の日本人の写真表現の動向にスポットを当てた好企画といえるだろう。

ところで、本展をキュレーションしたJCIIフォトサロンの白山眞理は、来年に定年を迎えることになり、これが最後の大規模写真展企画となるという。白山はこれまで、名取洋之助の連続展をはじめとして、1920~40年代に活動した日本の写真家たちを積極的に取り上げ、綿密な研究・調査に基づいた写真展を開催し続けてきた。その業績を顕彰するとともに、今後も戦前・戦中の写真家たちの仕事を跡づけていく仕事が、同フォトサロンでしっかりと継承されていくことを望みたい。


「写された外地」 吉田謙吉・名取洋之助・鈴木八郎・桑原甲子雄・林謙一・赤羽末吉(JCIIフォトサロン):https://www.jcii-cameramuseum.jp/photosalon/2023/10/11/34156/

2023/12/08(金)(飯沢耕太郎)

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「現代ストレート写真」の系譜

会期:第一部:2023/12/06〜2023/12/24~ 第二部:2024/01/06〜2024/01/28

MEM[東京都]

「現代ストレート写真」という本展のタイトルに、やや違和感を感じる人もおられるのではないだろうか。今回の出品者は、潮田登久子、牛腸茂雄、佐治嘉隆、関口正夫、三浦和人の5名である。1960年代に桑沢デザイン研究所で学んだ彼らの作品については、「コンポラ写真」という枠組みで論じられることが多い。だが、1966年にアメリカ・ニューヨーク州ロチェスターで開催された「Contemporary Photographers: Toward a Social Landscape」展に起源を持つとされる「コンポラ写真」については温度差があったようだ。自分たちの写真を「コンポラ写真」としてひとつに括られたくないという思いが「現代ストレート写真」という言い方につながっていった。

桑沢デザイン研究所で彼らを指導していた大辻清司は、口絵ページの構成を担当した「写真 ●いま、ここに─」(『美術手帖』臨時増刊、1968年12月)で、「ストレート・フォトグラフィー」という言葉を用いている。報道写真や戦争写真を含むかなり広い意味で使われてはいるが、その章には「初心の写真」「記念と思い出」という項目もあり、大辻が「コンポラ写真」を定義した「カメラの機能を最も単純素朴な形」で使い、「写真の手練手管」を拒否して「日常ありふれた何げない事象」に向かうという写真のあり方を見ることができる。「現代ストレート写真」という言い方は、「コンポラ写真」のもっとも本質的な部分を体現したものともいえるだろう。

本展の出品作家たちの作品をあらためて見直すと、それぞれの個人的な問題意識を踏まえつつ、同時代の社会状況に「ストレート」に向き合っていこうという意欲を強く感じることができる。もともとデザインを学んでいたこともあり、被写体を切り取り配置する技術レベルも一様に高い。いわゆる「コンポラ写真」を、現時点でもう一度再構築していく第一歩にふさわしい展示になっていた。なお、本展の第一部では主に彼らの1960年代後半から70年代の写真が、第二部ではそれ以後の仕事がフォローされる。


「現代ストレート写真」の系譜:https://mem-inc.jp/2023/11/12/jsp_j/

2023/12/07(木)(飯沢耕太郎)

東京工芸大学 創立100周年記念展 写真から100年

会期:2023/11/11~2023/12/10

東京都写真美術館地下1階展示室[東京都]

渡辺義雄、大辻清司、田沼武能、細江英公、立木義浩、柳沢信、築地仁、古屋誠一、小林紀晴、本城直季、岡田敦、高木こずえ、新田樹、吉田志穂──ここに並んだ写真家たちの名前を見て、どんな繋がりがあるのだろうと思われた方もいるのではないだろうか。年代も作風もバラバラだが、木村伊兵衛写真賞の受賞作家も含めて、日本の写真表現の歴史に大きな足跡を残した人たちである。実はこれらの写真家たちはすべて、小西寫眞専門学校として1923年に設立され、東京写真専門学校、東京写真大学、そして1975年に東京工芸大学と改称されて現在に至る学校の卒業生なのだ。彼らはまた、創立100周年を期して東京都写真美術館で開催された「写真から100年」展に作品を出品している作家たちでもある。

