2022年07月01日号
次回7月15日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

Kanzan Curatorial Exchange「写真の無限 」vol.1 横山大介「I hear you」

会期:2022/04/26~2022/06/12(会期延長)

kanzan gallery[東京都]

必然性と切実性が感じられ、作者の思いが伝わってくるいい展覧会だった。1982年、兵庫県生まれの横山大介は、吃音の障害をもちつつ写真家としての活動を続けている。彼にとって、「他者に声をかけ、向き合い、カメラをとおして他者を見つめ、見つめ返される」ポートレート写真を撮影するという行為は、「会話以上の他者とのコミュニケーションになる」ものだという。今回のkanzan galleryでの個展には、2011年から続けている写真シリーズ「ひとりでできない」から、11点を出品していた。

写真の多くは、まさに「見つめ、見つめ返される」あり方を、シンプルかつストレートに提示したものだ。とはいえ、距離感や構図は一定ではなく、それぞれの被写体に対応して細やかに配慮している。なかに一点だけ、和室にあぐらをかいて座っている初老の男性を写した写真があって、他の写真とやや異質な眼差しのやりとりを感じた。もしかすると、近親者なのかもしれないが、キャプションが一切ないので、観客にはモデルのバックグラウンドはよくわからない。だが逆に、この人は何者なのかと想像する余地があることで、ポートレートに深みと奥行きが備わってくる。写真の選択、プリントの大きさ、レイアウトの決定なども含めて、横山の丁寧な写真展の構築の仕方が印象深かった。ぜひ写真集にまとめてほしい仕事だ。

会場には、もう一作、三島由紀夫の『金閣寺』、重松清の『きよしこ』、金鶴泳の『凍える口』など、「吃音の描写が印象的な文学作品」をいろいろな人に初見で読んでもらうというパフォーマンスを記録したビデオ映像作品「身体から音が生まれる」も出品されていた。48分15秒という上映時間はやや長過ぎるが、見応え、聞き応えのある作品である。

2022/05/17(火)(飯沢耕太郎)

河野和典『永遠のリズム Eternal Rhythm』

発行所:PCT

発行日:2022/04/20

河野和典は1999年から2004年まで『日本カメラ』の編集長を務めるなど、写真関係の多くの書籍の出版にかかわってきた編集者である。ところが、その彼は50年以上にわたって写真を撮り続けており、今回そのなかからカラー、モノクローム作品98点を選んで写真集を刊行した。嬉しい驚きというべきだろうか、そこに掲載されている写真群は、見ること、撮ることの歓びを、みずみずしい生命感あふれる写真群として結晶させた素晴らしい出来栄えだった。

写真集には短い「あとがき」がついているのだが、そこに記されている言葉が、そのまま彼の写真観の表明になっている。「写真を撮るということは、知らない世界を発見する行為と言ってよい。物事を記録したり表現したりする手段には、文字であったり絵であったり音であったりといろいろあるけれど、写真は眼前の被写体を光で描き記録する。そしてそのなかに時間と空間を留める。私にとって写真は、もっとも貴重な記録手段であり、表現手段であり、なにより撮るときにも見るときにも、多くのことを発見する手立てでもある」。シンプルな言い方だが、ここには、写真家/表現者の基本的な思考のあり方がよく表われている。写真集のページをめくると、河野が何よりも「もの言わぬ植物の生命力、そしてその造形力」に魅せられつつ、写真撮影を通じて「発見し、知る」ことを求め続けてきたことが、よく伝わってきた。

まさに「永遠のリズム」を感じさせる写真の配列、レイアウト、デザインもとてもいい(ブックデザインは加藤勝也)。印刷のクオリティも高い。長年にわたる編集者としての経験の蓄積が、写真集の造本にも活かされている。

2022/05/14(土)(飯沢耕太郎)

植田真紗美「海へ」

会期:2022/05/03~2022/05/15

百年/一日[東京都]

東京出身で玉川大学文学部リベラルアーツ学科、日本写真芸術専門学校を卒業した植田真紗美は、2018年の第19回写真「1_WALL」展でファイナリストに選出されるなど、このところ存在感を増している写真家の一人だ。昨年10月に、ファースト写真集『海へ』(Trace)を刊行し、仲間たちと共同運営している東京・恵比寿のKoma galleryで同名の個展を開催した。今回の東京・吉祥寺の古書店「百年」とその姉妹店の「一日」での展示は、同展のアンコール企画である。

一点一点が力強く、鋭角的に結晶しているように見える写真が並ぶ。それぞれの写真の相互関係もよく考えられ、練り上げられており、高度な表現力の持ち主であることがよくわかった。ただ、「海へ」というテーマ設定が、やや抽象的すぎて、植田の生のあり方とどのようにかかわっているのかがうまく伝わってこない。宇宙的な広がりを感じさせるスケールの大きな写真と、身近な身体的なイメージとの落差を、埋め切れていないもどかしさも感じた。植田が2013年から、布川淳子、川崎璃乃らとともに刊行している写真同人誌『WOMB』(2021年の11号まで刊行)にも、「海へ」シリーズが掲載されているのだが、こちらにはパートナーの男性など、より具体的なイメージが入っている。写真集・写真展の構成にやや迷いがあったのではないだろうか。

