artscapeレビュー
アラヤー・ラートチャムルーンスック展 「NIRANAM 無名のものたち」
2015年06月15日号
会期:2015/05/18~2015/06/14
京都芸術センター[京都府]
タイ出身の映像・写真作家、アラヤー・ラートチャムルーンスックによる日本初個展。昨年の約1ヶ月間、アーティスト・イン・レジデンスで京都に滞在した際に撮影した映像や写真を中心に構成されている。彼女の作品に触れる度に感じるのは、「生と死」「彼岸と此岸」「声と沈黙」といった通常は交わらない2つの領域の間をつなぎ、語りえないことについて語り、声を聴き取ろうとする強い意志である。
片方の展示室では、「誰も招かれない 亡霊だけが集まるオープニング・セレモニー」の記録映像が映される。誰もいない夜のテラスで自作を朗読する詩人・建畠晢の声が、無人の空間に響く。対面には、暗闇の中、元小学校の古びた木造の廊下や階段を亡霊のようにさ迷うラートチャムルーンスックの姿が、気配のように映し出される。重なった薄い布に投影されているため、儚さや幻影感がいっそう強調される。
もう片方の展示室では、京都の特別養護老人ホームで撮影された映像作品が展示。ベッドに横たわり、眠っているのか死んでいるのか定かではないような老人たちの顔の映像が重なり合い、個々の輪郭が曖昧に溶けていく。老人たちは何も語らないが、わずかな息遣いが聞こえるようだ。また、動物愛護センターで保護された捨て犬の毛をガラス瓶に詰め、写真や名前、年齢をラベルに記した標本のようなインスタレーションも展示されている。幾ばくもない命、捨てられた命、この世にはもういない存在たち。並んだガラス瓶の間に、ラートチャムルーンスック自身の髪の毛を詰めた瓶がそっと紛れ込んでいるのを見たとき、冷水を浴びせられたように感じた。死者と生者、動物と人間、過去と未来といった区別が一瞬消え去ったかのような感覚がよぎったからだ。かつて身体の一部だった、残された物質。音のない世界。死者の声は聞こえないが、確かにそこに存在する。みずからの身をあちら側に置き、死した者たちの沈黙の声を聞き取ろうとするラートチャムルーンスック自身の態度表明のように思えた作品だった。
2015/05/22(金)(高嶋慈)