artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

アニメ作家──辻真先の世界展

会期:2010/08/10~2010/08/31

江東区森下文化センター[東京都]

この日は森下文化センターで須田悦弘と対談があり、終わってから須田氏と階下のギャラリーで見る。辻真先は「鉄腕アトム」「エイトマン」「スーパージェッター」「宇宙少年ソラン」「オバケのQ太郎」「ゲゲゲの鬼太郎」などのアニメ脚本を書いた人。自慢じゃないが、いまあげたアニメはみんな主題歌を(サワリだけだけど)歌えるぞ。展示はともかく、江東区にはこうした文化センターがいくつもあって、それぞれ特徴ある活動をしているという。森下は田河水泡ゆかりの地ということで「のらくろ」の資料を集めたコーナーがあり、また東京都現代美術館や清澄白河のギャラリービルも近いせいか、現代美術や工芸関連の催しが盛んだ。単なる下町だと思っていたが、高等区になってきた。

2010/08/28(土)(村田真)

スティーブン・ギル「Coming up for Air」

会期:2010/08/20~2010/09/26

G/P GALLERY[東京都]

スティーブン・ギルはイギリスの若手写真家。このところ急速に頭角をあらわしてきており、日本でも何度か展覧会を開催している。フットワークが軽く、豊富なアイディアを形にしていくセンスのよさが際立っており、特に限定版の写真集作りにこだわりを見せている。今回も、2008~09年に何度か日本に来て撮影したスナップショットをまとめた、4,500部の限定版(日本の感覚だとかなりの部数だが)写真集『Coming Up for Air』(Nobody)の刊行にあわせての展示だった。
都市の日常に網をかけてすくいとったような雑多なイメージの集積だが、薄い水の皮膜を透かして覗いたようなピンぼけの写真が多いのと、白っぽいハレーションを起こしたようなプリントの調子に特徴がある。展示の解説に「この本のタイトルは『断絶』ではなく、この狂ったような世界を泳ぎ生きる時の、適切な休止(coming up for air=息継ぎ)である」とあった。ギルにとってはフォーカスの甘い写真よりも、シャープなピントの写真の方が「再び潜る前の息継ぎを表現」しているのだという。
このような日常感覚、どこか真綿にじわじわとくるみ込まれていくようなうっとうしさから浮上して「息継ぎ」をしたいという思いは、日本の若い写真家たちも共有しているように思う。ギルの方がセンスのよさと勘所を抑える的確さを持ちあわせている分、現代日本の空気感をきっちりと捉えることができた。だが、むろんどうしようもないほどの高みにある表現ではない。日本の若い写真家たちも、もっと思い切りよく、一歩でも前へと踏み出していってほしいと思う。

2010/08/27(金)(飯沢耕太郎)

小鷹拓郎 ポテトと河童とラブレター

会期:2010/08/18~2010/08/29

Art Center Ongoing[東京都]

