artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

上野アーティストプロジェクト2023 いのちをうつす —菌類、植物、動物、人間

会期:2023/11/16~2024/01/08

東京都美術館[東京都]

面白い展覧会だった。出品作家は小林路子、辻永、内山春雄、今井壽惠、冨田美穂、阿部知暁の6名。それぞれジャンルは違うが、菌類、植物、動物、鳥などの生きものの姿を、細部まで緻密に写しとる作風のアーティストたちだ。小林路子の精密なきのこたちの博物画や、内山春雄の鳥たちの色彩やフォルムがリアルに再現されたバードカービングが代表的なのだが、どの作品にも単なる「うつし」ではない力が備わっているように感じた。

タイトルにある「いのち」をどう捉えるのかというのが眼目かもしれない。「いのち」は移ろいやすく、刻々とかたちを変えていくので、それを定着するのはむずかしい。むしろ、対象物に成り切る/憑依するようなプロセスが必要になるのかもしれないと感じた。例えば今井壽惠の馬の写真や、冨田美穂の牛、阿部知暁のゴリラの絵の場合、アーティストは対象と同化しつつ写真や絵の制作に没入しているように見える。「いのち」というレベルでは、菌類も植物も動物も、そして人間もまた、同じ生命循環のプロセスのなかに組み込まれているということだろう。

なお、隣接するギャラリーBでは、関連企画として「動物園にて──東京都コレクションを中心に」が開催されていた。こちらは上野動物園関係の資料を中心として、動物園という場所に関連する写真、絵画などの作品が展示されている。特に写真部門は充実していて、東京都写真美術館が収蔵する東松照明、長野重一、富山治夫、林隆喜、児玉房子らのプリントが出品されていた。「エピローグ」として展示された、酒航太の「ZOO ANIMALS」シリーズ21点も見応えがあった。ただ、「いのちをうつす」と「動物園にて」のパートとの相互的なつながりがうまく見えてこない。会場構成、リーフレットなどに少し工夫が必要だったのではないだろうか。


上野アーティストプロジェクト2023 いのちをうつす —菌類、植物、動物、人間:https://www.tobikan.jp/exhibition/2023_uenoartistproject.html

2023/12/19(火)(飯沢耕太郎)

artscapeレビュー /relation/e_00067255.json s 10189498

小松浩子「Channeled Drawing」

会期:2023/12/02~2024/01/20

KANA KAWANISHI PHOTOGRAPHY[東京都]

建築工事の資材置き場のようなノイジーな場所を撮影した写真を、ロール紙のような大判の印画紙に焼き付け、定着液の匂いが漂うような状態で、展示会場に吊り下げたり張り巡らしたりする──小松浩子の写真展といえば、そのようなインスタレーションを想像する者が多いのではないだろうか。ところが、今回のKANA KAWANISHI PHOTOGRAPHYでの展示は、その予想を大きく裏切るものだった。黒と白のミニマルなたたずまいの画像がフレームにおさめられて、淡々と並んでいるだけだったのだ。

何やら不分明な凹凸が刻み込まれたように見える黒っぽい画像は、地面をフロッタージュしたもので、白っぽい画像はそのフォトグラムだという。そこには、数字とアルファベットでデータらしきものが添えられている。説明を聞かないと、小松が何を意図しているのかは掴みにくいだろう。じつは彼女がフロッタージュを試みたのは、殺人事件の現場で、データはその場所の緯度・経度、発生年、殺害方法、犠牲者の数だという。

コンセプチュアルな手法によって、生々しい社会的、個別的な事件の概要を普遍化して浮かび上がらせるというやり方が、とてもうまくいっていると感じた。思考とプロセスとのつながりに無理がなく、種明かしをされても白けるということがない。静かな自己主張ではあるが、新たな写真表現の領域を果敢に切り拓こうとしている意気込みが伝わってきた。なお、作者のステートメントと梅津元によるテキストをおさめた同名の小ぶりな作品集が、MAN CAVEから刊行されている。


小松浩子「Channeled Drawing」:https://www.kanakawanishi.com/exhibition-ph027-hiroko-komatsu

2023/12/15(金)(飯沢耕太郎)

酒航太「山林的」

会期:2023/12/02~2023/12/29

スタジオ35分[東京都]

酒航太は東京・新井薬師でギャラリー、スタジオ35分を運営しながら独自の活動を続けている写真家である。2021年には、動物園の動物たちと向き合って撮影した写真集『ZOO ANIMALS』(bookshop M)を刊行した。今回展示しているのは、2022年から始まったという新たな写真シリーズで、「誰もいないような山林に身を置いて」撮影したというモノクロームの作品が並んでいた。

酒は動物園を撮影しているうちに、「自分自身の動物感覚を意識する」ようになったのだという。人間的な尺度を外して、動物のように全身感覚で世界を見つめ直す──そんな彼の思いが、やや不分明な、くぐもった空気感を強調したプリントにあらわれていた。だが、道や樹木やガードレールなどが遠近感を伴ってしっかり写っている写真もあり、「動物感覚」をどこまで徹底しているのかという点についてはやや疑問が残る。もっと無意識レベルでシャッターを切っていくようなやり方が必要になってくるのではないだろうか。今回の展示はまだ試行錯誤の段階だったが、とてもいいテーマなので、さらなる展開を期待したい。

