artscapeレビュー

夢みる家具──森谷延雄の世界

2011年02月01日号

会期:2010/12/04~2011/02/17

INAXギャラリー[大阪府]

33歳で夭折するも、独特の表現主義風の家具作品により大正期のデザイン運動史にその名を輝かせるデザイナー、森谷延雄(1893-1927)の個展。森谷の家具は、詩的でロマンティックな側面と、のちの工業デザインを予見するような合理的、シンプルな側面のふたつがある。前者の例はグリム童話やオスカー・ワイルドの小説の一節などに想を得てデザインされ、1925(大正14)年の国民美術協会第11回展で発表された「ねむり姫の寝室」「鳥の書斎」「朱の食堂」である。後者の代表格は、廉価な新しい洋家具の普及を目的として1926(大正15)年に森谷が結成した工房「木のめ舎」の家具群だ。展覧会ブックレットの本橋浩介氏の論文にもあるように、一見相反するかにみえるふたつの側面は、森谷が時代の流れに即して、芸術的家具から合理的デザインへの移行を図ったものとしばしば見なされる。しかし、本展はそうした観点から森谷のデザインをとらえようとするものではない。今日の眼には矛盾に映るものが、森谷の「家具界の革命」という理想の下では一貫したものであったろうことを、小規模ながら、現存・復刻作品やスケッチ、資料によって浮かび上がらせようとする意欲的な試みである。
2部構成の第1部で紹介されるのは、芸術的家具を中心とする作品や著述、資料などである。筆者の目を引いたのは、実測された家具のスケッチで埋め尽くされた滞欧時のノートだった。これをつぶさに見たのち、背後にある森谷の家具を振り返れば、彼が、留学で得た西洋家具に関する膨大な知識をきわめて独特に己の家具に反映させたことが会得される。ドイツ表現主義や英国のアーツ・アンド・クラフツ運動の家具を想わせる曲線や波型、ハートのモティーフ、三々九度の盆にヒントを得た朱色の大胆な使用は、古今東西のモティーフの単なる折衷とはけっして言うことができない。そこに見出されるのは、西洋の家具史のみならず、大正期の童画の発展や文学の革新にも刺激を受けて、日本人の理想的な家具やライフスタイルのあり方を模索した森谷独自の哲学なのだ。そういう意味で、彼の「夢みる家具」は、第2部の「木のめ舎」の家具では現実に即したものになったというより、より理想に近づいたのではないかという印象を受けた。安価な素材の家具ながら作家の美意識はそのまま保たれ、形態はより洗練をきわめているからである。会場には研究者による的確な解説が付けられていたこともあり、観賞後は、森谷を含む大正人たちが、日本人にふさわしい近代生活とはなにかという難題に真摯に取り組み、奮闘したことに改めて想いを馳せた。[橋本啓子]

2011/01/13(木)(SYNK)

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