artscapeレビュー
建築に関するレビュー/プレビュー
『ねもは 01』
発行所:ねもは
発行日:2010年
2010年12月、文学フリマにてデビューした建築系同人誌である。
東北大の大学院生、市川紘司の編集と企画によって実現されたものだ。内容は、特集「絶版★建築ブックガイド40」のほか、大室佑介、斧澤未知子、加茂井新蔵による論考を収録している。なお、鈴木博之著の『建築は兵士ではない』から始まる、40冊のセレクションは、編集後記によれば、『建築の書物/都市の書物』(INAX出版)、ならびに『建築・都市ブックガイド21世紀』(彰国社)との重複がないことが意図されており、補完しながら読むべきテキストという文脈になっている。若手の執筆者が、現在流行の建築家を論じるなら、いかにもありそうなのだが、過去の絶版本をいまの文脈から再読するという企画は、なかなかユニークである。いずれの書評も、著者の紹介や本の背景など、守るべき最低限のルールがきちんとクリアされており、多くの執筆者の寄稿であるにもかかわらず、あまりむらがない。実際、既存の雑誌の書評でも、こうした基本的なことができていないものが少なくないことを考えると、評価すべきポイントだと思う。文字数も充分ある。図版やイメージ、あるいは対談や語りよりも、文字を中心とする、久しぶりの密度の高い建築批評誌としても重要である。とりわけ、「擬似建築試論」(「.review001」2010年)の続編を執筆している、加茂井新蔵の評論は本格的だ。
本書のもうひとつの大きな意義は、1980年代生まれの書き手が、これだけまとまったかたまりで可視化された初の試みであることだ。おそらく、現在も『建築文化』や『10+1』などの紙による雑誌が継続していれば、寄稿していたであろう若手が、自らメディアを立ち上げた状況は、きわめて現在的である。筆者もかつて大学院生のとき、南泰裕や槻橋修らと『エディフィカーレ』という同人誌を刊行した。その後、若手の自主メディアの系譜としては、90年代後半にぽむ企画のホームページが登場し、ゼロ年代には藤村龍至によるフリーペーパー、「ラウンド・アバウト・ジャーナル」が新しいシーンを生みだしている。『ねもは』の出現は、それに匹敵するインパクトだ。実は、巻頭言や前書きがなく、いきなり特集が始まる構成に意表をつかれたのだが、方向性を示すマニフェストはあえて掲げていない。次の課題は継続することだろう。
http://nemoha.web.fc2.com/
2010/11/30(火)(五十嵐太郎)
イダ・ファン・ザイル+ベルタス・ムルダー編著『リートフェルト・シュレーダー邸』(田井幹夫訳)
発行所:彰国社
発行日:2010年12月
リートフェルトが設計した近代建築の傑作、シュレーダー邸の本である。鮮やかな原色と抽象的な構成、そして忍者屋敷のような可動の間仕切りなどで知られる、デ・スティルを代表する住宅だ。本書は、施工やインテリアなど、さまざまな切り口から幾つかの論考を収録しているが、最大の特徴は、施主であり、60年近く暮らし、ついには設計者のリートフェルトと同居したトゥルース・シュレーダー夫人のインタビューを読めることだろう。彼女が回想しているように、二人のコラボレーションというべき作業の結果、20世紀の名住宅は誕生した。リートフェルトはこれが長く残ることを想定していなかったというが、いまやユトレヒトの重要な文化遺産である。なお、二人の関係については、アリス・フリードマンの研究書『女性と近代住宅の形成』(ALICE T.FRIEDMAN”WOMEN AND THE MAKING OF THE MODERN HOUSE”ABRAMS1998)にも詳しいが、本書でとくに楽しめるのは、やはりシュレーダー夫人の肉声が感じられることだ。家族と人生の思い出がつまった住宅に対する愛おしさが伝わってくる。彼女は多くのディテールにおいて自分がデザインに関与したことを回想するが、そう思ってもらうような設計は建築家冥利につきるし、だからこそ、施主が家を大事にしたのだろう。そして彼女こそは、リートフェルトに最初の本格的な建築の仕事を与え、傑作の住宅を多くの人に宣伝してきた最大のプロモーターだった。シュレーダー邸は、二人にとって大事な子どものような存在なのかもしれない。実際、彼女は亡くなった後に、違う人生観をもったほかの人が住むことを嫌がっていた。
