artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
フクシマサトミ 襖絵展
会期:2013/10/05~2013/10/13
陶々舎[京都府]
大徳寺にほど近い瀟洒な木造邸宅を、ほぼそのまま利用した会場で行なわれた本展。室内を取り囲むように展示された作品は、筆を一切使わず、紙に染料をかけ流した痕跡と滲みだけでつくられていた。それらは5から6の色層で構成されており、ひとつの層が乾くのを待って次に移るという、手間のかかる制作方法が取られている。画風は抽象的だが、床の間だけは山水画を思わせる仕上がり。これは作者が最初から意図したものではなく、偶然風景らしい図像が見えてきたので、途中から山水画に寄せたそうだ。周囲を埋め尽くしているのに圧迫感はなく、逆に広がりのある空間が眼前に広がるかのような、伸びやかさが魅力的な作品だった。
2013/10/11(金)(小吹隆文)
TOKYO 1970 BY JAPANESE PHOTOGRAPHERS 9
会期:2013/10/05~2013/10/29
アルマーニ/銀座タワー9階[東京都]
東京・銀座のアルマーニの9階にできた新しいスペースで「時代を挑発した9人の写真家たち」というサブタイトルの写真展が開催された。出品作家と作品は有田泰而「First Born」、沢渡朔「Kinky」、須田一政「わが東京100」、立木義浩「舌出し天使」、寺山修司「摩訶不思議な客人」、内藤正敏「東京」、細江英公「シモン 私風景」、渡辺克巳「新宿群盗伝」、そして森山大道の「写真よさようなら」(写真集未収録作)である。
見ていてどこか既視感がある写真が多いのは、キュレーションを担当した長澤章生が、かつて彼が銀座で運営していたBLD GALLERYで展示した作品が多いからだろう。BLD GALLERYは現在休廊中なので、そのコレクションをこういうかたちでお披露目しておくのは悪くないと思う。1970年代は日本写真の黄金時代であり、この時期の写真を幅広い観客に知ってもらうには、とてもいい企画ではないだろうか。ただ「時代のトリックスターであった寺山修司を座標軸に据え、それぞれ何らかの形で彼の磁場と引き合う関係にあった」写真家たちを取り上げるという企画者の意図は、あまりよく伝わってこなかった。顔ぶれがあまりにも総花的すぎるし、作品点数もやや多すぎた。須田一政が45点、渡辺克巳が39点、内藤正敏が30点という数は、それほど広くない会場では、あまりバランスのよい展示にはならない。もう少し点数を絞り込んで、ゆったりと見せてもよかったのではないだろうか。
会場に作家解説、作品解説がまったく掲げられていないのも気になった。一人ひとりの写真史的な位置づけがもう少しくっきり見えてくれば、観客の興味をもっと強く喚起することができると思う。
2013/10/10(木)(飯沢耕太郎)
田村葵 展「energy flow」
会期:2013/10/01~2013/10/13
ギャラリーマロニエ space5[京都府]
前回、京都らしい古い建物の和室空間で個展を開いていた田村葵。今回はコンクリートうちっぱなしの壁面空間というまったく趣きの異なるギャラリーで新作を発表していた。作品は藍墨と紫墨で描かれた水墨画。微妙な表情を見せる墨の色もだが、余白部分が大きく占める画面に繊細に表現された波や文様のようなイメージ、それらのタッチが、目には見えない風の流れや湿度感、変化する光の表情を思わせてそこはかとない奥深さをたたえている。展示空間に射し込む外光の具合によっても印象が変化して見えるのが不思議。一見、おとなしすぎるくらいの表現にも見えるのだが、それはむしろ田村の狙いでもあり彼女の作品の魅力とも言えるだろう。作品を介してさりげなくその場の光の様子や空気、時の流れを見る者に意識させる。また次はどんな雰囲気の空間で新作が発表されるのか楽しみにしている。
2013/10/10(木)(酒井千穂)
横須賀功光/エドヴァ・セール「Shafts & Forms」
会期:2013/09/21~2013/11/22
