artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

六本木開館10周年記念展 絵巻マニア列伝

会期:2017/03/29~2017/05/14

サントリー美術館[東京都]

絵巻物は幅60センチメートルほどに広げた画面を左から右へ、順に送りながら鑑賞するものだ。しかしながら、文化財となってしまったそれらを、私たちが本来のスタイルで鑑賞することは難しい。美術館や博物館の展示では、絵巻物を広げた状態で、それもしばしばスペースの制約によって一部分のみを、期間を区切って場面替えしながら鑑賞することになる。では本来の鑑賞スタイルを再現しようとするならば、どのような方法が考えられるだろうか。複製品を手にとって見られるようにするか。高精細な画像をタブレット等のタッチパネル式のディスプレイに表示して、観覧者が画面を左右に送りながら鑑賞する方法も見たことがある。ただ、いずれにしても絵巻物を鑑賞するのは現代に生きる私たち自身だ。それに対して本展は、かつて熱心に絵巻物を集め、描かせ、鑑賞した「絵巻マニア」たちの視線、絵巻物受容の様相を辿ることによって絵巻物鑑賞の追体験を試みる、極めて歴史的なアプローチの展覧会だ。展示自体はオーソドックスなもので、「絵巻マニア」たちに関する史料と、それらに言及されている絵巻で構成されている。取り上げられている「絵巻マニア」は、後白河院、花園院、後崇光院・後花園院父子、三条西実隆、足利歴代将軍など。なかでも興味深いのは、絵巻を蒐集したり描かせるばかりではなく、作品を貸し借りしたり、手控えに自ら写しを制作した「マニア」の存在だ。室町時代の絵巻マニア、後崇光院(1372-1456)・後花園院(1419-1470)父子の場合、後崇光院の日記には親子での貸し借り、息子が他所から借りた絵巻が父親に又貸しされた様子などが記録されている。室町幕府第六代将軍足利義教(1394-1441)もまた、後崇光院・後花園院父子の絵巻物貸借の輪に加わっていた。さらに、第九代将軍足利義尚(1465-1489)のマニアぶりは特筆される。義尚は各所から絵巻を借り上げ、それは「絵巻狩り」と称すべき様相を呈したという。しかも気に入った作品は手元に残し返却しないこともあったため、義尚からの要求に対して絵巻を所有していた公家や寺社は早期の返却を条件にするなど、召し上げを警戒していた様子がうかがわれるという。史料上の制約から、本展のようなアプローチで見ることができる人物は「絵巻マニア」の一部に限定されざるを得ないだろうが、非常に興味深い視点であることは間違いない。[新川徳彦]

2017/03/28(火)(SYNK)

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VOCA展2017

会期:2017/03/11~2017/03/30

上野の森美術館[東京都]

VOCA展とは、1994年以来、毎春、同館で催されている「平面」作品のコンクール展。今回で23回目を迎えた。第一生命保険株式会社という一民間企業による全面的な支援を受けているとはいえ、新人の登竜門としてはある種の歴史性と公共性をもっていると言ってよい。
ところがVOCA展ほど問題含みの公募展はないとも言える。それが「40歳以下」の有望な新人画家たちをいくぶん後押ししたことは事実だとしても、日本の現代絵画全体にとっては必ずしも幸福をもたらしているとは言い難いからだ。ここでは、そのことを、おもに3つの問題から指摘したい。

