2019年06月15日号
次回7月1日更新予定

artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

KG+ 國分蘭「In The Pool」、平野淳子、叶野千晶「Shower room」

会期:2019/04/12~2019/05/12

五条坂京焼登り窯[京都府]

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2019の同時開催イベント、KG+の会場のなかでも、例年、異彩を放つ五条坂京焼登り窯。五条坂など京都の東山山麓の一帯は、昭和30年代まで、数十基の窯が稼働する製陶業の一大産地として栄えた。多くの登り窯が操業を停止し、窯も失われた現在、操業当時の姿を留める貴重な歴史遺産であり、巨大な登り窯と作業場、煉瓦づくりの煙突が残されている。普段は一般非公開だが、KG+などアートイベントの会場として活用されている。今年は特に、場所の記憶に繊細な眼差しを向け、写真資料を用いて、あるいは歴史の潜在性と可視化するメディアである写真との拮抗関係を探る3人の女性写真家(國分蘭、平野淳子、叶野千晶)が、問題意識の共通性と差異という点でも目を引いた。

國分蘭は、出身地である北海道の留萌(るもい)が、かつてニシン漁で栄えた歴史に着目。ニシン漁は雇用を生み出し、「ニシン御殿」を建てるほど財を築く人もおり、一大産業として栄えたが、昭和30年代を境に漁獲量は激減した。だが現在、孵化させた稚魚をプールで飼育し、海へ放流する取り組みが行なわれている。また、産卵期のニシンが浜に戻ってくるようになり、オスが放出した精子で沖合が白く染まる「群来(くき)」という現象が再び見られるようになった。まだ雪を被った浜辺の彼方の海面が、薄いエメラルドグリーンのような色を帯びて輝く、神秘的な光景だ。プールで泳ぐ稚魚の群れは、人工的な設備や管理下に置かれながら、人間の介入を凌駕するほど生命力にあふれ美しい。

また、秀逸だったのが、登り窯の特異な空間性を活かした、資料写真の展示方法だ。ニシン漁で栄えた往時の記録写真は、洞窟か小さなトンネルのように開いた窯の入り口や窪みのなかに置かれ、鑑賞者は手持ちライトで照らさないと、よく見えない。「(そこにあるにもかかわらず)見る者が働きかけないと気づかない、よく見えない」という能動的・身体的関与を通して、文字通り「過去に光を当てる」営みは、歴史資料それ自体との向き合い方についても示唆的だった。


國分蘭「In The Pool」 展示風景


また、平野淳子は、2020年の東京オリンピックに向けて解体と建設工事が進む国立競技場の変容を継続的に撮影しつつ、この土地が国家的欲望とともにはらんできた重層的な歴史へと眼差しを誘う。全面建替工事にむけて競技場が解体され、池ができて、繁った草地を鳥が飛び交う様子は、モノクロで撮影されていることも相まって、江戸の街が形成される前の湿地の姿という遠い過去の残滓を呼び寄せる。一方、建設途上の様子は、直線が交差する構成的なアングルで切り取られ、著しい対比をなす。添えられた2枚の資料写真は、かつてこの地が、青山練兵場と、昭和18年の学徒出陣の壮行会会場であったことを示す。自然へと還る作用と人工性を行き来しつつ、2度のオリンピックと戦争という国家的欲望を刻まれた場所の歴史、さらには未来に到来する廃墟の残像さえも思わせるような不穏さに満ちていた。


平野淳子 展示風景


一方、叶野千晶の「Shower room」は、一見すると、ひび割れや青カビに蝕まれた朽ちかけの壁、あるいは厚塗りの地に青や白の絵具が滴った静謐な抽象画を思わせる。だが、「Shower room」というタイトルが示すように、これらは、ポーランドのマイダネク強制収容所のガス室の壁を捉えたものであり、青い染みは、一酸化炭素が送り込まれた部屋の壁にシアン化水素が付着して残ったものである。叶野は、資料写真の併用や収容所の外観を捉えることはせず、ただ「壁」の表面だけを凝視し続ける。それは、物理的には化学物質の痕跡だが、涙や血の堆積した跡のようにも見え、メタフォリカルな意味の読み取りを誘うとともに、「私たちが目にできるのは痕跡でしかない」という写真の事後性を突きつける。その営みは、「表象不可能性」というすでに手垢にまみれた諦念の身振りを、粘り強い凝視によって超えていこうとする意志を感じさせる。


