artscapeレビュー

SYNKのレビュー/プレビュー

色の博物誌─江戸の色材を視る・読む

会期:2016/10/22~2016/12/18

目黒区美術館[東京都]

目黒区美術館が1992年から2004年にかけて5回にわたって開催してきた「色の博物誌」シリーズ。江戸の色材をテーマとした6回目の本展は、色、色材と美術の歴史を探る非常に興味深い企画だ。色と色材を見る上で、本展で取り上げられている作品は国絵図と浮世絵版画。国絵図とは江戸幕府の命により慶長・正保・元禄・天保の4回にわたって諸藩が制作した巨大・極彩色の絵地図。彩色には当時の絵画とほぼ同様の不透明な顔料系の色材が使われている。浮世絵版画には主に植物による染料系の透明感のある色が用いられている。展示はこれら2種類の歴史的作品とその復元プロセスなどを通じて江戸時代の色の世界を探る。


左:国絵図展示 右:色材展示

展示第1章は岡山藩が制作した備前・備中の国絵図。展示室に入ると、3メートル四方にもおよぶその大きさに驚かされる。これまで国絵図は主に地図としての機能に焦点が当てられてきたが、近年になってその色彩、用紙、表現、制作過程に関する研究が進んでいるという。なかでも興味深いのは、地図に体系的な記号が現れているという指摘だ。それも形や文字で示されるだけではなく色彩によっても行なわれている。たとえば備中国絵図では、赤は道、群青は海河、黒丸は一里山(一里塚)、緑青は山、金泥は郡境という具合だ。

第2章の浮世絵ではオリジナル作品と、江戸時代の製法による色材、色彩を追い求めた立原位貫(1951-2015)による復刻・復元作品との対比が興味深い。第3章は色材。なかでも浮世絵や日本画に用いられた藍は、いったん藍に染めた糸から色をとるという、非常に手間のかかる方法がとられていることを知った。江戸末期に日本に入ってきた合成染料であるベロ藍(プルシャンブルー)が如何に画期的な色材であったかが分かる。第4章は絵具箱等の画材、第5章では画法書が取り上げられている。いずれの項目も目黒区美術館がこれまでに積み重ねてきた展覧会と、専門家たちによる研究成果の優れたコラボレーションだ。展示に加え、図録も非常に充実している。図版として国絵図や浮世絵の全体像とディテールが収録され、各部位に用いられている色、色材が示されている。1階ロビーには、これまでのシリーズを機に制作された「画材の引き出し博物館」があり、これも必見だ。色材の性質の違い、支持体の差による色の見えかたの違いを知識として持つことで、絵画や版画の色の見えかたが変わってくることを実感する。[新川徳彦]

2016/11/17(木)(SYNK)

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東京造形大学創立50周年記念展「勝見勝 桑澤洋子 佐藤忠良 ─教育の源流」

会期:2016/10/31~2016/11/26

東京造形大学付属美術館[東京都]

東京造形大学創立時の教育活動に尽力した3人の人物──評論家・勝見勝(1909-1983)、創立者・桑澤洋子(1910-1977)、彫刻家・佐藤忠良(1912-2011)──の理念に焦点を当てた展覧会。1966年の大学開学時、勝見勝はデザイン科長、桑澤洋子は学長、佐藤忠良は美術科長。3人はいずれも50代半ば。勝見も佐藤も1954年の桑沢デザイン研究所の創立に参加して教員を務め、大学開学時の教育方針や教育内容の策定に中心的な役割を果たしている。その教育方針、教育内容とはどのようなものであったのか。本展を企画した藤井匡・東京造形大学准教授は、ともに30代半ばで終戦を迎えた3人は、いずれも民主主義の思想に基づいた新しい社会をつくるためにそれぞれの専門分野で積極的な活動を行なったことを指摘する。勝見はデザインによって人々の生活を豊かにするために、書籍の翻訳・出版、専門誌の刊行、学会の設立、展覧会の企画など、多面的な活動を行なった。桑澤は服飾デザインの他に、文筆・講演活動、教育活動を通じて女性の社会的地位の向上を目指した。佐藤は1950年代に労働者を彫刻のモデルに取り上げるなど、新しいリアリズムのありかたを模索していった。展示では終戦後から大学開学にいたるまでの3人の思想と活動を5つの章に分け、作品、スケッチ、原稿、書籍などが出展された。しかしながら、ここまでであれば、それは桑沢デザイン研究所の歴史と言い換えてもおかしくない。はたして大学開学後に彼らの思想はどのように実践されたのか。ZOKEIギャラリーでは、50年間に刊行された印刷物でその歴史を辿る企画「東京造形大学ドキュメント1966-2016」展が開かれていたが、大学史の展覧会としては十分とはいいがたい。今後、資料の収集と調査・研究が進み、東京造形大学における教育活動の歴史が書籍のかたちにまとまることを期待したい。[新川徳彦]

2016/11/14(月)(SYNK)

LIVING CULTURE─LIXILギャラリーのグラフィック 35年の視点

会期:2016/10/29~2016/11/24

LIXILギャラリー[東京都]