なお、同時期に中野駅ガード下ギャラリー「夢通り」では、大判プリントでの動物たちのクローズアップ写真による「見ると見られる」シリーズを(12月3日~12月28日)、東京都美術館ギャラリーBでは、「動物園にて──東京都コレクションを中心に」展の一環として、「ZOO ANIMALS」シリーズを(2023年11月16日~2024年1月8日)展示していた。


酒航太「山林的」:https://35fn.com/exhibition/sake-kota-exhibition/

2023/12/13(水)(飯沢耕太郎)

ミーヨン「KUU」

会期:2023/12/01~2023/12/24

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

ミーヨンは韓国・ソウル出身で、1991年からは東京を拠点に作家活動を継続している。これまで写真集『Alone Together』(Kaya books、2014)、『よもぎ草子──あなたはだれですか』(窓社、2014)などのほか、エッセイ集の刊行、国内外での展覧会の開催など、多面的な仕事を展開してきた。その表現行為の核心がどこにあるのか、なかなか掴みきれなかったのだが、今回のコミュニケーションギャラリーふげん社での展示を見て、腑に落ちるものがあった。

すでに8月にアルル国際写真フェスティバルで発表されたという本作は、「仏教の基本的な教理」である「空(KUU)」をテーマとしている。とはいえ、決して小難しく観念的な写真ではない。写っているのは、シャボン玉、花火、金属のドアや窓に映る光景、水面、草むらなど、ごく身近に見出すことができる被写体ばかりだ。ややブレたりボケたりしている写真もあるが、多くはストレートに写しとっている。これまでは主に黒白写真で発表してきたが、今回はカラー写真を用いてやや淡い色調でプリントしていた。そのこともあって、これまでの作品よりも、穏やかに自足した画面へのおさまり方に見える。

だが、写真を見ているうちに、ミーヨンの関心がむしろ被写体の実体よりは、それらが移ろいながらかたちを変えていこうとしている様相を捉えることにあることがわかってきた。「なにものもそれ自体では存在しない」、「すべては顕現という、たえまないプロセスの中にある」という「色即是空」の教理が、それぞれの在り方であらわれてくる刹那を写しとった写真群といえるだろう。その狙いはかなりよく実現しているのだが、まだ途中経過のように見えなくもない。いま撮り進めているという「聖地」のシリーズとも呼応させつつ、ひと回り大きな作品として完成させていってほしいものだ。


ミーヨン「KUU」:https://fugensha.jp/events/231201miyeon/

2023/12/09(土)(飯沢耕太郎)

「写された外地」 吉田謙吉・名取洋之助・鈴木八郎・桑原甲子雄・林謙一・赤羽末吉(JCIIフォトサロン)

会期:2023/11/28~2023/12/24

日本カメラ博物館[東京都]

タイトルの「写された外地」の「外地」というのは、旧満洲国(現・中国東北部)および内モンゴル地域である。今回の展示では、1930年代から40年代にかけて吉田謙吉(舞台美術家、デザイナー)、名取洋之助(写真家、編集者)、鈴木八郎(写真家、編集者)、桑原甲子雄(アマチュア写真家)、林謙一(内閣情報局情報官)、赤羽末吉(画家、絵本作家)の6人が当地で撮影した写真を集成している。

撮影者の社会的な立場、ものの見方の違いが、それぞれの写真に如実に出ているのが興味深い。名取、鈴木、林の写真は報道写真家の視点で、視覚的な情報を適切に切りとって画面におさめていく。桑原の眼差しはより柔軟で多面的だ。吉田や赤羽の作品からは、写真撮影そのものが目的というよりは、あくまでもデザインや絵画の素材として考えていたことが伝わってくる。共通しているのは、当時の日本人にとっての「新天地」であった旧満洲国やモンゴルの風土、習俗、人々の暮らしへの驚きと憧れを含み込んだ眼差しであり、そのことが、彼らの「内地」を撮影した写真との違いを生んでいるように見える。思いがけない角度から、この時代の日本人の写真表現の動向にスポットを当てた好企画といえるだろう。

ところで、本展をキュレーションしたJCIIフォトサロンの白山眞理は、来年に定年を迎えることになり、これが最後の大規模写真展企画となるという。白山はこれまで、名取洋之助の連続展をはじめとして、1920~40年代に活動した日本の写真家たちを積極的に取り上げ、綿密な研究・調査に基づいた写真展を開催し続けてきた。その業績を顕彰するとともに、今後も戦前・戦中の写真家たちの仕事を跡づけていく仕事が、同フォトサロンでしっかりと継承されていくことを望みたい。


「写された外地」 吉田謙吉・名取洋之助・鈴木八郎・桑原甲子雄・林謙一・赤羽末吉(JCIIフォトサロン):https://www.jcii-cameramuseum.jp/photosalon/2023/10/11/34156/

2023/12/08(金)(飯沢耕太郎)

artscapeレビュー /relation/e_00067580.json s 10189494