2019年10月15日号
次回11月1日更新予定

artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

TOKYO 2021 美術展「un/real engine─慰霊のエンジニアリング」

会期:2019/09/14~2019/10/20

TODA BUILDING 1F[東京都]

京橋の戸田建設本社ビルの1階で「TOKYO 2021」と題するアートイベントが行われている。どういう経緯か知らないけれど、アーティストの藤元明が進めるアートプロジェクト「2021」と、建て替えのため今年いっぱいで本社ビルを取り壊す戸田建設の思惑が一致した地点に成立したアートイベントらしい。「TOKYO 2021」とはオリンピック後の東京を考えようとの趣旨で、すでに8月に建築展が開かれ、9月から始まるのが「慰霊のエンジニアリング」と題した美術展だ。全体を藤元が統括し、美術展のほうは黒瀬陽平がキュレーターを務めている。

黒瀬は、東京オリンピックも大阪万博も大きな祭りと捉え、ここでは単に祭りを盛り上げるのではなく、祝祭とはなにかを考える機会にしたいとのこと。そこで、前回の東京オリンピックと大阪万博の前に日本の敗戦があり、次のオリパラと万博の前には東日本大震災があったように、国家的祝祭の前には必ず大災害があることに着目し、「祝祭」と「災害」をテーマに掲げたという。

大きく「2021」と掲げられたビルの玄関を入ると目に入るのが、車椅子や蛍光灯を荒々しく積み上げ、正面に《太陽の塔》の顔の縮小版を据えた檜皮一彦のインスタレーション。1970年の大阪万博が参照されている。その後ろには、お面をかぶって踊る人たちの人形と黒い提灯を並べた弓指寛治の《黒い盆踊り》、さらにその奥の壁には、同じ弓指によるウジ虫に覆われた馬の死体を描いた《白い馬》が展示されている。どちらも「死」をテーマにした作品で、とくに後者は岡本太郎の戦争体験に基づいた絵。その横には床や壁をはがした廃材でつくった藤元明の《2026》、反対側には地下室を水没させたHouxu Queの《un/real engine》などがある。ほかにも「エキスポ70」で使われたベンチや、同じく万博の今野勉による幻の企画なども出ている。以上が「祝祭の国」の作品。



藤元明《2026》展示風景


入り口の異なる「災害の国」のほうをのぞくと、中央にキノコ雲を思わせる閃光を宿した梅沢和木のカタストロフィックなコラージュ《Summer clouds》をはじめ、東海道五十三次の東西を逆転させ、「京都アニメ」を終着点とするカオス*ラウンジの《東海道五十三童子巡礼図》、その53宿で採集した土を詰めた座布団53枚を京都方向に敷いた梅田裕の《53つぎ》、10年前のビデオ・インスタレーションを再現した高山明の《個室都市東京》など盛りだくさん。傍らでずっとサボってる作業員がいるなあと思ったら、飴屋法水だったりして。



高山明《個室都市東京》展示風景


出品作家は約30組で、旧作も含めて見応え十分。なにより建設会社の新たな門出を祝い、東京の未来を占う「祝祭的」アートイベントに、これほど不穏な「災害的」作品を結集させたことに脱帽する。よくやったというより、よくやらせてくれたもんだ。偉いぞ戸田建設! 文化庁とは大違いだ。しかし不満がないわけではない。東京オリンピック後とはいえ「TOKYO 2021」が主題なのに、なぜか1970年の大阪万博ネタが目立つこと。そして万博、岡本太郎、東日本大震災とつなげると、椹木野衣氏の路線を踏襲していることに気づく。一見、新しいようでなにか既視感が否めないのはそのせいか。

2019/09/13(金)(村田真)

新納翔 写真展「ヘリサイド」

会期:2019/09/10~2019/09/28

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

「ヘリサイド」というのは、東京の縁(へり)、つまり湾岸地域を指し示す新納翔の造語だという。インパクトのあるいいタイトルなので、期待して展示を見に行った。ところが、DMにも使われた、赤い鳥居と日の丸のある湾岸の風景を撮影した写真以外は、あまり見るべき作品はなかったというのが正直な印象である。パノラマカメラで、横に大きく広がった風景を捉え、さまざまな要素が互いに干渉し合う状況を画面に取り込んでいくというアイディアはとてもいいのだが、それを最後まで貫くことができず、自分の顔を入れたり、上空の飛行機をブレた画像で写したりする、やや主観的な解釈に走ったのが失敗だったのではないだろうか。浴槽の「ヘリ」を撮影した写真を展示に紛れ込ませるような遊び心も、メインの部分がしっかりしていないと逆に白けてしまう。