東京の野方でリサイクルショップ「こたか商店」を営むアーティスト、小鷹拓郎の個展。新作の映像作品《ポテトとアフリカ大陸を横断するプロジェクト》(2010)のほか、《河童の捕まえ方を教えてもらうプロジェクト》(2009)、首長族の娘を慕う《Dear NOZOMI》(2006)、じつの祖母の生態を観察した《BABAISM》(2005)など、過去の映像作品もあわせて発表された。映像のスタイルとしては、密着取材あり、旅行記風あり、私小説風ありと、じつにさまざまだが、それらに一貫しているのは、かつてのテレビ番組「進め!電波少年」のように、出来事のおもしろさを伝える手段として映像を最大限に使い倒す構えだ。こうした傾向は近年の映像作品全般に見受けられるひとつの潮流であることはたしかだが、問題なのは、小鷹が体験した出来事のおもしろさを追体験することだけではなく、その前提を踏まえたうえで、小鷹がどのように映像を使いながら、私たちをどこへ導こうとしているのかを見定めることだ。奇跡的な出来事の追体験だけなら、お笑いのDVDやYOUTUBEで十分事足りるし、そもそも展覧会というメディアをわざわざ使う必要もないからだ。そうすると、初期の作品、とりわけ《BABAISM》(2005)は、密着取材という方法論には共感できるにしても、そこには自分を守りながら他者を笑うという姿勢が一貫していることがわかる。にわかには信じがたい祖母の生態をネタとして笑うという構図だ。ところが、見る者にとって、そのようにして自己と他者を一方的に切り分けた映像は、撮影者である小鷹の悪意に加担することはできても、祖母の側に同一化することはできない。撮影者の視点をとおしてしか見ることのできない映像ほど退屈なものはない。映像の豊かさとは、映像に映されたモデルの視点から見た世界の光景を見る者に想像させることにあるからだ。そのような複眼的な構造が大きく開花するのは、《河童の捕まえ方を教えてもらうプロジェクト》である。河童の存在を自明の理として語る村人たちによる証言を集めたうえで、河童を釣る名人に教えを乞うドキュメンタリー風の映像は、嘘か真か決定できない宙吊り状態に観客を投げ込む。そうすることで村人たちの河童を見る視線にたくみに同一化させるため、見る者は河童が暮らす世界にうまい具合に入り込めるのである。

2010/08/26(木)(福住廉)

マン・レイ展 知られざる創作の秘密

会期:2010/07/14~2010/09/13

国立新美術館[東京都]

マン・レイの展覧会はこれまで何度も開催されているが、300点を超えるという今回の展示の規模は最大級といえる。特に興味深かったのは、1930年代までのニューヨーク・パリ時代よりも、1940~51年のロサンゼルス時代や、1951~76年の晩年のパリ時代の方が展示の比重が大きくなっていることだった。これは今回の出品作品の多くが、4,000点以上というニューヨーク州ロングアイランドのマン・レイ財団のコレクションから選ばれているためだろう。ややうがった見方をすれば、マン・レイの最期を看とったジュリエット・ブラウナー夫人の関係者が牛耳るマン・レイ財団が、あえてキキ、リー・ミラー、メレット・オッペンハイムなどの、マン・レイの華麗な女性遍歴に関係する作品の出品を制限したと見えなくもない。
とはいえ、未見の作品が大量に出品されており、この万能のアーティストが、まさに花を摘んでは撒き散らすように、軽やかに、楽しみつつさまざまな分野の作品を制作していった過程がくっきりと浮かび上がってきていた。たとえば1950年代の、カラーポジフィルムの裏面に特殊な溶液を塗って「色彩の輝度を保ちつつ、絵のような質を」生み出す技法で制作されたプリントなどは、今回はじめてきちんと紹介されたものだろう。第二次世界大戦後は、あまり写真に興味を示さなくなったといわれるマン・レイだが、やはり同時期にはポラロイド写真の撮影も試みている。彼が最後まで実験的な写真家としての意識を持ち続けていたというのは嬉しい発見だった。

2010/08/26(木)(飯沢耕太郎)

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デヴィッド・リンチ DARKENED ROOM

会期:2010/08/07~2010/10/09

コム・デ・ギャルソンsix[大阪府]

映画監督であり画家でもあるデヴィッド・リンチの個展。12本にも及ぶ映像と7点の絵画が発表された。すでに何度も指摘されているように、リンチの世界観はフランシス・ベーコンの絵画に大きく影響を受けており、実際今回展示されたいずれの絵画も、ベーコンのようにフラットな背景に人体や顔を厚塗りで描いたものだ。ベーコンになくてリンチにあるのは、黄土色のメディウムを塗り固めているせいか、絵画が伝える意味内容よりも、直接的に人糞を連想させることだ。人糞にまみれた自画像? 人糞というおぞましきものによって人間のおぞましさを表現してしまう直接性こそ、デヴィッド・リンチのかわいらしさなのかもしれない。

2010/08/25(水)(福住廉)