第一に、推薦制の問題。VOCA展は全国の美術館学芸員や美術記者、研究者らに推薦を依頼し、彼らから推薦されたすべての作家の作品を展示、そのなかから選考委員がVOCA賞をはじめとする数々の賞を授賞するという仕組みに則っている。そのため出品作品の多様性が担保されている反面、それらのあいだの質的な優劣が著しいという一面もある。平たく言えば、推薦者は自分の生活圏の中で画家を選出することが多いため、それぞれの地域性を強く醸し出すことはあっても、なかには全国的な水準に満たない作品が含まれていることも否定できない。初回以来、前回まで、ほぼ一貫して選考委員長を務めてきた高階秀爾は、図録に掲載された選考所感のなかで、本展の「多様性」をたびたび礼賛しているが、それはやり尽くされたと思われた平面作品の潜在的な可能性の現われとして考えているからだ。そのような見方がVOCA展の一面を言い当てているとしても、別の一面では必ずしも正しいとは言えない。なぜなら評価の対象を全国に等しく振り分けるという、いかにも民主的な公平主義は、絵画の優劣を冷徹に見定める勝負論とは、本来的にそぐわないからである。勝負論に徹するのであれば、まことに同時代的な絵画を評価することが可能となるが、そのとき機会を均等に与える公平主義は、足かせにしかなるまい。
第二に、選考委員の問題。VOCA展の選考委員を初回からほぼ継続して務めてきたのは、前述した高階をはじめ、酒井忠康、建畠晢、本江邦夫の4名。彼らが絵画を評価する基準が、程度の差こそあれ、おおむねモダニズム絵画論で一貫していることは、別のところで詳しく分析した(拙稿「絵画のゼロ年代──VOCA展選考所感の言説分析から」、『国立国際美術館ニュース』第176号、2010年2月1日発行)。ここで改めて繰り返すことは避けるが、この問題の核心は彼らが長らく選考委員の席を牛耳ってきたせいで、VOCA展は絵画の同時代性を捕捉することに、ことごとく失敗してきた点にある。現代美術の有力なアーティストを評価することはできなかったし(村上隆は二度、会田誠は一度参加しているが、両者はともに受賞していない)、2000年代前半頃から台頭してきたスーパーフラットに影響を受けたとおぼしき新しい絵画の動向を的確に言語化する作業も端から放棄していた(彼らの眼にそれらは「弱さ」としか映らなかったため、苦し紛れに説教するほかなかった)。おまけに授賞の適切な時機も失している。今回VOCA賞を受賞した幸田千依は、もともと優れたペインターとして知られているが、なぜこの作品が、なぜいま、高く評価されるのか、選考委員のコメントを読んでも到底納得できない。いかなる公募展であれ、多少のタイムラグは否めないにせよ、選考委員の批評眼はつねに新鮮でなければならないはずだ。そうでなければ、受賞した画家がいい迷惑である。
第三に、推薦者の問題。図録には必ず推薦者の短いテキストが掲載されているが、これらの大半は大いに疑わしいものばかりだ。私的のつもりなのか詩的のつもりなのか、個人的なエッセーのような代物から、哲学的ジャーゴンに依存した衒学的な物言いまで。あるいは、作品の構造や背景を深読みする分析は批評の役割のひとつであるとはいえ、確たる根拠もないまま一方的に鑑賞者の視線を誘導することを企む、きわめて政治的で独りよがりな文章も多い。愚劣な文章力は美術批評にとって致命的だが、そもそも作品を鑑賞して言語化するという基礎体力が全国的に著しく低下しているのではないかと訝るほかない。より根本的には、推薦者を選定する事務局の眼力も徹底的に批判されなければなるまい。

このように問題が山積みとなっているVOCA展だが、最大の問題は、それが問題含みであることが公然の事実であるにもかかわらず、誰もそれを指摘しないがゆえに、その問題の解決が先送りされ続けているという点にあるのかもしれない。陰口を叩くことは誰にでもできるが、それでは問題を黙認することにしかならないし、そもそも不毛である。必要なのは、問題の所在を正確に把握しながら、なおかつ、それを制度の内部にも送り届けることができる、客観的な言説である。文学的あるいは哲学的な色気を漂わせたがる美術批評ではなく、社会科学的な美術批評が待望されているのだ。
むろん例外がないわけではなかった。VOCA展の内部でも、その問題点を的確に指摘する言説は、きわめて少ないとはいえ、あった。例えば、山脇一夫は2000年のVOCA展で選考委員を務めたが、そのときモダニズム絵画論の失敗をはっきりと告知していたし、1995年に推薦者を務めた黒田雷児はモダニズムが標榜する普遍性への不信を明確に表明している。彼らの言説は、残念ながらVOCA展のなかで影響力を持つには至らなかったが、歴史的にはきわめて正当な言説として評価されなければなるまい。
だがモダニズムのゾンビを一網打尽にする時機がついに到来したようだ。今回の図録で選考委員の光田由里が打ち明けているように、建畠と本江が今回かぎりで選考委員を退任することが決定した。高階と酒井はすでに前回で退いているので、来春開催される予定の「VOCA2018」では、少なくとも選考委員の顔ぶれは刷新されるわけだ。これ自体は非常に喜ばしいことである。同時代の絵画を正当に評価することができなかったVOCA展が、ついに同時代に追いつくチャンスに恵まれたからだ。だがその一方で、私たちが来春注視しなければならないのは、そこで何が変わったのかという点ではなく、何が変わらなかったのかという点なのかもしれない。そこにこそ、ほんとうに根深い問題が現れるに違いない。

2017/03/27(月)(福住廉)

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川瀬理央展

会期:2017/03/27~2017/04/01

ギャラリー白3[大阪府]

