artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
田中正造をめぐる美術
会期:2013/10/12~2013/11/24
佐野市立吉澤記念美術館[栃木県]
田中正造の没後百年を記念した展覧会。田中正造の肖像画をはじめ、丸木位里・俊による《足尾鉱毒の図》、小口一郎による連作版画《野に叫ぶ人々》、さらに田中正造自身による墨竹図や、田中正造が奮闘した渡良瀬川流域で現在制作している下川勝と光山明の作品も併せて展示された。小規模とはいえ、非常に充実した展覧会だった。
なかでも特筆したいのは、小口一郎の版画である。画面の大半が黒い版画は、必然的に主題に暗鬱とした空気感を添えているが、それだけではない。小口の版画の画面構成には、おそらくルポルタージュ絵画の中村宏にも通底する映画的な感性が大きく作用しているように思われる。《直訴》は、官憲による制止を振り払って直訴状を届けようとする田中正造の姿を描いた作品。動く被写体にカメラが寄っているような臨場感がある。しかも中央に握りしめた直訴状、右側に押し寄せる官憲、左側にムシロを掲げて行進する農民たちを置いているため、画面には左方向へ突き進む力と右方向に引き戻す力が拮抗しているようにすら感じられる。また、《川俣事件その2》は、請願に向かう被害農民たちと彼らを弾圧する官憲たちの乱闘を描いた作品だが、これは中村宏の《砂川五番》と同じように、画面の両端に奥行きをもたせた魚眼レンズで見たような構図を採用しているため、黒澤映画のような迫力があるのだ。
小口一郎の黒い版画が表現しているのが、止むに止まれず直訴という直接行動を実行した田中正造の緊迫した心情であることは間違いない。それが、東日本大震災以後の私たちの暗い心情と大きく共鳴することも疑いない。会場には鉱毒によって毒された土を除去する農民を写した写真が展示されていたが、これを見た誰もが放射性物質によって毒された土地を除染する今日の現代人を重ねざるをえないだろう。「真の文明は山を荒らさず川を荒らさず村を破らず人を殺さざるべし」という箴言も、今となってはこれまで以上に広く行き渡るに違いない。
ただ、田中正造にそうした今日的なアクチュアリティが認められることは確かだとしても、その一方でアクティヴィストという定型的なイメージには収まりきらない田中正造を見ることができたのも事実である。
たとえば、官吏として東北に赴任した頃に描かれた《田中正造御用雑記公私日記》。小さな紙面に微細な文字と図で農具や用水についての記録が丁寧に取られていて、田中正造の律儀な仕事ぶりが伺える。今日で言うところの民俗学者のような身ぶりを体現していたのだ。あるいは、自筆による《墨竹図》が展示されていたように、田中正造は少年時代に同館の由来である吉澤松堂に画を学んでいた。ところがうまく習得できなかったというから、いわば絵に関しては劣等生だったのだ。
絵描きになり損なった者が、絵描きに描かれるほど、絵以外の領域で大成する。つまり絵描きは民俗学者になりうるし政治家にもなりうる。本展で照らし出されていた田中正造のイメージが示しているのは、言ってみれば敗北の歴史である。しかしそれは必ずしも屈辱的なものではない。田中正造は敗北の先を切り開き、後続の者がさらにその先を目指しているからだ。
2013/11/19(火)(福住廉)
松本知佳 展
会期:2013/11/26~2013/12/01
アートスペース虹[京都府]
芝生の広場、ぽつんと空を背景に立っている1本の木など、ただ広々とした景色やそののどかな情景を描いた作品が展示されていた。画面に人物などは描かれておらず、寂寞感もあるが、どれにも既視感と親近感を覚えて、再度振り返って見たくなる魅力がある。あまりにも何気ない場面でありながら、作家の視線の高さやそこでぼんやりと眺める遠望といった対象との物理的、心理的距離感がリアルに感じられるせいかもしれない。よくありがちな風景画ともひと味違う雰囲気が記憶に残る。
2013/11/17(日)(酒井千穂)
城下浩伺 展
会期:2013/11/07~2013/11/18
la galerie[大阪府]
