artscapeレビュー
SYNKのレビュー/プレビュー
時代が見えてくる──オキュパイドジャパンのおもちゃたち
会期:2013/08/17~2013/12/01
杉並区立郷土博物館分館[東京都]
イラストレーター高山文孝氏のコレクションにより、明治時代から昭和30年代までの日本製玩具を紹介する企画。「Made in Occupied Japan」とは、占領下日本で製造されたさまざまな輸出商品に付された生産国名表示である。公式には昭和22年から昭和24年までのあいだに義務づけられていたという。本展の中心となるのが、この時期の玩具である。日本がいまだ敗戦から立ち直っていない時代、素材にセルロイドやブリキを用いた玩具の仕向先は米国である。人形の姿も、自動車のスタイルも、パッケージのデザインも米国向けなのだが、そこにしばしば日本的なキャラクターが混じっている点が面白い。
ただし、展示品はその時期の玩具だけではなく、明治大正期から昭和30年代にまで及んでいる。なぜか。高山文孝氏は、図録の序文で《肉弾三勇士》と《幸福な時代》という昭和7年に発売されたふたつの玩具を取り上げている。《肉弾三勇士》とは、第一次上海事変中の1932(昭和7)年に、点火した破壊筒を持って敵陣に突入、自ら爆死した三人の兵隊のことで、その「愛国美談」は映画・演劇にも取り上げられブームを呼び、三人の姿はさまざまな玩具にもなった。他方で《幸福な時代》は、廻るビーチパラソルの下で昼寝をする少女の玩具。昭和の初めには、のどかな光景が玩具に取り入れられる一方で、戦争の足音を感じさせる出来事が玩具に現われてゆく。その後日本は着実に第二次世界大戦へと歩みを進め、玩具の意匠にも戦時色が強くなっていく。結果的には日本は戦争に負け、「Made in Occupied Japan」の玩具へと到ったのだと解説する。
進駐軍が制作したという玩具工場の映像資料がとても興味深い。玩具の原材料は米兵が消費した食品の缶詰である。荷馬車に空になったブリキ缶が積まれて戦争未亡人ばかりが働く小さな玩具工場へと運ばれる。工場では缶詰の蓋などを切り取り、側面を板に伸ばしてプレス機にかけると車のボディができあがる。本体を塗装し、車輪などを取り付けるとミニカーのできあがり。これがアメリカに輸出されていたという。すなわち、玩具はその意匠の点で時代を映すばかりではなく、素材、技術、市場や社会の変化に敏感に反応し、その姿を変えていったのである。図録では海外の玩具の動向や新しい玩具のデザインを提案していた工芸指導所の活動の紹介や、「Made in Occupied Japan」の刻印期間の考察もなされている。ただノスタルジーに浸るのではなく、玩具を通じて時代を見る、すばらしい企画である。[新川徳彦]
2013/10/09(水)(SYNK)
島崎信+織田憲嗣が選ぶ──ハンス・ウェグナーの椅子展
会期:2013/09/27~2013/10/14
スパイラルガーデン[東京都]
生涯に500脚以上の椅子をデザインしたと言われる、デンマークを代表する家具デザイナーの一人、ハンス・ウェグナー(1914-2007)。彼のデザインした「Yチェア」は、世界で50万脚以上が販売されているという。本展は、北欧デザイン研究で知られる島崎信氏と、椅子の研究家・蒐集家である織田憲嗣氏の監修によりウェグナーの椅子60脚余を集めた展覧会。ウェグナーの「チャイナチェア」のインスピレーションの源となった中国明代の椅子「圏椅(クワン・イ)」を中心に、その仕事の系譜が系統樹の様式で体系づけられている。島崎氏はウェグナーのデザインの手法を「リデザイン」とするが、明代の椅子をオリジンとするリデザインのプロセスゆえ、また木という素材の特性と技術とを熟知するがゆえ、彼の仕事は進化のアナロジーとして体系づけることができるということになろうか。
今回の展覧会で特筆すべきは、ほとんどの作品に手を触れ、腰掛け、その座り心地が体験できた点である。見た目の美しさだけがデザインではない。「使ってみる」にまでには到らないにせよ、体験可能な展示はデザイン展の望ましい姿だと思う。[新川徳彦]
2013/10/01(火)(SYNK)
ウィリアム・モリス 美しい暮らし──ステンドグラス・壁紙・テキスタイル
会期:2013/09/14~2013/12/01
府中市美術館[東京都]
