artscapeレビュー
SYNKのレビュー/プレビュー
「アジア・デザイン・エンサイクロペディアの構築」プロジェクト
会期:2011/01/20~2011/01/21
国際高等研究所[京都府]
アジア・デザイン・エンサイクロペディアの構築という新しいプロジェクト(研究代表者:大阪大学大学院教授藤田治彦氏)が、国際高等研究所(京都)で始まっている。アジアのものづくりと歴史・社会文化・生活環境等や世界的影響などについて意見交換を行なうのがその目的。昨年、トルコやインドほかから研究者を迎えて南アジアや東南アジアのデザインの現状と課題が討議されたのに続き、この1月には英国からの研究者を交え、第2回目の研究会が行なわれた。一連の会議は、数年後に英国の出版社から刊行予定の『Encyclopedia of Asian Design』と並行して行なわれるもの。ここ数年、世界中でデザイン・ブームを象徴するトピックには事欠かない。西欧で、デザイン製品の百科全書が次々と発刊されていることは、その一例だ。しかし、そのなかでどれくらいのアジアのデザインが扱われているだろうか。私たちの住む東アジアだけをとってみても、それぞれのデザイン・生活文化・工芸の豊かな伝統が、相互に充分理解されているとは言えない。ましてや、欧米がデザインの主導を握る現在、西洋ではアジアのものづくりへの理解がどの程度進んでいるのか? このような課題について、世界的な視野から総合的に検討を行う場が、いままさに日本でスタートした。注目していきたい。[竹内有子]
2011/01/20(木)(SYNK)
オランダのアート&デザイン新言語
会期:2010/10/29~2011/01/30
東京都現代美術館[東京都]
デザインを機能性やユーザビリティといった評価軸で見ていると、この展覧会は訳がわからない。そもそも「デザイン」なのになぜ「現代美術館」なのか。ここではテッド・ノーテン、マーティン・バース、マルタイン・エングルブレクト、タケトモコの4人のアーティストが取り上げられている。ノーテンとバースには物理的なモノとしての作品があるが、エングルブレクトとタケに至ってはモノは介在するものの、じっさいの作品は見る者と作者との「コミュニケーション」である。
既製の家具を燃やして樹脂で固めた作品で知られるバースの作品のなかでも、今回の展示で特に面白かったのは3種類の時計。アナログかと思えばデジタル、デジタルかと思えばアナログ。木彫によってコピーされたプラスチック製の椅子も見る者の先入観を裏切る。現代ジュエリー作家のノーテンの、指輪を封じ込めた透明なアクリル樹脂製のバッグも楽しい。パーティなどで女性が持っているバッグはあまりに小さくてなにが入るのだろうと思っていたが、じつは機能など不要なのだ。ノーテンはそうした本来の「用」を失ったモノから、わずかに残された機能の痕跡すらをも取り除いてジュエリーに仕立てている。
疑問なのは、「デザイン」というからには、こうした作品(非量産。多くが一点モノ)が、どこまで私たちの日常に降りてくるのだろうか、という点である。展覧会の企画者はこれを「新言語」という言葉で説明しようとしている。問題はモノを所有することではない。モノとそれを見る者との関係、見る者同士にコミュニケーションを生じさせるような表現手法に焦点を当てるのだ。その手法はアートとデザインとで共有されうる。たしかに、このような表現が冷蔵庫や洗濯機、ケトルや鍋のデザインに用いられれば、毎日が楽しくなりそうだ。人々のコミュニケーションのあり方にも変化を生じさせる可能性を秘めている。「アートはモノではない。デザインはカタチではない」という本展のキャッチコピーは象徴的である。
この展覧会は写真撮影が可能である。せっかくなので「建築はどこにあるの?」展(2010年4月29日~8月8日@東京国立近代美術館)で試みられたように、撮影・写真共有サイトに投稿というプロセスまでをも展覧会の一部として企画してもよかったのではないかと思う。課題はコミュニケーションなのだから。[新川徳彦]
写真(左から):マーティン・バース(CC / BY-NC-ND)、テッド・ノーテン(CC / BY-NC-ND)
2011/01/16(日)(SYNK)
ギャグで駆け抜けた72年──追悼 赤塚不二夫 展
会期:2011/01/12~2011/01/24
大丸 心斎橋店 イベントホール[大阪府]
