artscapeレビュー
SYNKのレビュー/プレビュー
三井家伝世の至宝
会期:2015/11/14~2016/01/23
三井記念美術館[東京都]
三井文庫の開設50周年と三井記念美術館の開館10周年を記念する展覧会。春季展前期は三井家に伝来してきた茶道具の名品、後期は三井文庫の所蔵史料により三井350年の歴史を辿る企画であった。秋季展は「三井家伝世の至宝」と題して館蔵の国宝・重要文化財に加え、現在は三井家から離れて他の美術館・博物館等の所蔵となっている名品を集め展観する。円山応挙「雪松図屏風」(三井記念美術館蔵)、仁清「色絵鱗波文茶碗」(北村美術館蔵)、「虚空蔵菩薩像」(東京国立博物館蔵)、「古今和歌集(元永本)」(東京国立博物館蔵)、「油滴天目」(大阪市立東洋陶磁美術館蔵)等々、たいへんな優品が集まっている。興味深いコレクションとして、安藤緑山の牙彫がある。蜜柑や柿、無花果、貝尽くしなど、ほんものと見まごうばかりの作品は、昨年同館で開催された「超絶技巧!明治工芸の粋」で多いに話題となった。明治末期から昭和初期にかけて活躍したとされる緑山の作品は、北三井家十代・三井高棟(1857-1948)の蒐集品である。もうひとつは南三井家十代・三井高陽(1900-1983)が蒐集した世界の切手のコレクション。高陽は幼少の頃から切手を集めていたが、慶應義塾大学で経済史と交通史を学んだことで、切手蒐集は趣味から研究対象になったという。戦前期には三井財閥のいくつかの会社で要職を務め、戦後の財閥解体後はすべての役員を辞し、切手研究と国際文化交流事業に尽くした。三井記念美術館は高陽のコレクション約6万点に加えて、三井グループのダイセル元社長・昌谷忠(1909-1991)が集めた約7万点の、約13万点の切手コレクションを所蔵するという。今回展示されているのはほんの一部であるが、いずれも稀少かつ歴史的に重要なものばかりだ。
本展に合わせて、コレクションの名品図録が改訂されたほか、出品作品のうち他館等の所蔵品を納めた別冊が刊行されている。いずれにも蒐集やそれを手放すことになった経緯が触れられており、三井家とその事業の歴史を辿るものとしても興味深い内容になっている。[新川徳彦]
関連レビュー
2015/11/13(金)(SYNK)
きものモダニズム
会期:2015/09/26~2015/12/06
住友コレクション 泉屋博古館[東京都]
須坂クラシック美術館(長野県)の開館20周年を記念して、所蔵する岡信孝コレクションのモダンな意匠の銘仙が前後期合わせて100点が紹介されている。大正から昭和30年代にかけてつくられた銘仙の図案は、矢絣など比較的シンプルなものから花鳥を大胆にあしらったもの、同時代のアール・ヌーヴォーやアール・デコの影響を受けたもの、幾何学的な文様から伝統文様をアレンジしたもの、時局を反映しているのか落下傘をモチーフにしたデザインまで多種多様で、色彩もじつに鮮やかである。チラシデザインのモチーフもまた昭和初期につくられた銘仙からとったもので、その新しさに驚かされる。
銘仙は明治末から昭和にかけて、絹物でありながら廉価な日常のきものとして流行した。価格が安かった理由のひとつは使用された絹糸にある。明治政府が殖産興業政策の一環として富岡製糸場に代表されるように生糸生産が発展した一方で、輸出に不適合な繭や屑糸を加工した絹紡績糸が安価な織物用に用いられるようになった。染織技術にも明治末期にコストを削減できる革新が導入される。銘仙は絣の一種であるが、手間の掛かる括りで染めるのではなく、仮織りした布に型紙を用いて染色糊をのせて糸を染め、緯糸を抜いたあとの経糸を改めて機にかけて織る「解し織」という技法が開発されたのだ。他に緯糸にも絣糸を用いる「併用絣」「半併用絣」があるが、それには手機が必要だったので、動力織機を用いることができる解し織がいちばんコストが安かったようだ。同時期には鮮やかな色の化学染料が用いられるようになり、色彩や意匠の自由度が高まっていった。当初は旧来の絣の代用であった銘仙の意匠には、次第に大きく、大胆な文様が用いられるようになる。