とはいえ、「ヘリサイド」から東京を見つめ直すという視点は捨てがたいものがある。新納が展覧会のリーフレットに書いているように、東京の「破壊と再生のエネルギーは中心部からヘリである湾岸部に向かって徐々に減衰して」いくので、そこにはあたかも「残像」のように、異様な雰囲気の光景が取り残されているからだ。今回は撮影期間も短かったようなので、もう一度じっくり時間をかけて被写体に向き合い、納得のいくまで撮り続けてこのシリーズを完成してほしい。パノラマカメラのワイドなアングルを活かすことができる場面を丁寧に拾い集めていけば、新たな東京地図を描き出すことが可能になるはずだ。

2019/09/13(金)(飯沢耕太郎)

ケンブリッジの大学博物館ほか

[イギリス、ケンブリッジ]

およそ四半世紀ぶり、3度目のケンブリッジでは、大学が運営するいくつかのミュージアムに足を運んだ。まずフィッツウィリアム博物館は、狭い通りと対面の小店舗に対し、完全にスケールアウトした古典主義の建築である。しかも、左右のウィングが非対称で、イギリスらしいデザインだ。およそ1/3くらいのエリアが改装中である。日に焼けて亡霊化した壁のかつての作品跡と、現在の展示がズレつつ重なる中世のエリアが味わい深い。韓国の陶芸を収納する什器のほのかな照明が美しい。



フィッツウィリアム博物館の外観



フィッツウィリアム博物館における中世美術の展示風景



フィッツウィリアム博物館における韓国陶芸の展示風景


考古学・人類学博物館は、1階の導入と企画では、異なる時代の遺跡を複数のガラスを重ねることで見せるなど、展示インスタレーションがすぐれている。一方、2、3階は古い什器のままだが、一部に見える収蔵庫(場所が足りなかっただけかもしれないが)や、展示物に触発されたアートのコーナーがあった。印象的な三連の円窓を潰していることから推測すると、この建築は途中で使い方が変化したのだろう。


考古学・人類学博物館の展示風景

ケンブリッジ大学の動物学博物館の天井から吊るされた巨大なクジラ標本はお約束である。学術以外では、アーティストが動物進化に着想を得た作品展も開催されていた。セジウィック地球科学博物館は、展示物や什器が古いタイプのものだったが、サイン計画のデザインはアップデートされており、各セクションが色とアイコンで区分けされ、さらに窓をふさぐカーテンに大きくプリントされることで、空間の視認性を改善していた。



動物学博物館のクジラ標本



セジウィック地球科学博物館の展示風景

素晴らしかったのは、ケトルズ・ヤードである。これは入口からは小さな部屋しか見えないのだが、上階に行くと、思いがけない空間が広がるように、増改築を重ねたアート・コレクターの家を大学に寄贈したもので、建築のデザインだけでは決して到達できない魅力的な空間が出現していた。すなわち、ホワイトキューブではない室内に作品群を見事に配置する施主のセンスに圧倒された。



ケトルズ・ヤードの展示風景


住宅と連結された新しく建設されたギャラリーも、大学のコレクションからアートと工芸を混ぜた企画や、ジェニファー・リーの洗練された陶芸のインスタレーションなどを楽しめる。最後に大学のボタニカル・ガーデンを訪れたが、意外と普通の公園風であり、イギリスに導入された海外の植物を時系列で並べたエリアが印象に残った。



ジェニファー・リーの陶芸インスタレーション



ボタニカル・ガーデンの展示サイン


公式サイト: フィッツウィリアム博物館 http://www.fitzmuseum.cam.ac.uk/
ケンブリッジ大学考古学・人類学博物館 http://maa.cam.ac.uk/
ケンブリッジ大学動物学博物館 https://www.museum.zoo.cam.ac.uk/
セジウィック地球科学博物館 http://www.sedgwickmuseum.org/
ケトルズ・ヤード https://www.kettlesyard.co.uk/
ボタニカル・ガーデン https://www.botanic.cam.ac.uk/