2008年8月に72歳で亡くなった漫画家、赤塚不二夫の展覧会が大阪心斎橋で開催された。彼の一周忌に合わせ企画された展覧会で、2009年8月の東京会場(銀座松屋)を皮切りに、これで5会場目となる。初公開を含むマンガ原画約250点、トキワ荘時代の未発表写真、各界の著名人がポーズを取った写真と人気漫画家が描き下ろしたイラストで構成する「シェーッ!大集合」、キャラクターの半立体展示、新作ショートアニメのオープニング映像など、「ギャグマンガの王様」と呼ばれた赤塚不二夫に負けずとも劣らない、工夫をこらした面白い展示となっていた。見ていて楽しい。それでいいのだ。ただ一言付け加えるとしたら、赤塚マンガの一番の魅力である「ギャグと笑い」は、その群を抜いたキャラクターデザインの力によることを忘れないでほしい。[金相美]
2011/01/14(金)(SYNK)
夢みる家具──森谷延雄の世界
会期:2010/12/04~2011/02/17
INAXギャラリー[大阪府]
33歳で夭折するも、独特の表現主義風の家具作品により大正期のデザイン運動史にその名を輝かせるデザイナー、森谷延雄(1893-1927)の個展。森谷の家具は、詩的でロマンティックな側面と、のちの工業デザインを予見するような合理的、シンプルな側面のふたつがある。前者の例はグリム童話やオスカー・ワイルドの小説の一節などに想を得てデザインされ、1925(大正14)年の国民美術協会第11回展で発表された「ねむり姫の寝室」「鳥の書斎」「朱の食堂」である。後者の代表格は、廉価な新しい洋家具の普及を目的として1926(大正15)年に森谷が結成した工房「木のめ舎」の家具群だ。展覧会ブックレットの本橋浩介氏の論文にもあるように、一見相反するかにみえるふたつの側面は、森谷が時代の流れに即して、芸術的家具から合理的デザインへの移行を図ったものとしばしば見なされる。しかし、本展はそうした観点から森谷のデザインをとらえようとするものではない。今日の眼には矛盾に映るものが、森谷の「家具界の革命」という理想の下では一貫したものであったろうことを、小規模ながら、現存・復刻作品やスケッチ、資料によって浮かび上がらせようとする意欲的な試みである。
2部構成の第1部で紹介されるのは、芸術的家具を中心とする作品や著述、資料などである。筆者の目を引いたのは、実測された家具のスケッチで埋め尽くされた滞欧時のノートだった。これをつぶさに見たのち、背後にある森谷の家具を振り返れば、彼が、留学で得た西洋家具に関する膨大な知識をきわめて独特に己の家具に反映させたことが会得される。ドイツ表現主義や英国のアーツ・アンド・クラフツ運動の家具を想わせる曲線や波型、ハートのモティーフ、三々九度の盆にヒントを得た朱色の大胆な使用は、古今東西のモティーフの単なる折衷とはけっして言うことができない。そこに見出されるのは、西洋の家具史のみならず、大正期の童画の発展や文学の革新にも刺激を受けて、日本人の理想的な家具やライフスタイルのあり方を模索した森谷独自の哲学なのだ。そういう意味で、彼の「夢みる家具」は、第2部の「木のめ舎」の家具では現実に即したものになったというより、より理想に近づいたのではないかという印象を受けた。安価な素材の家具ながら作家の美意識はそのまま保たれ、形態はより洗練をきわめているからである。会場には研究者による的確な解説が付けられていたこともあり、観賞後は、森谷を含む大正人たちが、日本人にふさわしい近代生活とはなにかという難題に真摯に取り組み、奮闘したことに改めて想いを馳せた。[橋本啓子]
2011/01/13(木)(SYNK)
ルーシー・リー展
会期:2010/12/11~2011/02/13
大阪市立東洋陶磁美術館[大阪府]
一気に春が来たようで、心が躍った。陶芸家ルーシー・リー没後初めての本格的な回顧展。ウィーン時代の初期から、ロンドンに渡って以後──形成期・円熟期──の作品まで、約200点の作品が展示され、見応え充分。柔らかく明るいピンクにレモン・イエロー、爽やかなブルーがとりわけ目を引く。フリーハンドによる温かみのある線、ストライプや格子柄の文様はどれもすがすがしい。その端正なうつわの佇まいには、しかし、歪みのあるフォルムや釉薬の滲み・変調など、どこか揺らぎの要素があって、それが私たちの諸感覚をいっせいに刺激する。傾いだ部分や熔岩釉のようなでこぼこした表面には、つい触れてみたくなるし、彼女のうつわにはなにを盛ったら美味しそうか、とまで想像してしまう。初期から後年にかけての作品を順に見続けていくと、彼女の造形の根底にある宇宙観のようなものを、うつわの総体に感じた。それはひとつには、轆轤を使って彼女の手が「つくる」反復的行為から生まれる、永遠的なるものの表出であるかもしれない。だがもうひとつ、図録の出川哲朗氏の論文「ルーシー・リーの現代性」が、その謎を解く鍵を与えてくれる。リーと物理学との関係性がそれだ。なお、本展の図録はその内容に加えて、とても素敵な製本になっているのでお薦めしたい。見返しのうつわの色とリンクする、花布・栞のピンク色を見たとき、「やられた!」。[竹内有子]
2011/01/13(木)(SYNK)