2021年01月15日号
次回2月1日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

原麻里子「picture window」

会期:2020/11/04~2020/11/16

ニコンサロン[東京都]

原麻里子は1982年、東京生まれ。2005年に東京造形大学デザイン学科環境計画専攻を卒業している。同大学在学中から写真に興味を抱き、写真家の高梨豊や白岡順の講義も受講していたという。

今回の作品は東京・深大寺の自宅の窓からの眺めを柱として、夫や子供たちとの日常をスナップした写真を配したものだ。横長の窓の向こうには植物が生い茂る雑木林があり、その一画が切り拓かれて二階建てのアパートが建てられようとしている。その建造のプロセスを定点観測的に撮影した写真群が全体の3分の1ほどで、あとは室内の情景が淡々と並ぶ。その「外」と「内」の写真の配合と配置が絶妙で、静かだが微妙な波風が立つ暮らしの様子、その手触り感がきちんと伝わってきた。出品作の中に、画面の上下をカットして、「picture window」をやや大きめのパノラマサイズで見せたプリントがあり、それがうまく展示の流れを作っていた。ただ、他の写真は同一サイズなので「外」と「内」との対比がくっきりと見えてこない。窓の写真をすべてパノラマサイズにして、メリハリをつけるという選択肢もあったかもしれない。

撮影はまだ続くということなので、窓からの眺めも室内の情景も、今後少しずつ変わっていくのではないだろうか。その変化に対応して、作品の見え方も違ったものになっていくはずだ。力のある写真家なので、このシリーズだけにこだわる必要はないだろう。「picture window」の撮影は続けながら、ぜひ別なテーマにも取り組んでいってほしい。

2020/11/13(金)(飯沢耕太郎)

写真新世紀 2020

会期:2020/10/17~2020/11/15

東京都写真美術館[東京都]

1991年にスタートしたキヤノン主催の写真公募展「写真新世紀」は、今回で43回目を迎えた。当初は年4回で、年2回公募していた時期もあったので回数が増えているが、近年は年1回の公募に落ちついている。とはいえ、既に30年近く続いているわけで、立ち上げにかかわった評者にとっては感慨を禁じ得ない。

「写真表現の新たな可能性に挑戦する新人写真家の発掘・育成・支援を目的とする公募企画」という趣旨に変わりはないが、もはや写真=静止画像という思い込みは成立しなくなっている。今回の展示でも、グランプリを受賞した樋口誠也「some things do not flow in the water」(野村浩選)をはじめ、宮本博史「にちじょうとひょうげん―A2サイズで撮り溜めた、大阪府高槻市・寺田家の品々―」(椹木野衣選)、立川清志楼「写真が写真に近づくとき」(オノデラユキ選)が映像作品だった。後藤理一郎「普遍的世界感」(安村崇選)は静止画像の作品だが、モニターでスライド上映している。静止画像と動画の境界線はもはやほとんどなくなってはいるが、作品を前にしたときの視覚的経験にはやはり大きな違いがある。そのあたりは、もう少し意識的に考えるべきではないだろうか。

佳作作品を含めて、上位入賞作品のクオリティは以前に比べて格段に上がってきている。だが、圧倒的な感動を与える作品はなかった。もしかすると、あまりにもすっきりとした展示を求め過ぎて、個々の作家が思い込みから発するノイズが削ぎ落とされていることもその理由なのではないかと思う。以前は、展示構成において、写真家たちの生々しい表現欲求が、もう少しストレートに出ていたのではないだろうか。今回の上位入賞作品は、そのあたりがやや希薄だったが、前年度のグランプリ受賞作家、中村智道の特別展示「Ants」には強烈なこだわりを感じた。「蟻を見る自分、そして蟻を見るように見られる自分、抗うことが出来ない巨大な力によって見られる自分という観点から」構築された作品には、切実なリアリティがある。

2020/11/04(水)(飯沢耕太郎)

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田口るり子写真展「CUT OFF」

会期:2020/10/29~2020/11/15

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

今年6月にコミュニケーションギャラリーふげん社で開催された「東京2020 コロナの春」展は、コロナ禍の緊急事態宣言下の日本における20人の写真家たちの状況を、彼らが撮影した写真によって浮かび上がらせた好企画だった。田口るり子の「CUT OFF」は、その出品作の中でも特に印象に残った作品である。同展への出品が、あらためてふげん社での個展に結びついたのは、とてもよかったと思う。

田口は2002年に愛知県名古屋市から上京し、2003年に富士フォトサロン新人賞を受賞するなど、写真家として将来を期待されていた。だがその後、音楽関係の雑誌などで活動を続けていたものの、写真作品の発表は途絶えてしまう。2010年代になって作家活動を再開したが、なかなか手応えのある作品を発表することはできなかったようだ。

