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建築に関するレビュー/プレビュー

リヨンの近現代建築

[フランス、リヨン]

リヨンは、これまで通過のための滞在ばかりで、あまりゆっくり建築を見ることがなかった。ゆえに、トニー・ガルニエの《ラ・ムーシュ公営屠殺場》と《エドゥアール・エリオ病院》も初訪問である。いずれも長かったり、広大な施設だ。意匠的には、古典の感覚が強く残る過渡期のコンクリートの近代建築だが、《旧三井物産横浜支店倉庫》をあっさり解体した横浜と違って、よく残しており、しかもちゃんと活用していることに感心させられた。ジャン・ヌーヴェルが増改築を手がけた《オペラ座》は、今回も内部に入れなかったが、やはり赤と黒の使い方は印象的である。前面の柱列に演奏を楽しめる飲食スペースが設けられたり、側面でダンスの練習をする若者がいて、街に馴染んだというか、以前と雰囲気が変わっていた。

手前にベンチが設置された休憩できる印象的なパストゥール橋を渡ると、コープ・ヒンメルブラウによる《コンフリュアンス博物館》が建っている。両者があわせてリヨンの川辺に新しい景観を創出し、ランドマークとしての機能を見事に果たしている。特に博物館は未来的な造形(メカっぽい巨大な生き物のようだ)、ねじれたガラスの空間、ダイナミックに持ち上がる構成、建築の腹の下の水面など、休館日でも十分にデザインを楽しめる力作だ。そして新しく再開発されたエリアは、古建築を保存する歴史的な街区とは違い、クリスチャン・ポルザンパルク、ヤコブ&マクファーレンなど、アヴャンギャルドな現代建築のオンパレードである。なお、ここでも隈研吾の建築群「Hikari」(おそらく、映画を発明したリヨンのリュミエール兄弟にちなむ)が含まれており、フランスにおける隈建築の浸透度合いを感じる(その後、ブザンソンでも隈による《芸術文化センター》と遭遇した)。これに隣接するMVRDVらが設計した巨大な複合建築《モノリス》は、ど迫力の空間であり、ヨーロッパの都市建築の歴史の延長に出現した未来的な集合住宅の風景だった。

トニー・ガルニエ《ラ・ムーシュ屠殺場》


トニー・ガルニエ《エドゥアール・エリオ病院》


ジャン・ヌーヴェルが増改築を手掛けた《オペラ座》


コープ・ヒンメルブラウ《コンフリュアンス博物館》


「Hikari」


MVRDV《モノリス》


2018/08/14(火)(五十嵐太郎)

樗谿グランドアパート

樗谿グランドアパート[鳥取県]

鳥取アートシーン探訪記その2。「樗谿(おうちだに)グランドアパート(佐々木家住宅)」は鳥取市内の歴史的建築物。機会に恵まれ、保存会の方の案内で内部を見学させていただいた。1930年に竣工した木造2階建の住宅だが、時代や持ち主の変遷に伴って増築や改変が加えられ、様式や文化の混在とともに重層的な歴史が刻まれた建築だ。当初の建築(正面向かって左側)は、元々は医院として建てる計画だったが、途中で住宅へと変更されたため、建設途中で改築が施された。また、玄関に入ると、重厚感ある木製の螺旋階段が出迎えるが、これは明治後期に建てられた別の病院から移築したもの。移築先のこの空間に収まるよう調整を施したため、階段の幅が入り口と踊り場で異なるなど、奇妙なねじれが発生している。外観は洋風建築だが、内部には和室も有し、バルコニーがある一方で屋根瓦には家紋をあしらうなど、和洋折衷が随所に見られる。



外観

さらに輪をかけて複雑にしたのは、占領期にGHQによって接収され、占領軍将校の住居として使用するため、増築されたことだ(正面右側)。増築部分の1階は、ベランダを支える柱に植物的な柱頭装飾が施され、手前の日本庭園と奇妙な齟齬を見せる。室内の壁にはペンキを塗られた痕とともに、扇情的な衣装の踊り子の絵が残され、ひときわ目を引く。「占領軍の将兵が描いた」と言われているが、顔立ちや線描は日本的で、描き手やモデルはどのような人物だったのか、想像がふくらむ。この絵が描かれた部屋はダンスホールとして使用され、接収解除後もダンスホールやホテル、後にアパートとして使用された。現在、1階増築部分は織物作家のスタジオとして使用されている。



ダンスホールだった部屋の壁に残る、踊り子の絵


さまざまな断片が接合され、奇妙なパズルのように組み立てられた建築。とりわけ興味深いのは、「二重の占領の記憶」が書き込まれている点だ。床の間の床柱に用いられた黒い木は、南洋から運ばれた材木であり、南方材を床柱に用いることが当時流行していたという。その「軍事的進出」の記憶は、占領軍将校による壁のペンキ塗りとして、文字通り上書きされる。「支配」と「被占領」が文化装置として顕現する、そのことを色濃く伝える点でも非常に興味深い建築だった。



左:螺旋階段 右:床の間

2018/08/05(日)(高嶋慈)

HOSPITALE PROJECT

HOSPITALE PROJECT[鳥取県]

