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建築に関するレビュー/プレビュー

ジョージ・ネルソン展──建築家、ライター、デザイナー、教育者

会期:2014/07/15~2014/09/18

目黒区美術館[東京都]

アメリカのデザインディレクター・ジョージ・ネルソン(George Nelson, 1908-1986)の回顧展。ドイツのヴィトラ・デザイン・ミュージアムの企画による世界巡回展で、家具、プロダクト、模型、映像資料など約300点が出品されている。20世紀後半のアメリカデザイン史を知るうえで必見の展覧会。国内では目黒区美術館のみでの開催である。
 1931年にイェール大学で建築の学位をとったネルソンは、ローマ留学を経て帰国後にニューヨークに建築事務所を設立。また『アーキテクチュアル・フォーラム』誌などの建築雑誌の編集の仕事を行なっていた。建築家ヘンリー・ライトとの共著『明日の家』(Tomorrow's House, 1945)に壁面型の収納ストレージウォールを提案。これが『ライフ』誌に取り上げられたことで、家具製造会社ハーマンミラー社の社長D・J・ディプリーの目にとまり、1945年から1972年まで同社のデザインディレクターを務めることとなった。それではハーマンミラー社との仕事でネルソンはなにを成し遂げたのであろうか。いや、このような疑問は奇異に聞こえるかも知れない。家具会社と契約したのだから家具のデザインをしたのだろう、と。ところが実際のところ、かつてネルソンのデザインとされていた仕事のほとんどがネルソン・オフィスの他のデザイナーたちの仕事であり、しばしばそれらに目を通してもいなかったことが明らかになっているのだ。それならば、ネルソンはなにをしたのか。
 ネルソンの功績のひとつは、イームズ夫妻やイサム・ノグチ、アレキサンダー・ジラードらをハーマンミラー社に引き込み、その結果デザイン史に残る多数の名品を生み出させたことと言われる。1947年にネルソン・オフィスに加わったアーヴィング・ハーパーによれば、ネルソンはいわばデザイン界のセルゲイ・ディアギレフだったという★1。自らデザインしなくても優れた才能を見出し、人と人、人と企業を結びつけることで新しいものを生み出す。ネルソンは触媒的才能を持った人物だったのだ。もうひとつの功績は、ネルソン(あるいはネルソン・オフィス)が家具を個別にデザインするのではなく、そこにシステムという考えを持ち込んだことにある。「ベーシック・ストレージ・ユニット」や「アクション・オフィス」といったシステム家具を生み出したばかりではなく、家庭やオフィスインテリア全体のなかでそうしたデザインがどのように位置づけられるかを構想している。現在ではあたりまえとなった考え方であるが、ネルソン以前にこれを具現化した者はいなかったといわれる。さらにいえば、ネルソンはハーマンミラー社の製品だけではなく、ハーマンミラー社自体を「デザイン」した。同社のロゴや広報物をデザインしたばかりではない。伝統的な家具の製造からモダニズムへの転換はネルソンの前任者ギルバート・ロードによってすでに進められていたが、ネルソンはそのイメージをさらに強固なものにした。家具を配置した室内写真をふんだんに載せた高品質なカタログをつくり販売する。同社の顧客である建築家たちがそのような見せ方に興味を持つことを想定してのことだ。いわばCI、ブランドづくりとも言える仕事である。ネルソンがこのように幅広い視点から家具デザインを見ることができたのは、彼が多くの建築家たちの仕事に学んでいたからに違いない。1959年にモスクワで開催された「アメリカ博覧会」の展示デザインをネルソンが手がけることになったのも、高所からデザインを俯瞰する才能があってのことだろう。
 ジョージ・ネルソンは日本とも少なからぬ縁がある。1957年、ネルソンは産業工芸試験所の招きで来日し、デザイン講習会を開催している。その際には、アメリカ市場における日本製家具と北欧家具の位置づけの違いを指摘するなど、デザインとものづくりのあり方について現代にも通じるコメントを数多く残している★2。ハーマンミラー社の仕事を始めてから10年余が経過し、彼のデザインや批評の仕事は日本の工業デザイナーたちにも良く知られた存在であった。帰国後のネルソンは日本デザインの伝道者として日本での体験をアメリカの雑誌に寄稿したり、グラフィックデザイナー・岡秀行が企画した日本のグラフィックデザインと伝統的パッケージデザインの展覧会をニューヨークで開催。また岡の著書『5つの卵はいかにして包まれたか』英語版(Hideyuki Oka, How to Wrap Five More Eggs: Traditional Japanese Packaging, 1975)に序文を寄せている★3。目黒区美術館展では日本独自の企画として、これらの関連資料を展示するコーナーを設けている。
 プロダクト以上に思想において重要な仕事を残したジョージ・ネルソンだが、美術館での企画展であるからモノを中心とした展示になるのはやむを得ないだろう。彼が制作した映像作品は、その思想を理解する手掛かりとなる。ヴィトラ・デザイン・ミュージアムが制作した図録には図版の他に充実した論考が収められているが、残念なことに英語版とドイツ語版のみである。翻訳に手を上げる出版社はないものだろうか。
ポスター、チラシ、リーフレットのデザインは中野豪雄氏。チラシは8種類が用意され、並べるとポスターと同じデザインが現われるしかけだ。[新川徳彦]

