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美術に関するレビュー/プレビュー

ザ・ブロード、ロサンゼルス現代美術館(MOCA)、ハウザー&ワース・ギャラリー

[アメリカ合衆国、ロサンゼルス]

ホテルの前から地下鉄に乗ってダウンタウンのシビックセンター/グランドパーク駅で降りて、フランク・ゲリー設計のウォルト・ディズニー・コンサートホールを横目に見ながらザ・ブロードへ。ここはブロード夫妻が集めたコレクションを公開するため2015年に開館した現代美術館で、細かい採光窓が斜めに入った白い外観は、直方体の躯体にベールをかぶせたような印象だ。その建設費1億4000万ドル(約210億円)もブロード夫妻が出資したという。入館すると洞窟のような内装に面食らう。美術館は世界的に建築の実験場になってるなあ。



ザ・ブロード(右隣はウォルト・ディズニー・コンサートホール)[筆者撮影]


建物は3階建てで、1階と3階が展示室。コレクションは1950年以降のアメリカを中心とする現代美術ばかり。アンディ・ウォーホル、バーバラ・クルーガー、ジェフ・クーンズらなじみのあるアーティストの作品もあるが、ぜんぜん知らない作家の超巨大な(それだけに薄味の)作品も多い。また、名前や主題から察するに、ネイティブアメリカンやアフロアメリカンのアーティストも多いように感じた。久しぶりのアメリカなので、これが21世紀のアメリカ美術かと感心したり呆れたり。ちなみに日本人作家で見かけたのは草間彌生と村上隆の作品のみ。



ザ・ブロード 展示室 [筆者撮影]


斜向かいのロサンゼルス現代美術館へ。かつてMOCAといえば磯崎新設計のこの美術館を指していたけど、いまや各地に現代美術館が林立したせいかLAMOCAと呼ばれることが多い。また、前回来たときはここが最先端だったのが、いまや最先端があっちこっちに分散してしまい、ここは閑散としていた。いや閑散としていたのは展示が1970〜1980年代の美術を中心としていたせいかもしれない。いまの「目立てば勝ち」みたいなアートとは違い、半世紀ほど前は見るものを考えさせる美術が多かったからなあ。ところで、この近辺にディズニー・コンサートホールやザ・ブロードなど特徴のある建築の文化施設が多いのは、MOCAの建築が起爆剤になったからではないかとにらんでいる。もっともディズニー・コンサートホールやザ・ブロードが建ったいまとなっては、MOCAはむしろオーソドックスな古典建築の風格さえ漂っているが。



ロサンゼルス現代美術館(MOCA)[筆者撮影]


バスで倉庫街のハウザー&ワースへ。ハウザー&ワースはチューリヒで創業したギャラリーで、世界に17もの支店を持つ「メガギャラリー」のひとつ。驚くのは地中海の小さな島をひとつ丸ごとアートセンターにしたり、イギリスの庭園を現代美術の展示場にしたり、やることの規模が大きすぎてギャラリーの枠を超えているのだ。ここでも2階建ての大きな建物を丸ごとギャラリーに当てている、と感心していたら、そんなもんじゃなかった。裏に続く倉庫もすべて別の2つのギャラリーとレストラン、ブックショップなどに使われ、この一区画全体がハウザー&ワースの敷地らしいのだ。これはおったまげ。いったいどんだけ稼いでいるんだ? またこの界隈にはNPOのアートセンターやカフェが集まり、壁はグラフィティに覆われ、まるでかつてのニューヨークのソーホーを彷彿させる。扱われている作品はそんなに大したことないのにね。



ハウザー&ワース [筆者撮影]



ハウザー&ワース周辺のグラフィティ [筆者撮影]


The Broad:https://www.thebroad.org/

2024/01/03(水)(村田真)

ロサンゼルス・カウンティ美術館(LACMA)

[アメリカ合衆国、ロサンゼルス]