とはいえ、植田のような発想力と行動力を兼ね備えた写真家は、殻を破れば大きく飛躍していくのではないかと思う。その潜在能力を活かして、むしろひとつのテーマにより集中していってほしい。「一日」の展示スペースで上映されていたスライドショーには、また別な可能性を感じた。写真の点数をもっと増やし、音楽との相性を吟味していくことで、よりダイナミックな物語性を備えた作品世界が構築できるのではないだろうか。

2022/05/13(金)(飯沢耕太郎)

石原悦郎への手紙 PartⅡ-AIRMAIL-

会期:2022/04/02~2022/05/14

ZEIT-FOTO Kunitachi[東京都]

ツァイト・フォト・サロンのオーナー、石原悦郎は、2016年に亡くなった。それにともなって、日本で最初の写真専門の商業ギャラリーとして1978年にオープンしたツァイト・フォト・サロンも、40年近い歴史を閉じた。だが、同ギャラリーの旧スタッフを中心に、東京都国立市の石原の自宅を拠点として、ZEIT-FOTO Kunitachiの活動が継続している。石原が遺した写真、絵画、クラシック音楽レコードのコレクションの整理、保存のほか、1年に2~3回のペースで、展覧会も開催してきた。今回の「石原悦郎への手紙 PartⅡ-AIRMAIL-」展は、2018年に開催した「石原悦郎への手紙─世界の写真家(アーティスト)から─」に続く企画である。

出品者の顔ぶれが興味深い。写真家では渡辺眸、鷹野隆大、尾仲浩二、井津建郎、楢橋朝子、郷津雅夫、安齊重男、柴田敏雄、オノデラユキらが出品している。ロバート・フランク、ビル・ブラント、ベルナール・フォコンの名前も見える。作品の近くに掲げられた石原宛の「AIRMAIL」の書簡やポストカードと併せて見ると、彼らと石原との緊密な関係、作品制作に取り組むときの影響の強さが伝わってくる。ツァイト・フォト・サロンのコレクションがどのように形成され、作家同士の関係がどう育っていったかが見えてきて、あらためてギャラリストとしての石原悦郎の存在の大きさを感じることができた。柴田敏雄の極めて珍しい「静物写真」など、思いがけない作品も出品されている。ZEIT-FOTO Kunitachiには、まだ写真600点、絵画700点が残っているのだという。これから先も、いろいろな切り口の企画展が考えられるのではないだろうか。

2022/05/13(金)(飯沢耕太郎)

梁丞佑「B side」

会期:2022/05/06~2022/05/29

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

韓国出身の梁丞佑(ヤン・スンウー)は、第36回土門拳賞を受賞した『新宿迷子』(禪フォトギャラリー、2016)に代表されるような、被写体に肉薄した社会的ドキュメンタリーで知られている。だが、今回の展示にそのような写真を期待する観客は、やや肩透かしを食ったように感じるのではないだろうか。梁自身が展覧会に寄せたテキストに書いているように、「アンダーグラウンドな人や場所を撮った写真」を「A面」とするならば、今回は「B面」、つまり「撮りたいものを撮りたい時に撮ったものを、まとめた写真達」の展示ということになる。

だが、その「B面」の写真がとてもいい。梁のなかにあった思いがけない側面が輝き出しているというべきか、写真家としての彼のあり方をもう一度考え直したくなる写真群が並んでいた。「撮りたい時に撮った」写真だから、被写体の幅はかなり広い。北関東で仕事をしていた時期に撮影した写真が多く、そのあたりの、やや索漠とした空気感が滲み出ているものもある。だが、東京や九州の写真もあり、必ずしも風土性にこだわっているわけではない。むしろ強く感じられるのは「心がザワザワする」ものに鋭敏に反応する梁の感性の動きの方だ。

奇妙なもの、怖いもの、それでいて思わず笑ってしまうようなもの――とはいえ、それらをわざわざ探し求めて撮影しているというよりは、むしろ相手が発する気配をそのまま受け止め、定着したような写真が多い。須田一政の仕事に通じるものもあるが、梁の方がよりざっくりとしたおおらかさ、視野の広さを感じる。たしかに「B面」には違いないのだが、むしろ梁の写真家としての本来的な姿は、こちらに強く表われているようにも思えてきた。面白い鉱脈を掘り当てたのではないだろうか。

関連レビュー

梁丞佑「新宿迷子」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2016年03月15日号)

2022/05/06(金)(飯沢耕太郎)

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