artscapeレビュー
『現代建築家コンセプト・シリーズ3乾久美子──そっと建築をおいてみると』乾久美子
2010年01月15日号
発行所:INAX
発行日:2008年9月25日
不思議な本である。建築家の本として、これまで見かけたことがないタイプの本だと思った。いわゆる作品集ではなく、建築論でもない。作品の写真は少なくないが多くもない。むしろその作品解説のテキストが主体であるが、いわゆる作品を論理だてて説明する解説というより、すべてが小説的な文章にも感じられる。だからといって論理的でないわけではない。むしろ読み始めてみると感じるのは、どこかにぶつかっても方向を変えながら進んでいくような途切れることのない一貫した思考の流れである。例えば知覚と空間についての話に、ふと小説の話が挿入される。でもそこに境界はない。物語とも、解説文ともつかないテキストが、乾久美子の思考を示しているように思われた。物語が解説であり、解説が物語になっている。「そっと建築をおいてみると」というタイトルは、まさにそんな彼女の建築のつくり方を表わしているように思われた。建築と環境の境界をつくらない、建築と人との境界をつくらない、そんな建築の新しい静かな存在感がにじみだしてくるような本だった。なおテキストのページにも、薄いカラーで印刷された図面や写真がそっと背景におかれており、本を「読む」のではなく「見る」という行為を始めると、ゆっくりとそちらが浮かび上がってくるようなつくりになっている。
2009/12/19(土)(松田達)