キャッチコピーは「“いちご泥棒”現る」。チラシなどのデザインに用いられている《いちご泥棒》(Strawberry Thief、1883)は、ウィリアム・モリス関連の展覧会では必ずといっていいほど出品される代表的な作品のひとつ。デザインのモチーフとなっているのは、ケルムスコット・マナーで育てていたイチゴをついばみにきたツグミ。モリスはこれを印象的なファブリックのデザインに仕立てた。そしてさらに注目すべきはその染色技術である。すでに化学染料が一般化していた当時、モリスは天然染料であるインディゴの使用にこだわった。しかし、インディゴは木版による捺染ができないために、モリスが用いていた従来の方法では文様を染めることができない。試行錯誤の結果、いったん布全体をインディゴで青く染めたあと、漂白剤を入れた糊を捺染して文様を抜く「抜染」という技法を用いた。そして白く抜いた部分にさらに木版で複数の色を捺染することによって、深みのある複雑な柄を染め上げた。制作には他の作品よりも手間がかかるために、モリス商会の綿プリントのなかでももっとも高価な商品であったという。
ウィリアム・モリスの仕事は、デザイン、織や染色などの工芸、社会主義思想、印刷など多岐にわたり、その影響も欧米のアーツ・アンド・クラフツ運動から日本の民藝運動まで幅広い。これまでに開催されてきた展覧会の切り口もさまざまである。今回の展覧会のキーワードは「美しい暮らし」。ここではモリス自身に焦点をあて、彼の目指した美しい暮らしの足跡をたどる。出品作はおもにステンドグラス(フィルムによる複製)、壁紙、そして織りと染めのテキスタイル。時代や素材によって明確に区分するのではなく、ゆるやかなつながりでモリスの思想を追う構成になっている。ステンドグラスは、モリスとその仲間たちにとって初期の主要な仕事であった。当時はエナメルで着色したガラスが用いられることが一般的であったが、モリスらは多くの教会のために古くからの技法である色ガラスを用いたステンドグラスを制作している。壁紙やテキスタイルにも古くからの技術と文様の研究成果が用いられたが、自らの家の庭の植物をモチーフとしたデザインもまた多く用いられている。多様な仕事をたどっていくと、急速に進行しつつあった近代化・工業化への批判としてのモリスの美意識、ものづくりへのこだわりが見えてくる。そして、こうしたモリスの思想、デザイン、そして技術的探求の姿を追っていくと、その到達点のひとつとして《いちご泥棒》の意味が見えてくる。モリスの仲間たちの仕事も含めて全95点と比較的小規模な展示であるが、ウィリアム・モリス入門といえる構成である。[新川徳彦]
2013/09/25(水)(SYNK)
花珠爛漫「中国・庫淑蘭の切り紙宇宙」
会期:2013/08/01~2013/09/17
ミキモト本店6階ミキモトホール[東京都]
「剪紙(せんし)」とは、古くから中国の農村地方でお祭りや屋内の飾りとして用いられてきた切り絵の一種。中華街のお祭りなどでも見かけるものは日本の切り絵の技法に似た単色のものが多いが、庫淑蘭(クー・シューラン、1920~2004)の剪紙はそのような切り絵とは、技法もイメージもまったく異なるものであった。モチーフとなっているのは、四季の生活、子ども、動物、神話など。色彩鮮やかな作品は、色紙を糸切りばさみで切り抜き、糊で貼り合わせてつくられている。一枚の紙を切り抜いて絵にするのではなく、切り絵と貼り絵を混合したような技法である。
中国陜西省旬邑県に生まれた庫淑蘭はもともと生活の合間に剪紙や刺繍を楽しんでいたが、1980年に旬邑県文化館美術研究員に才能を見出されて県での剪紙制作指導を始める。1985年、農作業の帰りに自宅近くの深い溝に落ちて重症を負い、2カ月近く寝たきりの生活を送った庫淑蘭は、夢に現われた「剪花娘子(切り絵を作る女神。手元には小さな鋏を持っている。チラシ画像参照)」と自身とを重ね合わせ、使命感に突き動かされるかのように剪紙作品をつくり続けるようになったという。それまでは農村の生活などをテーマとしていた作品が多かったが、事故の後は「剪花娘子」や生命力の源泉であり豊穣のシンボルである「生命樹」をモチーフとした作品が生み出されていった。没後の2005年には米国ボルチモア美術館で個展が開催されているが、日本での紹介は今回が初めてとのこと。つくらずにはおれない、描かずにはおれない。そうした衝動から生み出された鮮やかな作品の数々。独自の美意識と表現から溢れ出るエネルギーに圧倒された。[新川徳彦]
2013/09/13(金)(SYNK)
涼をよぶロマンキモノ展──夏の愉しみ
会期:2013/07/18~2013/09/24
神戸ファッション美術館[兵庫県]
NPO法人京都古布保存会の所蔵品より、大正・昭和初期の夏の着物と帯を紹介する展覧会。また、当時人気の高かった高畠華宵(1888-1966)や中原淳一(1913-1983)などの挿絵や美人画をもとに着付けとヘアメイクを再現したマネキンも併せて紹介している。当時の夏の和装は、絽や紗の透ける素材に流水や波頭などの水を連想させるモチーフや、朝顔や百合などの草花模様が大胆に施されており、着る人だけではなく、見る人にまで清涼感を与えてくれる。蒸し暑い日本の夏、暮らしのなかに涼を取り入れるための先人たちの知恵と工夫を垣間見ることができる。もちろんその美しさも。[金相美]
2013/09/12(木)(SYNK)