★1──マイケル・ウェッブ『ジョージ・ネルソン』(フレックス・ファーム、2003)15頁。目黒区美術館の降旗千賀子学芸員は、同様の理由でネルソンと工業デザイナー秋岡芳夫の仕事の類似を指摘している。
★2──その様子は『工芸ニュース』26巻2号に掲載されている。https://unit.aist.go.jp/tohoku/techpaper/pdf/3859.pdf
★3──岡秀行が蒐集した日本の伝統パッケージは目黒区美術館が所蔵しており、同館では1988年と2011年に展覧会を開催している。


展示風景(上から2枚目の展示什器はヴィトラ・デザイン・ミュージアムの制作)

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2014/08/28(木)(SYNK)

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TYIN(ティーン)テーネステュエ・アーキテクツ展 Human - Architecture

会期:2014/07/10~2014/09/20

TOTOギャラリー・間[東京都]

ギャラリー間のテーネステュエ・アーキテクツ展へ。これは予想以上に面白い。自国ノルウェーでのいわゆる正規の新築はほとんどないが、グローバルかつリージョナルに活動する組織である。その場の資源を最大限に生かしながら、セルフビルド的に多数が施工に参加できる仕組みをつくるが、決して空間は貧弱なものにならず、建築が豊かなのだ。




展示風景

2014/08/23(土)(五十嵐太郎)

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新宿瑠璃光院白蓮華堂

[東京都]

新宿駅近くの、竹山聖が設計した瑠璃光院白蓮華堂を見学する。地上6階地下1階の木目を強くだしつつ、丸みをおびた大きなコンクリートのヴォリュームの内部に、美術や音楽と競演する、様々な空間を立体的に組み込む。プライベートの美術館のようだ。開口、斜線、壁画、仕上材、水の流れなどのバリエーションが多い、壁の建築である。






竹山聖《瑠璃光院白蓮華堂》

2014/08/23(土)(五十嵐太郎)

もうひとつの美術館、「いえとまちのかたち」、スペシャルトーク「いえとまち、コミュニケートのかたち」

会期:2014/06/14~2014/08/31

もうひとつの美術館[栃木県]

栃木県那珂川町のもうひとつの美術館(2001年開館)へ。廃校になった木造の校舎を転用し、アール・ブリュットを専門に展示する、日本では最初期の施設である。校庭には盆踊り大会の櫓がまだ残り、今も地域の集まりの場所だということがうかがえる。「いえとまちのかたち」展は、建築的な絵画を中心とし、やはり家型のイメージが強い作品が少なくない。カラフルな色彩、まっすぐでない線、時代の流行に影響を受けないことから作家の世代がわからないことが特徴である。とくに50枚展示された掘田哲明の絵画が凄い。30年間、1000枚の絵を描き続け、一見どれも同じ家型の反復なのだが、よく見るとすべての家が違うのだ。

写真 展示風景 掘田哲明《家》

2014/08/16(土)(五十嵐太郎)

日本建築学会建築文化週間 学生グランプリ2014「銀茶会の茶席」第一次審査

会期:2014/08/12

建築博物館ギャラリー[東京都]

建築学会の文化週間にちなむ企画である学生グランプリ「銀茶会の茶席」第1次審査に出席した。これは学生を対象としているが、実際につくることが特徴のコンペであり、構造的なアイデアと、茶室としての機能の両方から評価されることもユニークだろう。光を透過する薄いベニアを湾曲させた壁の案、風船で覆いを浮かす案、ダンボールのヴォリュームを削る案、そしてユニットを反復する案が選ばれた。秋にはこれらがそれぞれ実現されるので、完成が楽しみである。

2014/08/12(火)(五十嵐太郎)