学校創立から現在までを詳細な年表で辿る「1.工芸ヒストリー」、卒業生たちの代表作を展示する「2.活躍する卒業生」、1977年に設立され、内外の写真の名作を展示、コレクションしてきた「写大ギャラリー」の所蔵作品が並ぶ「3.写大ギャラリーコレクション」、東京工芸大学工学部と芸術学部の共同研究を紹介する「4.次の100年に向かって」の4部構成による展示は、とても充実していた。東京都写真美術館で開催されたということもあるのだが、学内のギャラリーに「写大」という名称が残っているのを見てもわかるように、写真という分野が、東京工芸大学のバックボーンとして今もなお重要な位置を占めていることが伝わってきた。デジタル化やAIの登場により、日本の写真教育のあり方は大きく変わりつつある。東京工芸大学だけでなく、日本大学、大阪芸術大学、九州産業大学などの写真学科も、そろそろその歴史を検証し、未来を志向する展覧会を企画してもいいのではないだろうか。


東京工芸大学 創立100周年記念展 写真から100年:https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4589.html

2023/12/02(土)(飯沢耕太郎)

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柿本ケンサク「As is」

会期:2023/11/24~2023/01/15

キヤノンギャラリーS[東京都]

主にCMや広告・ファッション写真の世界で活動し、若手作家として頭角をあらわしつつある柿本ケンサクは、写真作品の発表にも意欲的に取り組んでいる。キヤノンギャラリー50周年企画展の枠で開催された今回のキヤノンギャラリーSでの展示では、「名もなき一滴の記憶を写真に閉じ込める」というコンセプトのもとに、近作を中心に65点を出品していた(ほかに50分の映像作品も上映)。

まず驚くべきことは、被写体に向ける眼差しの鮮度と幅の広さである。狙いを定めたポートレート作品などもないわけではないが、多くは目の前を掠めていく場面を素早く切り取っている。そのめくるめく多様性と、画面構成の確かさに、彼の写真家としての能力の高さがよくあらわれている。それは同時に、現代社会の流動性、多次元性、表層性をそのまま反映しているともいえるだろう。

ただ、それらのイメージ群が、彼が「世界をこのように見た」という深みのある認識にまで結晶していくのかといえば、必ずしもそうとはいえない。会場を一巡りして、そこで何を見たのだろうと自問してみると、記憶に残る写真が意外なほどに少ないことに気がつく。パソコンの画面を見ていて、クリックした瞬間に直前に目にしていたものがあっという間に消えてしまう、あの感覚と似ているように感じた。柿本の優れた映像化の能力を、より普遍的な認識と了解のレベルまで達するまで活かし切ってほしい。そのためには、撮った後にしっかりと「考える」というプロセスをともなった、より注意深い写真の選択、配置の作業が必要になってくるだろう。


柿本ケンサク「As is」:https://canon.jp/personal/experience/gallery/archive/kakimoto-50th-sinagawa

2023/11/25(土)(飯沢耕太郎)

井津建郎「BLUE」

会期:2023/11/22~2024/01/13

PGI[東京都]

ニューヨークから石川県金沢に拠点を移して製作活動を続けている井津建郎。だが、今回のPGIでの個展は新作ではなく、2001~2004年にプリントされた写真シリーズ(日本では未発表)だった。井津が谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』に触発されて制作したという「BLUE」シリーズから25点が展示されていた。

「美は物体にあるのではなく、物体と物体の作り出す陰影のあや、明暗にある」とする谷崎の考え方は、日本人には馴染みやすく、腑に落ちるところが多いのではないかと思う。井津もニューヨークで長く暮らしていくなかで、知らず知らずのうちに日本的な美意識のあり方に引き寄せられていくように感じていたのではないだろうか。日本から呼び寄せたというダンサーのヌード、花や静物などをテーマとして制作された本シリーズは、技術的にはかなり凝ったものになっていた。14×20インチの大判カメラで撮影した画像をプラチナプリントに起こし、やはり古典技法のサイアノタイプ(青写真)の感光剤を何度も塗布して露光を重ね、精妙な陰影表現を試みているのだ。結果的に、その「プラチナサイアノタイプ」の表現効果は驚くべきもので、まさに「物体と物体の作り出す陰影のあや」が見事に浮かび上がってきていた。

ただ、ピカソの「青の時代」のオマージュにもなっているという「BLUE」の色味は、どちらかといえば西欧的な視覚効果を導き出しているように見えなくもない。谷崎が『陰翳礼讃』で主に取り上げているのは、蝋燭の光のような、やや赤みがかった色調なのではないだろうか。むろんそれで本作の価値が下がるというわけではない。井津の「BLUE」は、いわばニューヨークの風土・環境をバックグラウンドとした陰影表現の模索だったといえそうだ。


井津建郎「BLUE」:https://www.pgi.ac/exhibitions/9043

2023/11/22(水)(飯沢耕太郎)

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