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イダ・ファン・ザイル+ベルタス・ムルダー編著『リートフェルト・シュレーダー邸』(田井幹夫訳)

2010年12月15日号

発行所:彰国社

発行日:2010年12月

リートフェルトが設計した近代建築の傑作、シュレーダー邸の本である。鮮やかな原色と抽象的な構成、そして忍者屋敷のような可動の間仕切りなどで知られる、デ・スティルを代表する住宅だ。本書は、施工やインテリアなど、さまざまな切り口から幾つかの論考を収録しているが、最大の特徴は、施主であり、60年近く暮らし、ついには設計者のリートフェルトと同居したトゥルース・シュレーダー夫人のインタビューを読めることだろう。彼女が回想しているように、二人のコラボレーションというべき作業の結果、20世紀の名住宅は誕生した。リートフェルトはこれが長く残ることを想定していなかったというが、いまやユトレヒトの重要な文化遺産である。なお、二人の関係については、アリス・フリードマンの研究書『女性と近代住宅の形成』(ALICE T.FRIEDMAN”WOMEN AND THE MAKING OF THE MODERN HOUSE”ABRAMS1998)にも詳しいが、本書でとくに楽しめるのは、やはりシュレーダー夫人の肉声が感じられることだ。家族と人生の思い出がつまった住宅に対する愛おしさが伝わってくる。彼女は多くのディテールにおいて自分がデザインに関与したことを回想するが、そう思ってもらうような設計は建築家冥利につきるし、だからこそ、施主が家を大事にしたのだろう。そして彼女こそは、リートフェルトに最初の本格的な建築の仕事を与え、傑作の住宅を多くの人に宣伝してきた最大のプロモーターだった。シュレーダー邸は、二人にとって大事な子どものような存在なのかもしれない。実際、彼女は亡くなった後に、違う人生観をもったほかの人が住むことを嫌がっていた。
筆者も2010年9月、二度目の訪問で初めてシュレーダー邸の室内を見学する機会をえた。原色を塗って、建築の各部分を抽象化しているが、実物はそこまで平滑な面ではなく(そもそもリートフェルトはコンクリート造にしたかった)、生々しい物質感がたちこめていた。また当初の状態に復元されたとはいえ、それでもなお使いたおしてきた生活の痕跡が感じられたことも印象深い。『リートフェルト・シュレーダー邸』を読むと、筆者が見学したときの空間体験の背後にあったものが、さまざまに開示される。本書は、オランダに留学し、多くの住宅を手がけてきた建築家、田井幹夫の翻訳によって刊行されたが、彼が願うように、日本人がシュレーダー邸をより深く知るための一冊となった。

2010/11/30(火)(五十嵐太郎)

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