まるで毛細血管のように細かな枝を張り巡らせた樹木。川瀬理央の作品を簡単に説明すると、こうなる。彼は京都精華大学で陶芸を学び、現在は大阪産業大学デザイン工学部 建築・環境デザイン学科で非常勤助手をしながら制作活動を行なっている。グループ展こそ豊富だが、個展は今回で2度目という新進作家である。作品は磁土による陶オブジェだが、造形の細かさが尋常ではない。手びねりのひも状パーツを型に沿わせながら造形しているというが、ここまで複雑な形態をつくり上げ、キープするには、独特なノウハウが必要だと思われる。作品のテーマは聞いていないが、盆栽にも通じるミクロコスモスを感じた。また、神話に登場する生命樹や、アニメ映画『天空の城ラピュタ』に登場する浮遊都市の巨木も連想した。筆者が自分のSNSに投稿した彼の作品の画像には、多数の「いいね」や「リツイート」が付き、一般の反応も上々のようだ。今後の活躍が期待される若手作家として注視していきたい。

2017/03/27(月)(小吹隆文)

江戸に長崎がやってきた! 長崎版画と異国の面影

会期:2017/02/25~2017/03/26

板橋区立美術館[東京都]

江戸中期から100年以上もの間に長崎で版行され、主に同地を訪れた人々の土産物として親しまれた版画──長崎版画(長崎絵)を紹介する展覧会。長らく中国やオランダとの貿易の窓口であった長崎の版画には、中国人やオランダ人の風俗、オランダ船をモチーフにしたものが多く見られる一方で、名所風景が描かれることが少なかったのは、これらの版画に求められていたのが江戸時代の人々にとってのエキゾチシズムだったからであろう。オランダ人の食事風景を描いた作品が人気だったというのも、江戸の人々の好奇心を物語っていて面白い。また、本場で学んだことを権威づけるためであろうか、江戸の蘭学者や蘭医がこれらの版画を購入して持ち帰ることもあったという。江戸の浮世絵と比べると比較的素朴で色数が限られているものが多いが、それがまた浮世絵版画にはない魅力だ。日本人は出島には自由に出入りできなかったので、じつは長崎在住の者であってもオランダ人を実見できる機会は限られていた。そのため他の絵師による肉筆画や版画をコピーしたり、想像で描いたりすることも頻繁に行なわれていた。それでも、江戸でペリー来航を描いた版画などに比べれば、オランダ人の姿は写実的に描かれているように思う。今回の展示でとくに興味深かったのは、長崎版画の再発見を取り上げたコーナーだ。開国とともに廃れていった「長崎版画(あるいは長崎絵)」が脚光を浴びたのは明治末期。明治40年代から昭和初期にかけて、南蛮、紅毛趣味が流行し、長崎版画の蒐集や研究が進んだ。長崎絵、長崎版画という名称で呼ばれるようになったのもこの頃だ。長崎版画に傾倒した人物のひとりが版画家の川上澄生で、なるほど本展に出品されている版画には川上澄生の作品を彷彿とさせるものがいくつもある。[新川徳彦]

2017/03/26(日)(SYNK)

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The Legacy of EXPO'70 建築の記憶─大阪万博の建築

会期:2017/03/25~2017/07/04

EXPO'70パビリオン[大阪府]

1970年に行なわれた大阪万博(日本万国博覧会)の建築に焦点を合わせた企画展。会場には、アメリカ館、英国館、せんい館、富士グループ・パビリオン、日立グループ館、三菱未来館などの建築模型や図面、記録写真、映像などが並び、EXPOタワーの模型や解体過程の記録写真も展示された。当時の人々は大阪万博を見物して、21世紀にはこんな街並みが広がっているのだろうと思い込んでいた(筆者もその一人)。しかし47年の時を経た今、パビリオン建築はむしろレトロフューチャーな趣。われわれはすでに「未来」を追い越してしまったのかもしれないと、ちょっぴり感傷的な思いに浸ってしまった。それはさておき、大阪万博は建築の一大実験場であり、パビリオンには、エアドームや吊り構造、黒川紀章らが提唱したメタボリズムなど、当時の最新技術や思想がたっぷりと注ぎ込まれていた。つまりパビリオン建築は、建築が手作りの1点ものから量産の工業製品へと移り変わる時代のシンボルであり、宣言でもあったのだ。本展の意義は、こうした事実を評論や論文ではなく、当時の資料を基にした展覧会で示した点にある。

2017/03/24(金)(小吹隆文)

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