EMON PHOTO GALLERY[東京都]
EMON PHOTO GALLERYでは、2003年に亡くなった横須賀功光が遺した作品を定期的に発表している。今回は1964年の日本写真批評家協会新人賞の受賞記念展で最初に発表され、広告写真家としての彼のイメージを刷新した「射」(Shafts)シリーズから12点(ほかに「光学異性体」「光銀事件」から1点ずつ)が展示されていた。
注目すべきなのは、横須賀の写真とともにフランスの女性彫刻家、エドヴァ・セールのブロンズ彫刻作品が展示されているということだ。有機的なフォルムの物体が連なって形をとっていくセールの彫刻作品は、「射」の写真群ととてもうまく釣り合っているように感じた。金属製のオブジェを撮影した「射」は、横須賀の写真のなかでも最も抽象度の高い、見方によっては彫刻的と言える作品だからだ。
ただし横須賀がこのシリーズでもくろんでいるのは、オブジェそのものよりも、その周囲に広がる反射光の偶発的なヴァイブレーションを、銀塩のフィルムに定着することであり、一見彫刻のように見えるオブジェは、その「光銀事件」を引き起こすための装置にほかならない。その意味ではセールの「純粋彫刻」とはまったく質が異なる作品と言える。だが、逆に違ったタイプの作品が併置されていることで、活気あふれる展示空間が成立していたと思う。今回のような異種格闘技の展示は、横須賀の写真に限らず、これから先もっと積極的に企画されてよいのではないだろうか。
2013/10/09(水)(飯沢耕太郎)
黄金町バザール2013
会期:2013/09/14~2013/11/24
京急線「日の出町駅」から「黄金町駅」の間の高架下スタジオ、周辺スタジオ、既存の店舗、屋外ほか[神奈川県]
2008年以来、神奈川県横浜市の黄金町一帯で催されてきた「黄金町バザール」も6回目を迎えた。今回参加したのは、国内外から推薦され、あるいは公募を通過したアーティスト16組。基本的に黄金町に滞在して制作した新作を発表した。
前回までとの大きな違いは、展示エリアがコンパクトになっていた点である。京急の高架下を中心に作品が点在しているので、鑑賞者は地図を片手に作品を探し歩くことになるが、いずれの会場もほどよく近いので、歩きやすい。ところが、その道中で気がついた点がある。それは、自分の足取りが、いわゆる「黄金町」と呼称される地域の外縁にほぼ相当しているという事実である。鑑賞者は「黄金町バザール」を楽しみながら、同時に、黄金町の内部と外部の境界線を上書きしていたのだ。
この内部と外部の境界線という主題を、最も如実に表現していたのが、太田遼である。太田は建物の戸外に設置されている雨樋を室内に引き込んだ。展示会場の白い床には、薄汚れた水滴の痕跡が重なりながら残されていたから、雨樋として実際に機能しているのだろう。西野達とは違ったかたちで外部を内部に取り込む手並みが鮮やかだが、太田の作品はもうひとつあった。会場の奥の扉を開けると、そこには中庭のような、しかし、用途不明の奇妙な空間が広がっている。建物と建物の背中が合わせられたデッドスペースに、トタン板などを張り巡らせることで、外部でありながら内部でもあるような両義的な空間を作り出したのである。内部と外部の境界線を巧みに編集してきた太田ならではの傑作と言えよう。
今回の「黄金町バザール」は、展示エリアを縮小したことによって、結果として「黄金町」という地域の既存の境界線を強固に補強してしまったように思えてならない。青線地帯という固有の歴史を背負っているがゆえに、外部から隔絶された閉鎖的な街。「黄金町バザール」が、その負の歴史からの脱却ないしは克服を目指しているとすれば、必要なのは「黄金町」の境界線をなぞることではなく、まさしく太田が鮮やかに示したように、内部と外部の境界線を反転させることで、両義的な空間を拡張していくことではなかろうか。「黄金町」でありながら「黄金町」とも限らないような街。アートがまちづくりに貢献できることがあるとすれば、そのような不明瞭な街並みをアートによって見せていくこと以外にないのではなかろうか。
2013/10/09(水)(福住廉)