artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
奥誠之 展「南洋のライ」
会期:2014/07/04~2014/08/17
ya-gins[群馬県]
「ライ」とはミクロネシア諸島のヤップ島で1930年頃まで用いられていた石貨。直径1.5メートルから大きなもので3メートルのものもあるという。その機能は、日常的に使用する貨幣というより、冠婚葬祭などの贈答品で、その価値は石の大小というより、製造過程における労苦の大小に左右されていたという。この石貨をつくるのがいかに大変だったか、どれほど苦労して運搬したかを、とうとうと語る話術がその価値を決定していたのだ。
1925年、東京の日比谷公園にヤップ島からライが寄贈された。当時のヤップ島はすでに日本帝国の支配下にあり、ライを本土に送ったヤップ島支庁長が、奥誠之の曽祖父だった。奥は、この曽祖父についてのインタビューを親族に行ない、それらの文言を会場の白い壁面に鉛筆で書き記した。来場者は、練りゴムでこれらの文字群を消すよう促されるが、奥はその消しカスをすべてていねいに練り集めて石貨の形状に整えた。つまり練りカスでできた小さな石貨の中にはインタビューで収録したさまざまな声が練りこまれていることになる。
訪れた日は最終日だったこともあり、壁面の言葉はほとんど消し去られていた。だから曽祖父についての描写や記述の詳細はわからない。けれども、白い壁面に残された黒ずんだ痕跡は、そこに記述された言葉が練カス石貨というモノに転位した事実を如実に物語っていた。本展企画者の小野田藍は言う。「使用済みのゴムを石貨のかたちにしてゆく作業は、実際の石貨が来歴によって価値を太らせていくプロセスをシミュレートした行為である」。
さらに付け加えれば、奥のシミュレーションはアートの本質も突いている。つまり、モノの価値を決定するのは、モノそのものではなく、モノに付随する言葉や意味である。この図式に、作品と言説の関係性がそのまま該当することは明らかだろう。批評やステイトメント、議論、あるいは鑑定書といった言説空間の拡充は、だからこそ重要なのだ。
その意味で、本展企画者でアーティストの小野田藍が発行している『ART NOW JAPAN』の意義は、とてつもなく大きい。A4両面に手書きで書かれた、おそらく日本でもっとも簡素な批評誌で、特定の1人のアーティストについて小野田自身が2,000字前後で執筆している。「日本のアーティスト100人」というサブタイトルが付けられているように、100号の発行を当面の目標としているようだが、奥についての最新号で35号。今後、前橋という地方都市から発信される貴重な批評空間に注目したい。
2014/08/17(日)(福住廉)
ランドマーク・プロジェクトV──小山穂太郎+石内都+川瀬浩介
会期:2014/08/01~2014/11/03
関内周辺[神奈川県]
今日はランドマーク・プロジェクトを重点的に探索。まず向かったのは鶴見線の国道駅。ここは5年ほど前、鶴見線の各駅を使ったアートプロジェクトをやっていたので訪れたことがあるが、改札口直結のガード下がレトロな飲屋街(現在は1軒しかやってない)になっていて、いまも昭和30年代の空気が淀んでいる。今回は閉店した店をおおうベニヤ板の上に、横浜港の海を撮った小山穂太郎の巨大なモノクロプリント約10点を展示。これはスゴイ。場所ともども一見の価値あり。次は馬車道駅近くの帝蚕倉庫へ。再開発のため1棟しか残っていない倉庫を囲む塀に、カイコの繭から生糸(シルク)、色鮮やかな絹織物まで撮った石内都の写真シリーズ「絹の夢」を並べている。帝蚕倉庫は文字どおりかつて主力輸出品だった生糸を保管するために建てられたものなので、倉庫の周囲から歴史をあぶり出すかっこうだ。ここにはもうひとり宮本隆司の作品があるはずなのだが、うっかり見落とした。その後ギャルリーパリに寄り、フランシス真悟キュレーションの「ミクスト・アップ!」を見て(レビューは省略)、1928年竣工の「キング」と称される神奈川県庁舎へ。1階に川瀬浩介の呼吸するように光る作品が置いてあるが、夏休み限定でビアガーデンとして開放された屋上にも、川瀬による光る植木鉢状のオブジェが20個ほど並んでいる。黄昏時に築90年近い建物の屋上で、ぼんやり明かりをながめながらビールを飲めるなんて、県庁も粋な計らいをするものだ。
2014/08/16(土)(村田真)
もうひとつの美術館、「いえとまちのかたち」、スペシャルトーク「いえとまち、コミュニケートのかたち」
会期:2014/06/14~2014/08/31
もうひとつの美術館[栃木県]
栃木県那珂川町のもうひとつの美術館(2001年開館)へ。廃校になった木造の校舎を転用し、アール・ブリュットを専門に展示する、日本では最初期の施設である。校庭には盆踊り大会の櫓がまだ残り、今も地域の集まりの場所だということがうかがえる。「いえとまちのかたち」展は、建築的な絵画を中心とし、やはり家型のイメージが強い作品が少なくない。カラフルな色彩、まっすぐでない線、時代の流行に影響を受けないことから作家の世代がわからないことが特徴である。とくに50枚展示された掘田哲明の絵画が凄い。30年間、1000枚の絵を描き続け、一見どれも同じ家型の反復なのだが、よく見るとすべての家が違うのだ。
2014/08/16(土)(五十嵐太郎)
小山市制60周年 車屋美術館開館5周年記念 現代美術展「Mother / Land」
会期:2014/06/28~2014/09/07
車屋美術館[栃木県]
間々田駅から住宅地を歩いて約5分。蔵を改造した展示施設にて、国内外8組の作品を紹介する。全国の地方紙の写真を並べ、3年後の311報道を一覧したり、写真をつなぎあわせて被災地の道路や建物痕を表現する安田佐智種が、とくにテーマと響きあう。小川家住宅では、ゲッラ・デ・ラ・パスも展示している。あいちトリエンナーレ2013に参加した作家だが、岡崎エリア担当のキュレーター原田真千子が、「Mother/Land」を企画しているからだろう。なお、小川家の外観は完全に江戸時代の屋敷だが、内部の1、2階に予想がつかない洋風のインテリアがあり、驚くべきギャップがとても面白い。
2014/08/16(土)(五十嵐太郎)
IMARI/伊万里 ヨーロッパの宮殿を飾った日本磁器
会期:2014/08/16~2014/11/30
大阪市立東洋陶磁美術館[大阪府]
17世紀に現在の佐賀県有田市一帯で製作され、伊万里港から海外に輸出された伊万里焼。当時、ヨーロッパの王侯貴族から熱狂的に愛好されたそれらの品々を、大阪市立東洋陶磁美術館の館蔵品を中心とする約190点で展観している。展示は、冒頭部分にヨーロッパの宮廷を意識したコーナーがあったものの、ほかはほぼ年代順に構成。青一色の染付が色絵に発展し、遂には金襴手という豪華絢爛な様式に至る過程が、わかりやすく紹介されていた。伊万里焼は中国・景徳鎮のコピーとしてスタートし、中国が一時的に貿易を止めた時期に海外市場を獲得した。それらは純然たる商品として大量生産され、顧客の物見に応じてデザインや色合いを変化させている。また後年には、市場に復帰した本家・中国と激烈な競争を行ない、最終的には敗退している。その姿は現在のメーカーとほぼ同じであり、400年前もいまも日本人は変わらないのだなあと思った。美術品としてだけでなく、産業史としても楽しめるのが本展の魅力である。
2014/08/15(金)(小吹隆文)