叶野千晶「Shower room」 展示風景



© Chiaki Kano


「かつての窯の跡」という場所の歴史性も相まって、産業とその衰退、土を焼いて造形する「陶芸」とも共通する人為的介入と自然作用の関係、現実の窯の存在感や「焼成」のプロセスとも結びついてしまう「ガス室」の記憶など、写真表現を通した歴史的記憶への対峙について考える機会となった。

2019/05/12(日)(高嶋慈)

永坂嘉光「空海 永坂嘉光の世界」

会期:2019/04/18~2019/06/03

キヤノンギャラリーS[東京都]

永坂嘉光は1948年に和歌山県高野山に生まれ、大阪芸術大学に在学していた20歳の頃から、生まれ育った高野山一帯を撮影し始めた。以来50年にわたって、ライフワークとして撮り続けてきた写真を集成したのが、今回の「空海 永坂嘉光の世界」展である。

永坂の写真を見ると、やはり子どもの頃から慣れ親しんできた高野山を、そのまま自然体で撮影し始めたことが大きかったのではないかと思う。高野山はいうまでもなく、空海(弘法大師)を開祖とする真言宗の聖地であり、一大宗教都市でもある。だが、永坂の写真には、ともすれば古寺や仏像を撮影する写真家が陥りがちな、エキセントリックで神懸かり的な雰囲気はほとんど見られない。むろん朝霧に包まれた根本大塔の遠景や、吹雪の日の壇上伽藍、夏の台風が通り過ぎたあとに水平にかかる虹の眺めなど、奇跡とも思えるような瞬間を写しとめた写真はたくさんある。だが、それらを含めて、永坂は画面構成や露光時間を厳密に設定し、こう写るはずだという予測のもとにシャッターを切っている。時に予測を超えた光景が「写ってしまう」こともあるが、それも含めて「写っている」ものを受け容れていこうという姿勢は一貫している。別な見方をすれば、彼の写真は、あらゆる観客、読者に向けて開かれた普遍性と奥行きの深さを備えているともいえるだろう。

今回の展示では、高野山だけでなく、空海が修行した四国や中国で撮影した写真を含めて、その足跡を「地、水、火、風、空」の「五大」の集合体として捉え直そうとしている。東寺の五大明王像や両界曼荼羅図の写真を含む、内陣のような空間を会場の中央に置いた展示構成も、とてもよく練り上げられていた。永坂の写真の世界は、空海や高野山に留まることなく、より拡張していく可能性を秘めているのではないだろうか。なお展覧会にあわせて、代表作147点をおさめた写真集『空海 五大の響き』(小学館、2019)が刊行された。

2019/05/11(土)(飯沢耕太郎)

櫛野展正のアウトサイド・ジャパン展

会期:2019/04/12~2019/05/19

Gallery AaMo[東京都]

櫛野展正が刊行した書籍『アウトサイド・ジャパン』(イーストプレス、2018)と同じタイトルであり、章名や順番も一致するものが多く、ある意味で彼が出会ってきた日本各地のアウトサイダー・アートの総集編的な内容だったが、やはり展覧会において実物を鑑賞できるインパクトは大きい。とくに緻密に描きこまれたり、執拗に反復された表現などは、小さな紙面では迫力が十分に伝わらないからだ。また展覧会の序文に書かれていたように、会場に作家が毎日やってきて絵を描いたり、自作の下駄を交換するプロジェクト、青森に行くツアーを企画するなど、ホワイトキューブからの脱出を試みている。

総勢70数名の表現者が参加しており、彼が拠点とする広島圏が多いように思われたが、おそらく今後もさらにリサーチを継続すれば、全国にもっと見つかるだろう。ともあれ、彼が福山市に開設したギャラリー「クシノテラス」はそれほど大きなスペースではなかったので(今後、常設の展示室がつくられる予定)、東京でこれだけ一堂に会する展示を見ることができるのはありがたい。



「櫛野展正のアウトサイド・ジャパン展」より。食事のイラストと感想メモを綴る、小林一緒のコーナー



「櫛野展正のアウトサイド・ジャパン展」より。絵具やテーピングでマニアックな顔真似にチャレンジする、スギノイチヲのコーナー。右端に安藤忠雄の顔真似があり、とても似ている!