2019/09/12(木)(五十嵐太郎)

見たことがないブリューゲル〜巨大3スクリーンによる映像の奇跡〜

会期:2019/09/10~2019/09/16

六本木ヒルズヒルズカフェ/スペース[東京都]

絵にもさまざまなタイプがあって、写実的に描かれた人物や情景から背後の意味や寓意を読み解く物語画から、純粋に色彩や形態を楽しむ印象派や抽象画まで千差万別だが、何十人もの人物がそれぞれの仕草をしている様子を細かく描いたブリューゲルの絵などは、さしずめ前者の代表例といえるだろう。特にブリューゲルのように細密な物語画の場合、美術館などでざっくりながめるより、複製であっても大判の画集で丹念に見たほうがわかりやすい。もちろんじっくり観察したい部分を拡大して見ることができれば、なおいいのだが。

そんな夢を実現してくれるのがこれ。って、陳腐なCMのフレーズみたいだけど。ブリューゲルの代表作3点を、ス-パー解像度のデジタル画像で3面スクリーンに投影し、部分的に拡大したり比較したりして作品を解読していくというもの。その3点とは、《反逆天使の転落》《ネーデルラントのことわざ》《洗礼者聖ヨハネの説教》で、それぞれ主題はまったく異なるものの、いずれの画面も人物や動物や怪物が数十数百と入り乱れ、だれが主役なのか、なにが主題なのかわかりにくい混沌状態。ブリューゲル作品のおもしろさは、このように主役や主題を絵のなかにちりばめ、紛れ込ませることで、1枚の絵を謎解きの読み物にしてくれる点だ。だから「ウォーリーをさがせ!」みたいにつぶさに見てしまうし、いつまでも見飽きないのだ。

それを巨大な画像で解読してくれるのだから……あれ? なんか矛盾してないか。絵解きを楽しむのがブリューゲル作品の正しい見方なのに、デジタル画像で痒いところに手が届くように見せられると、あらかじめ答えを教えてもらうみたいで楽しみが半減しかねないではないか。やっぱり夢を実現してくれるのは大きなお世話かもしれない。でもおもしろかったし、一度は見ておくべきだ。

2019/09/12(木)(村田真)

コートールド美術館展 魅惑の印象派

会期:2019/09/10~2019/12/15

東京都美術館[東京都]

ロンドンのコートールド美術館が改修工事による休館のため、印象派をはじめとする名作がごっそり借りられたそうだ。コートールド美術館は、サミュエル・コートールド(1876-1947)が集めた美術品を公開・研究する美術研究所の中核をなす美術館。

コートールドは松方幸次郎(1866-1950)とほぼ同時代の実業家で、印象派を中心に買い集めたのも同じ。違うのは、コートールドが松方より遅い1920年代の数年間に大半の作品を収集したこと。そして、松方が不況に陥ってコレクションを手放したのに対し、コートールドは1932年に美術研究所を設立してコレクションを寄贈したこと。この早業が決定的だったかもしれない。あ、もう1つ、松方よりコートールドのほうがはるかに見る目があったことだ。

今回も、ポスターやチラシにも使われているマネの《フォリー・ベルジェールのバー》をはじめ、ルノワール《桟敷席》、セザンヌ《カード遊びをする人々》、ゴーガン《ネヴァーモア》、モディリアーニ《裸婦》など、画集や教科書で見たことのある名画がずらりと並んでいる。でもいくら目利きとはいえ、コートールドが名画ばかりを選んで買い集めたわけではない。そうではなく、彼が集めた絵画をみずから建てた美術館で公開し、研究対象にし、画集に使ってもらうことで世界的に有名にしたと考えるべきだろう。美術品は個人的に楽しむものではなく、公共の財産だという信念がここにはある。もちろんそのことで作品の価値も上がるのだから、イギリス人の戦略勝ちである。

2019/09/09(月)(村田真)

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