1997年に京都造形芸術大学のデザイン学部を卒業した城下浩伺。これまで約10年間未発表のまま、ケント紙にGペンと墨汁で描くというドローイングをこつこつと制作し続けていたそうなのだが、今年の春には大阪で個展を開催、その後もグループ展に出品するなど、近頃積極的に発表活動を行なっている。今回の会場は、大阪府茨木市にある古民家を改築したギャラリー。夥しい数の繊細な線が余白を埋めて拡散するようなドローイングが壁面と床面にも展示されていた。なにか特定のイメージがあるのか、あるとすればそれはどんなイメージなのか、まったくわからないが、直線の反復と集合が成すなにかの断片のような形象は、模様のようにも、ビルや家々が建ち並ぶ町並みを俯瞰した図のようにも見えて面白い。表現やマチエールがシンプルな分、一見どの作品も似かよった印象があるが、近づいて、じっくり見ているとそれぞれの異なる趣きに気づき、引き込まれていく。小さな驚きが潜んでいる作品。これからも楽しみにしている。
2013/11/17(日)(酒井千穂)
龍野アートプロジェクト2013 刻(とき)の記憶
会期:2013/11/15~2013/11/24
ヒガシマル醤油元本社工場、龍野城、聚遠亭、他[兵庫県]
兵庫県南西部に位置する、たつの市の城下町を舞台に行なわれたアート・イベント。3年目の今年は、過去2回の出品者に、ミロスワフ・バウカ、松井智惠、さわひらきを加えた21作家が出品。醤油会社の元工場や資料館、古民家、龍野城、図書館、カフェなどで展示が行なわれた。今年は全国各地で大規模な地域型アートイベントが行なわれたが、「龍野~」は、規模や知名度の点で決してメジャーとは言えない。しかし、作品・展示・ホスピタリティが上質で、歴史ある城下町の魅力も手伝って素晴らしい仕上がりとなった。「瀬戸内」や「あいち」と比べても、決して引けを取っていないと思う。来年以降の予定は不明だが、願わくば継続してほしい。現在のレベルで回を重ね、適切な広報活動を行なえば、きっと地域の文化資産になるはずだ。
2013/11/17(日)(小吹隆文)
六甲ミーツ・アート芸術散歩2013
会期:2013/09/14~2013/11/24
六甲ガーデンテラス、六甲山カンツリーハウス、六甲高山植物園ほか[兵庫県]
六甲山上の自然や眺望などその魅力とともに現代アートをピクニック感覚で楽しもうという展覧会「六甲ミーツ・アート芸術散歩」。今回は、総勢39組のアーティストの作品が六甲山上の9施設に展示された。今展は9月から開催されていたのだが、私が足を運んだのは六甲山でのピクニックにはもはや寒すぎるという会期終了間際の11月23日。台風の影響による土砂災害のため、六甲ケーブルは運休中で、山上へは運行されていた代替バスに乗って移動した。想像以上に移動に時間がかかり、いくつかの展示を駆け足で見なければならなくなってしまったのは誤算だったのだが、サテライト会場のオテル・ド・摩耶以外の会場はすべて見てまわることができた。はじめに行った六甲カンツリーハウスで目を引いたのは國府理の《森のドライブ》。赤い車が丘の上に建てられた建物のてっぺんに少しせり出すように設置されていた。乗車体験ができるというのも魅力的で、このときも大勢の人たちが作品の前で順番を待っていた。そのすぐ近くでは、若木くるみが、来場者とひとつの風船に互いの似顔絵を描くという微笑ましいパフォーマンスを行なっていた。刈り上げた後頭部に目、鼻、口などを描いていた本人の姿がまず強烈なインパクトなのだが、そんなチャーミングな若木に引き寄せられてか、こちらにも人集りができていた。その後、六甲高山植物園、六甲オルゴールミュージアム、六甲ガーデンテラスへ。個人的には最後に行った会場、六甲山ホテルの旧館に展示されていた佐々木愛の大型壁面作品が気に入った。ロイヤルアイシングを用い、六甲山にまつわるさまざまな情景を文様化、壁一面に表現したもので、クラシカルなホテルの佇まいにもよく似合う美しい趣きの作品だ。夕刻の高山植物園の木々の紅葉も素晴らしく、贅沢な作品鑑賞のひとときとなったのが嬉しい。
2013/11/16(土)(酒井千穂)