近年、オリンピック、パラリンピックにあわせて、文化政策として「アール・ブリュット」がよく使われ、メジャーになっているが、櫛野はあえて「アウトサイダー・アート」の語でないと伝わらない表現者の活動に注目している。日本では、1990年代に展覧会を通じて、「アウトサイダー・アート」が知られるようになったが、近年は障害者のアートに焦点があたるとともに、「アール・ブリュット」が一般化した。が、もともとデュビュッフェが命名した「アール・ブリュット」は、美術の正規教育を受けていない人の作品を指しており、必ずしも障害者のアートだけを指すものではない。ゆえに、櫛野は前掲書において「そもそも障害がないと優れた作品が生み出せないわけじゃない。……障害者の表現だけが優遇され、障害のない表現者は周到に排除されている日本の現状」に叛旗をひるがえす。つまり、飼いならされた日本版「アール・ブリュット」からもはみでる「アウトサイダー・アート」なのだ。



「櫛野展正のアウトサイド・ジャパン展」より。デコトラから右翼の街宣車まで、あらゆる特装車の模型を自作する、伊藤輝政のコーナー



「櫛野展正のアウトサイド・ジャパン展」装飾過剰のコーナーより


2019/05/10(金)(五十嵐太郎)

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荒木悠「LE SOUVENIR DU JAPON ニッポンノミヤゲ」

会期:2019/04/03~2019/06/23

資生堂ギャラリー[東京都]

作品は全部で10点ほど出ているが、メインは《The Last Ball》という映像。ピエール・ロティの紀行文「江戸の舞踏会」を下敷きにした芥川龍之介の短編小説『舞踏会』に基づくという。スクリーンは壁面と宙づりの2面あるが、宙づりのスクリーンは表裏に映されるので計3面になる。まず壁面を見ると、西洋人の男性(ロティ)と日本人の女性(明子)がワルツを踊っているように見えるが、よく見ると2人はお互いに追いかけながらiPhoneで相手を撮っているようだ。宙づりスクリーンの片面には女性を撮っている男性が、もう一面には男性を撮っている女性が、それぞれiPhoneをこちらに向けながら逃げ回るように映っている。見る(撮る)者が見られ(撮られ)、見られる(撮られる)者が見る(撮る)。これがロティ(および明子)の視線だとすれば、それを見る(撮る)第三者の視線は芥川の視線に重なるだろうか。非常に重層した構造をもった作品。

2019/05/10(金)(村田真)

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ギュスターヴ・モロー展 サロメと宿命の女たち

会期:2019/04/06~2019/06/23

パナソニック汐留美術館[東京都]

別に「ウィーン・モダン」展と同じ日に見ようと計画していたわけじゃなく、たまたまそうなっただけだけど、この2展を続けて見るのは悪くない。ギュスターヴ・モローは言うまでもなくパリの世紀末を彩った象徴主義の画家で、今回は特にサロメをモチーフにした作品を中心に展示しており、さまざまな意味でクリムトと比較できるからだ。ちなみに日本では10年に一度くらいモロー展が開かれているが、いずれもパリのギュスターヴ・モロー美術館からの出品。

展覧会は「モローが愛した女たち」から「《出現》とサロメ」「宿命の女たち」「《一角獣》と純潔の乙女」まで4章立てで、パレットやメモを含め計69点で構成されている。サロメを中心にすべて「女性」がテーマになっているのが世紀末っぽい。だいたい西洋美術に登場する女性は、聖母や聖女、良妻賢母、そして「宿命の女」の三つに分けられるが、世紀末に好まれたのが宿命の女、フランス語でいう「ファム・ファタル」であり、とりわけ男の首を獲ったサロメとユディトがもてはやされた。モローはサロメの挿話を何点も手がけており、今回は《サロメ》《ヘロデ王の前で踊るサロメ》《洗礼者聖ヨハネの斬首》など、油絵や素描を合わせて計26点が出ている。なかでも踊るサロメの前にヨハネの首が現れる《出現》は、表現主義的ともいえる描写の上に線描で装飾を加えたレイヤー表現で、きわめて斬新。

ほかにも《エウロペの誘拐》や《一角獣》など見ごたえのある完成作もあるが、大半は小ぶりの習作やスケッチ。なかにはなにが描いてあるのか判別できない抽象的な作品もあるが、そこにモローならではの多義性がある。クリムトが20世紀の表現主義に一歩踏み出したように、モローも視界の先にフォーヴィスムや抽象を見据えていたのかもしれない。会場となった汐留美術館は、フォーヴィスムの画家ジョルジュ・ルオーのコレクションで知られているが、意外なことにルオーはモローの弟子だったのだ。

2019/05/10(金)(村田真)

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