意匠の変化には、社会や市場の変化が如実に反映している。銘仙の産地は関東地方──伊勢崎・足利・秩父・桐生・八王子──であるが、市場が関西に拡大するにつれて次第に柄が派手になっていったという。流通もまた市場の拡大と変化をもたらした。三越のデパートメントストア宣言は1904(明治37)年。その後関東大震災を経て、百貨店各社が急速に大衆化していくなかで、絹織物としては安価な銘仙は特売会の目玉商品となっていったのだ。同時にこの時期は印刷技術の進歩により大衆向けの印刷メディアが発達した時代でもある。流行を発信する百貨店とそれを伝えるメディアの存在が、安価で求めやすくデザインが豊富で色彩豊かな銘仙を生みだし、ヒットさせたのである。山内雄気氏によれば、それゆえに「1920年代に、国内織物市場の大半が停滞するなか、銘仙市場だけが拡大した」。今和次郎の観察では、1925年に東京・銀座を行き交う女性のうち50.5%、1928年に日本橋三越前では84%が銘仙を身につけていたという 。産地もまた流行創出に力を入れていた。銘仙のデザインを工夫、改良するだけではなく、足利では日本画家に依頼して銘仙を宣伝するポスターを描かせており、本展には足利美術館が所蔵するポスターやその原画も出品されている。
展示されている数々の銘仙を見ていくと、たしかに安手の日常着と感じられるものがある一方で、緯糸にも絣を用い、デザインが緻密で多数の色を刷り分け、非常に手間が掛かっていると思われるものがあることに気づく。デザインや色を単純にして安価で大衆にも手が届きやすい価格の銘仙があった一方で、おしゃれ着としてより凝ったデザインへの需要も存在していたことが想像される。
今回の展覧会は、染織研究で知られる長崎巌・共立女子大学教授の監修のもと、須坂クラシック美術館と泉屋博古館分館、そして東京文化財研究所による共同研究の成果であるという。図録では銘仙の技術や文化、流行について触れられているほか、会場では秩父銘仙の制作工程を記録した映像が上映されており、その技法についても学ぶことができる。[新川徳彦]
2015/11/13(金)(SYNK)
高橋理子 展覧会「断絶から、連続を生む。」
会期:2015/11/07~2015/11/30
ギャラリー9.5 ホテルアンテルーム京都[京都府]
円と線による独特な文様で知られる高橋理子の個展。黒、白、金、銀の4色で大小さまざまなサイズの水玉を染めた着物10点で構成される。作品を着せつけた、作家本人の姿を象ったマネキンはグッと口元を結んで仁王立ちに構え、力強い表情が印象的だ。シンプルで明快、それでいて強烈な個性が際立つ作品である。
「断絶から、連続を生む」という本展のテーマは、解説によると、「伝統的なるもの」を断ち、日本らしさ、日本文化のアイデンティティを継承するのだという。このテーマは本作の制作手法にも読み取ることができる。作品制作は、梅や菊、牡丹模様の既存の着物を解くことからはじまる。次に、バラバラになった各部をつなぎ合わせて一枚の布に戻し、そこから色を抜き、その上に水玉を配し、さらに黒い地色を染める。そして、縫い合わせて再び着物にする。一見それまでの着物としての素性を全く断ち切って生まれかわったかのようにみえるが、近寄って見ると、抜ききれなかった刺繍や箔、紋や地紋が残っているのがわかる。解体して染め直してもなお着物としての生命は繋がっていて、水玉文様があらたに表面に積み重なったのである。高橋によると、円と線はこれ以上削るところがない完璧なモチーフだという。その完璧さがあまりにもストレートで、もとの着物の奥に潜んでいた、言わずもがなの、なんとなく見せずにおいたものを、堂々と人目に曝してしまったかのような心許ない気持ちにおそわれる。
これを機会に高橋の活動を振り返ってみて、その幅の広さには驚かされた。着物や浴衣、手ぬぐいといった染織品だけでなく、インテリアやパッケージ等のプロダクトデザインも多数手掛けている。完璧なモチーフには、ただストレートなだけでなく、どのような支持体にも適応しつつも同時に個性を失わないという柔軟さがあるというわけだ。[平光睦子]