筆者も2010年9月、二度目の訪問で初めてシュレーダー邸の室内を見学する機会をえた。原色を塗って、建築の各部分を抽象化しているが、実物はそこまで平滑な面ではなく(そもそもリートフェルトはコンクリート造にしたかった)、生々しい物質感がたちこめていた。また当初の状態に復元されたとはいえ、それでもなお使いたおしてきた生活の痕跡が感じられたことも印象深い。『リートフェルト・シュレーダー邸』を読むと、筆者が見学したときの空間体験の背後にあったものが、さまざまに開示される。本書は、オランダに留学し、多くの住宅を手がけてきた建築家、田井幹夫の翻訳によって刊行されたが、彼が願うように、日本人がシュレーダー邸をより深く知るための一冊となった。
2010/11/30(火)(五十嵐太郎)
GA JAPAN 2010
会期:2010/11/20~2011/01/23
GAギャラリー[東京都]
出展者は安藤忠雄、磯崎新、伊東豊雄、北川原温、隈研吾、SANAA、西沢立衛、藤本壮介、山本理顕の各氏。GA JAPANシリーズの展覧会では、つねに日本の建築界の最前線の状況を垣間見ることができる。展示物は模型と図面、いくつかの映像であり、その情報は総合的であるが、GA JAPANでの展示では、「建築的な前進」の一歩が、最後に明際立つかたちで浮かび上がってくることが多いと感じる。今回の展示では、伊東豊雄は今治の《伊東豊雄ミュージアム》でベースにしていた60度を元にした多面体を、さらに複数の角度を組み合わせた自由な形にした《ベガ・バハ博物館》を、隈研吾は建築を埋める方向を極限にまで突き詰めたような、山の中の三葉形の切れ目のような建築を、SANAAは建築の単位が部屋となり、徹底した「床」の積層により庭や駐車場まで「床」となったような集合住宅を、藤本壮介は上海の美術館の一部にて、屋根までガラスの構築物と、むしろそれより目立つ樹木の組み合わせを、山本理顕はかつての県営保田窪団地での住宅とコモンスペースの関係を、トポロジカルに相同な形で変換させ縦列に複数棟配置させたソウルの集合住宅を、それぞれ提示していた。非常にテンションの高い展示だと感じた。
2010/11/28(日)(松田達)
金沢工業大学建築アーカイヴス研究所
[石川県]
金沢工業大学における、国内初の建築アーカイヴに関する研究機関。所長は竺覚曉教授。金沢工業大学は、2007年3月に日本建築家協会との協同でJIA-KIT建築アーカイヴスを開設し、近現代の建築家が作成した図面など建築関連資料を、文化遺産として収集・保存・整理・調査・公開を行なうなど、一私立大学でありながら建築アーカイヴに関して先導的な立場をとっている。この活動と並行してアーカイヴに関する研究を行なうため立ち上げられたのが本研究所であり、図面から3次元データ、アーカイヴの方法論や実情調査など、建築アーカイヴスに関する全般的な研究を行なっている。特に貴重資料室には、アルベルティなど15世紀以降の希少本が集まっており、日本ではここでしか見ることのできない本が多数あるという。なお、今後の建築資料は有事に備え、ネットワーク化してアーカイヴされていく必要があるという。つまり、アーカイヴもクラウド化の方向に向かっている。
2010/11/20(土)(松田達)
坂茂《成蹊大学情報図書館》
[東京都]
竣工:2010年
坂茂の設計による図書館。左右のヴォリュームは大学本館の外装材にあわせ、レンガタイルで覆われている。特に注目すべきは中央のガラス張りのアトリウム空間を内包したヴォリュームである。中に浮かぶ複数の玉ねぎ型の球体。細い足で支えられ、それぞれ空中歩廊などからアクセス可能である。これらはグループ閲覧室であり、静かな図書館に対して、もっと自由に気軽に話をしたりできるスペースを設けようという、この図書館のコンセプトを体現したような部分である。この立体的な空間の使い方から、同じ坂茂による銀座のスウォッチ・ビル(《ニコラス・G・ハイエックセンター》)が思い浮かぶ。多数のエレベーターによって、1階からそれぞれのブランドのフロアにいくことができるという構成は、建築の立体的な自由度を高めているという意味で、この図書館との共通点が感じられる。
2010/11/06(土)(松田達)