1981年に伊奈ギャラリーとしてオープン(のちにINAXギャラリーに改称)したLIXILギャラリーは、今年開設35周年を迎えた。35年間にギャラリーでは建築やデザイン、現代美術、やきもの作品を紹介する展覧会が開催されてきた。本展は同ギャラリーのこれまでの活動を振り返るもので、ポスター、リーフレット、案内はがき、ブックレットなどのグラフィック約300点が展示された。
1982年から1995年まで、同ギャラリーでは美術評論家、中原佑介が監修者となって多彩な作家による現代美術およびデザインの展覧会が企画された。今回展示されているパンフレット、ニューズレターには、いま活躍している多くのアーティストたちの若かりし頃の姿が掲載されていて、その確かな目に驚かされる。筆者がよく足を運ぶのは現在は大阪と東京で開催されている「建築とデザインとその周辺をめぐる巡回企画展」。美術館や博物館ではなかなか見ることができない独自の視点によって設定されたテーマによる展覧会が年4本開かれている。企業のギャラリーでありながら、本業とは必ずしも関わらないテーマで企画されているところもいい。さらに素晴らしいのは、小さなスペースにおける展示を補って余りある内容のブックレットの刊行だ。豊富な写真や資料、専門家が執筆した論文に加えてテーマに関連する人々に取材したインタビュー記事など硬軟取り混ぜたテキストもまた美術館・博物館の展覧会図録ではなかなか読むことができない内容で、毎回楽しみにしている。ブックレットの代々のアートディレクターには鈴木一誌、勝井三雄、祖父江慎らが名を連ねており、そのエディトリアル・デザインを眺めることも楽しみのひとつだ。旧・伊奈ギャラリーが開設された1981年はまだバブル経済の前、企業メセナブームよりはるか以前のことである。一時のブームや企業の業績に左右されず、これからも地道な文化活動が続いてくことを期待したい。[新川徳彦]

2016/11/10(木)(SYNK)

臨済禅師1150年・白隠禅師250年遠諱記念 禅─心をかたちに─

会期:2016/10/18~2016/11/27

東京国立博物館[東京都]

達磨大師によってインドから中国へ約1500年前に伝えられたといわれる禅は、日本へは鎌倉時代の始めに栄西(1141-1215)が臨済宗を、江戸時代には隠元(1592-1673)が黄檗宗を伝えた。本年は唐において禅を広めた臨済宗・黄檗宗の宗祖、臨済義玄(?~867)が没後1150年、および日本臨済宗中興の祖、白隠慧鶴(1685-1768)が没後250年であり、本展はそれを記念して開催される展覧会。全5章で構成された展覧会では、第1章と第2章では禅の歴史と禅僧の足跡、第3章から第5章で禅宗の教えが日本文化に果たした役割を紹介している。歴史と美術という点で注目したいのは展示の後半だ。第3章では、武田信玄や織田信長、豊臣秀吉らの戦国武将と、そのブレーンとして活躍した禅僧たちの活躍が取り上げられているほか、禅画を描き民衆への布教を行った白隠、仙 らの作品が並ぶ。東京展でのシンボルとなっているのは、白隠の《達磨像》(大分・萬壽寺)。縦2メートルほどもある迫力かつユーモアのある達磨像だ(この作品は会場入り口正面に展示されている)。第4章「禅の仏たち」で強烈な印象を与えるのは中国人仏師・范道生(1635-70)の作による「羅怙羅尊者(らごらそんじゃ)像」(京都・萬福寺)だ。顔が醜かったとも伝えられる羅怙羅が、心には仏が宿っていることを自分の胸を開いて見せている。禅僧たちは日本と中国を行き来することで、禅の思想ばかりでなく、さまざまな文物や風習を日本にもたらした。その代表例が水墨画や詩画軸、そして喫茶の習慣である。第5章ではこうした文化の「架け橋」「触媒」「揺籃」としての禅に焦点が当てられている。中国の習慣、文化がやがて日本独自の文化へと変容していく様はとても興味深い。
作品のキャプションには作品タイトルと解説文のほかに、鑑賞のポイントを語る短いキャッチコピーが付されていて、よく見るとこれがなかなか面白い。たとえば一休宗純像には「ハンサムで、ちょいワル?」。白隠の達磨像には「ほとんどが顔。迫力満点の造形」。白隠自画像には「なぜか達磨像と似た自画像」という具合。これらのキャッチコピーはそれぞれの作品解説を担当する研究員が書いており、文体には担当者によるテンションの違いも垣間見える。なお、これらのキャッチコピーは図録入稿後に書かれているそうで、展覧会会場でしか見ることができない。文字のサイズがやや小さくてあまり目立たないのがもったいない。[新川徳彦]

2016/11/08(火)(SYNK)

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マリメッコ展

会期:2016/10/08~2016/11/27

西宮市大谷記念美術館[兵庫県]

いまや日本でもお馴染みの、フィンランドのデザインハウス、マリメッコの展覧会。会場は「Ⅰ.INTRODUCTION  はじめに─マリメッコとは?」「Ⅱ.TIMELINE marimekko 1951-2016 マリメッコの歩み」「Ⅲ.THE ART OF DESIGN デザインの芸術」の三部構成で、マリメッコ社の1951年の創業以来の歩みを振り返り数々のデザインを生み出したデザイナーたちの創作活動に触れることができる。マリメッコ社では石本藤雄、浦佐和子、大田舞、近藤正嗣、鈴木マサルら日本人デザイナーたちが活躍してきたが、その草分けは脇阪克二である。1968年からマリメッコ社に勤務した脇阪は、同社で採用されたはじめての外国人デザイナーだったという。近年は、手ぬぐいや地下足袋、和服などを製作する京都の和モダンブランド、SOU・SOUのテキスタイルデザイナーとして活躍している。脇阪のマリメッコ時代の代表作《ブーブー》は今ではクラシックコレクションのひとつとなっており、そのシンプルでカラフルな楽しいデザインはSOU・SOUのデザインにも通じるように思われる。フィンランドと日本は歴史も気候もずいぶん異なるが、マリメッコの伸びやかでカラフルなデザインのファブリックがこれほどまでにチャーミングで親しみやすく感じられるのは、感性にどこか共通点があるからかもしれない。今後、本展はBunkamuraザ・ミュージアムと新潟県立万代島美術館に巡回する予定である。[平光睦子]

2016/11/08(火)(SYNK)

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