田口は「コロナの春」の企画に誘われた時、ふと思いついて、美容師に髪を切ってもらう行為を撮影しようと考えた。裸になって自室で撮影するという発想も、自然に湧いてきた。結果的にこのシリーズは、自発性と偶然性とが、思いがけない場面を生み出していく写真特有の表現のあり方を、見事に体現した作品になった。展覧会のリーフレットに田口が書いた「爪や髪を切ると、切った瞬間にそれは自分から離れて不要なものとなり、ゴミとなり、汚いものに変わる」というのは、たしかに考えてみれば不思議なことだ。異物としての髪の毛は、独特の物質的なエナジーを発している。そのことが、写真からしっかりと伝わってきた。「髪を切る」という行為は、古来イニシエーションの儀式でもある。田口のこのシリーズも、写真家として次のステップに進んでいくいい機会になるのではないだろうか。

この「脱皮」の写真をきっかけにして、彼女が新たな写真の世界を作り上げていくことを期待したい。「人は、断ち切り、取り入れ、断ち切る、を繰り返し進んでいく」(田口のコメント)。この作品で掴んだ確信をぜひ次に活かしていってほしい。

2020/10/31(土)(飯沢耕太郎)

清野健人「地獄谷の日本猿」

会期:2020/10/23~2020/11/03

ニコンサロン[東京都]

長野県下高井郡山ノ内町の地獄谷野猿公苑は、動物写真の愛好家にはよく知られた場所で、温泉に入る猿の群れや雪玉で遊ぶ子猿など、数々の名作が撮影されてきた。逆にいえば、新たなアプローチがむずかしい場所ともいえるのだが、清野健人はむしろ正攻法ともいえる撮り方を貫くことで、逆に新たな方向性を見出そうとしているように思える。

固有名詞化したボス猿、死んだ子を抱き続ける母猿、珍しい白毛の猿などをクローズアップで捉え、周囲の環境と猿の群れとの関係のあり方を手堅く押さえていく。やや珍しいのは、それらをすべてモノクロームで撮影・プリントしていることで、そのことでクラシックな、やや絵画的といえるような雰囲気が生まれてきていた。モノクロームを使ったのは、猿たちの個性を際立たせ、むしろ「肖像」として撮影したかったからだという。その狙いはうまくはまっていて、これまでの動物写真とは一味違う見え方になっていた。ただ、それは諸刃の剣で、抽象度が強すぎると、「地獄谷の日本猿」という具体性、固有性が薄れていってしまう。今後はカラー写真との併用も考えられそうだ。

何度かこの欄で触れたように、日本の自然写真(動物写真)は1980-90年代に岩合光昭、星野道夫、宮崎学、今森光彦らが登場することで、画期的な写真世界を確立した。だが、彼らの業績があまりにも大きかったために、それ以後の世代が霞んでしまったともいえる。だが、そろそろ新たな息吹が形をとってもいいのではないかと思う。1990年生まれの清野もまた、その一人として期待してもいいだろう。

2020/10/29(木)(飯沢耕太郎)

圓井義典「天象(アパリシオン)」

会期:2020/10/15~2020/12/05

PGI[東京都]

「天象(アパリシオン)」というやや聞き慣れない言葉は、圓井義典の解説によれば「星が生まれ、漆黒の闇の中に突如新しい光が出現する現象」なのだそうだ。圓井はそれを写真の出現のプロセスと重ね合わせようとしている。今回のPGIの個展に出品された同シリーズの作品を見て、彼が伝えようとしていることがおぼろげに浮かび上がってきた。

写っているものの多くは日常の事物である。花、空、顔の一部、部屋の片隅、影が落ちる昼下がりの街頭光景、それらは、彼のカメラの前に一瞬姿をあらわし、すぐにフレームの外へと消え失せてしまう。だが展示を見ると、天空の星々の偶然の配置が星座として認識されるように、それらの写真同士が見えない糸で結び合わされているような気がしてくる。圓井はこれまで「光をあつめる」(2011)、「点・閃光」(2016、2018)など、PGIで個展を重ねてきたが、写真の撮影・選択・配置の精度が、格段に上がってきている。

気になるのは展示作品の中に、画像を加工したものがいくつか含まれていることだ。写真の一部を切りとって拡大したり、画像の上のガラスの染みをそのまま写しとったりしたものはそれほど違和感がない。だが、プリント制作のプロセスに介入して、色味を加えた花の連作になると、「天象」を注意深く観察し、厳密に選択・配置する圓井の姿勢がやや崩れているように見えてしまう。このシリーズは、むしろ操作的な写真を省いた方が、すっきりと伝わるのではないだろうか。なお、展覧会に合わせて同名の写真集(私家版)が刊行された。

2020/10/28(水)(飯沢耕太郎)

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