鳥取アートシーン探訪記その1。「HOSPITALE PROJECT」は、鳥取市内の旧横田医院を全館用いて、アートに関わるさまざまなプログラムを実施しているアート・プロジェクト。1956年に地上3階建ての鉄筋コンクリート造りとして建てられた旧横田医院は、円形が特徴的であり、内部は扇形をした小部屋で区切られている。ここでは、年間数名のアーティストを招聘するアーティスト・イン・レジデンス・プログラム、滞在制作された作品の展示や空間の特性を生かしたパフォーマンスを行なうギャラリー・プログラムに加え、コミュニティのための庭づくりや野菜の栽培を行なう「庭プロジェクト」、アート・プロジェクトの事例紹介や課題について話し合う「はじめてのアート・プロジェクトトークシリーズ」など、計6つの活動が行われている。筆者の見学時は残念ながらイベント開催期間ではなかったが、「読まなくなったけど捨てられない本」を集めて公開する「すみおれ図書室」は見ることができた。

合わせて、近所にある「プロジェクトスペース ことめや」も見学。元旅館のこちらはコワーキングスペースとして使用されているほか、レジデンス施設としても活用されている。どちらも地元に残る建築物を地域に根付いたアート・プロジェクトの場とコミュニティづくりとして活用する好例であり、「地方なので外から入ってくるものに対して警戒感はあるが、受け入れるキャパはある」と話してくれた案内役のインターンの方の言葉が心に残る。


左:外観 右:すみおれ図書室

2018/08/04(土)(高嶋慈)

「建築」への眼差し —現代写真と建築の位相—

会期:2018/08/04~2018/10/08

建築倉庫ミュージアム[東京都]

寺田倉庫が運営する建築倉庫ミュージアムの企画展。記録としての建築写真ではなく、芸術としての建築写真を集めている。おもしろいのは写真だけでなく、その建築のマケットも展示していること。しかも表に展示するのではなく、その建築のかたちにくり抜いた穴からのぞき見るように壁の内部に置いているのだ。だから観客は「のぞく」というちょっと恥ずかしいアクションを起こさなければ見ることができない。肝腎の写真家は、杉本博司、鈴木理策、畠山直哉、宮本隆司、米田知子、トーマス・デマンド、カンディダ・ヘーファー、ジェームズ・ウェリングら13人で、被写体となった建築は、ル・コルビュジエの「サヴォア邸」から、ミース・ファン・デル・ローエの「トゥーゲントハット邸」、ヘルツォーク&ド・ムーロンの「エルプフィルハーモニー・ハンブルク」まで13件。

基本的には写真展だが、これは建築展でもある。建築展はふつう実際の建物を出品することができないので、写真や設計図、マケットなどに頼らざるをえない。ここにはない写真やマケットを見ながら建築を想像するのが建築展だとすれば、これはまぎれもない建築展なのだ。プラトン風にいえば、まずイデアとしての建築があり、それを模型化したマケットがあり、最後に2次元に置き換えた写真がある。だから写真家はサル真似にすぎず、地位が低いとプラトンならいうだろう。あれ? 写真家が主役であるはずなのに、いつのまにか立場が逆転してしまった。

2018/08/03(村田真)

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大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018

会期:2018/07/29~2018/09/17

越後妻有里山現代美術館[キナーレ]ほか[新潟県]

    第7回となる越後妻有アートトリエンナーレのオープニングに出席する。今回の式典会場は屋外ではなく、原広司が設計した《キナーレ》の回廊を用いたおかげで、朝とはいえ、夏の暑さを回避することができた。21世紀の日本の芸術祭における建築と美術の境界を下げることに大きく貢献したのは、間違いなく、越後妻有の功績だが、2018年も建築的な見所が用意されている。まず、キナーレは、レアンドロ・エルリッヒによる錯視を利用した《Palimpsest: 空の池》を囲むように、企画展「方丈記私記」の四畳半パヴィリオンが並ぶ。例えば、建築系では、箸を束ねた《そば処 割過亭》(小川次郎)、人力で家型が上下する《伸び家》(dot architects)、《十日町 ひと夏の設計事務所》(伊東豊雄)、デジタル加工したダンボールによるコーヒースタンド(藤村龍至)、メッシュによる方丈(ドミニク・ペロー)、公衆サウナ(カサグランデ・ラボラトリー)である。極小空間としての庵そのものは、もうめずらしくないテーマだが、今後これらが町に移植され、活性化をはかるという。

清津峡渓谷トンネルに設置された中国のマ・ヤンソン/MADアーキテクツの《ペリスコープ》と《ライトケーブ》は傑作だった。前者は上部の鏡から外部の自然環境を映し込む足湯、後者は見晴らし所にアクセスするトンネルを潜水艦に見立てたリノベーションである。全長750mの巨大な土木空間ゆえに、照明、什器、トイレ、水盤鏡など、わずかに手を加えただけだが、まるでこの作品のためにトンネルがつくられたかのように思えるのが興味深い。そして何よりも涼しいことがありがたい。そしてトリエンナーレの作品ではないが、十日町では青木淳による新作が登場した。地元と交流しながら、設計を進めたプロセスでも注目された《十日町市市民交流センター「分じろう」》と《十日町市市民活動センター「十じろう」》である。リノベーションとはいえ、外観はあえて明快な顔をつくらない感じが彼らしい。その代わりに「十じろう」では、マーケット広場という半公共的な空間をもうける。ゆるさをもつデザイン、自動ドアでない引き戸、青木が寄贈した本などが印象に残った。

越後妻有里山現代美術館[キナーレ]の内部


小川次郎《そば処 割過亭》


マ・ヤンソン/MADアーキテクツ《ライトケーブ》


青木淳《十日町市市民交流センター「分じろう」》

2018/07/29(日)(五十嵐太郎)

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