2015/11/10(火)(SYNK)
琳派400年記念:琳派からの道──神坂雪佳と山本太郎の仕事
会期:2015/10/23~2015/11/29
美術館「えき」KYOTO[京都府]
この秋、京都では、琳派400年を記念する展覧会が目白押しである。そんななか、琳派の継承者、神坂雪佳と現代美術の作家、山本太郎の二人展が開催された。
神坂雪佳の出品作品は、京指物の老舗、宮崎家具による家具や箱物、宮崎家具所蔵の図絵をはじめ、川島織物セルコン(旧・川島織物)による染織品などおよそ40点である。小さな飾り棚、華やかな金蒔絵の硯箱、多色使いの窓掛け用紋織、袱紗、団扇、屏風、短冊、茶碗など多種多様な品々にはそれぞれふさわしい図柄が配されており、雪佳が希代のデザイナーだったことをいまさらながら実感させられた。宮崎家具も川島織物も、明治期には西欧の意匠や技術を採り入れながら日本独自の室内装飾を目指した企業である。こうした企業と協力関係を維持するコミュニケーション能力もまたデザイナーの資質のように思われる。なにより、とくかく上手いのである。形象を単純化、簡略化することによってそのものをよりそのものらしく表現することを「便化」というが、雪佳の図案にはその妙味を見ることができる。
さて翻って現代美術家、山本太郎の作品は屏風や掛け軸、絵画などおよそ40点である。立ち雛にはキューピッド、杜若には玩具のアヒル、菊慈童には缶ビールなど、古典的な画題と現代的なモチーフとの組み合わせが見所だ。なかでも俵屋宗達の《風神雷神図屏風》を引用した《マリオ&ルイージ図屏風》は、その大胆な趣向が話題になっている。いま、京都国立博物館では俵屋宗達俵、尾形光琳、酒井抱一の描いた三対の《風神雷神図屏風》が75年ぶりに揃って展示されている。会場は違えど、第四の一対ということになる。
琳派の特徴のひとつはその洒脱さにある。軽く、あっさり、さっぱりと。雪佳の場合はそれが便化として表現される。一方、山本の場合は、洒脱というよりもむしろ洒落、晒れや戯れといったほうがふさわしいように思われる。[平光睦子]
2015/11/03(火)(SYNK)
横尾忠則──続・Y字路
会期:2015/08/08~2015/11/23
横尾忠則現代美術館[兵庫県]
本年9月に、第27回高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)を受賞したことでも話題になった横尾忠則。2000年以降のライフワークとでもいうべき「Y字路」シリーズ作品の続編でもある本展では、相変わらず、彼の旺盛な実験精神を体感できた。Y字路とは、そもそも横尾が郷里に戻って撮影した風景写真に由来する。画面中央に浮かび上がる建物とその手前で二又に分かれる道、つまり伝統的絵画とは異なって二つの消失点をもつ絵画である。その二つの道先にはなにが待っているのか、見る者に不思議でことさら不穏な印象を与える。今回は、2006年以降に制作されたものを中心に、「温泉」シリーズ・全国の美術館でコスプレの公開制作「PCPPP(Public Costume-play Performance Painting)」をした作品と映像・「黒いY字路」シリーズ等、約70点が展示された。そのなかでも彼の実験魂がいかんなく発揮されていたのが、黒いY字路シリーズ。ホワイト・キューブならぬ、真っ黒に塗られたブラック・キューブの室内に、漆黒で絵画対象を故意に「見えないようにした」Y字路作品が並ぶ。この発想といい、伝統的な西洋美術のありようをあの手この手で「編集」してしまう才能は、デザイナーとして活動した経験をもつ彼ならではのものだろう。実際、「グラフィックデザインも絵画も、僕の中では区別がなくなった」と述べている横尾。80歳を迎える来年も、活躍がいっそう楽しみだ。[竹内有子]
2015/11/01(日)(SYNK)