新年をメキシコシティの独立記念塔の前で何万もの人たちとともに迎え、元日にLAに移動。LAへはクリスト&ジャンヌ・クロードによる「アンブレラ・プロジェクト」を見に行った1991年の秋以来だから、実に32年ぶり2度目になる。あのときは「アンブレラ」の取材がメインだったし、そっちの印象が強かったせいか、美術館もいくつか回ったけどあまり記憶に残っていない。

LACMAにはそのときも行ったはずだがほとんど覚えてない。たぶん建物も建て替えたり増築したりしたのだろう。本館のほか、日本館は昨年亡くなったエツコ&ジョー・プライスのコレクションを中心とする展示で(現在休館中)、これは以前からあったような。同じLACMA内のブロード現代美術館(Broad Contemporary Art Museum: BCAM)はダウンタウンにある現代美術館の「ザ・ブロード」と混同しそうだが、こちらはLACMAの現代美術コレクションを収める新館建設にブロード夫妻が資金を提供し、2008年に開館したもの。湾曲した分厚い鉄板を巨大な展示室いっぱいに立てたリチャード・セラの彫刻を始め、メガロマニアックなアメリカ現代美術が並ぶ。さらに隣接地にはデイヴィッド・ゲフィン・ギャラリーも建設中で、2024年に完成するという。この勢い! このスケール! しかもカウンティ(郡立)美術館といいながら個人名を冠した分館を増やすとは、さすがアメリカ。



建設中のデイヴィッド・ゲフィン・ギャラリー [筆者撮影]


中央の本館では「スルタンのいるダイニング:祝宴の芸術」「織られた歴史たち:テキスタイルと近代の抽象」「永遠のメディウム:石に世界を見る」など、現代美術に限らず古典ものからイスラムものまで幅広く企画展をやっている。特におもしろかったのが、17世紀オランダの絵画と博物学を紹介する「驚くべき世界:オランダ人コレクターのキャビネットと所有の政治学」と、第1次世界大戦時のポスターや映像を集めた「前線を想像せよ:世界大戦争とグローバルメディア」。こんなところでヴンダーカンマーや戦争プロパガンダのポスターが見られるとは。



LACMA「前線を想像せよ:大戦争とグローバルメディア」展 [筆者撮影]


屋外にも作品がある。まず入り口に配されているのがクリス・バーデンの《街灯》(2008)。文字どおり古いタイプの街灯が200本ほど林立している。これは昼間に見ても作者の意図は伝わらない。その後たまたま夜にバスで前を通ったら明かりがついて、実に妖しくも荘厳な雰囲気を醸し出していた。その反対側の美術館の奥にあるのがマイケル・ハイザーの《浮いた塊》(2012)。中央が窪んだ全長140メートルの道をつくり、その上に340トンの巨岩を乗せて下をくぐり抜けるという作品だ。ハイザーは壮大なアースワークで知られたアーティストで、かつて荒野に一直線に切れ込みを入れたような作品をつくっていたが、これはそうしたアースワークのパブリックアートへの応用と捉えるべきか。巨岩を支えるための留め具がついているのが、アースワークではなくパブリックアートであることの証だ。これらに比べれば、ブロード現代美術館前に置かれた奈良美智の彫刻はとても控えめに映る。



マイケル・ハイザー《浮いた塊》[筆者撮影]


ロサンゼルス・カウンティ美術館(Los Angeles County Museum of Art: LACMA):https://www.lacma.org/Broad Contemporary Art Museum
ブロード現代美術館(Broad Contemporary Art Museum: BCAM):https://broadfoundation.org/grantees/broad-contemporary-art-museum-lacma/

The World Made Wondrous: The Dutch Collector’s Cabinet and the Politics of Possession(驚くべき世界:オランダ人コレクターのキャビネットと所有の政治学)

会期:2023年9月17日(日)~2024年3月3日(日)
会場:ロサンゼルス・カウンティ美術館
(5905 Wilshire Blvd., Los Angeles, CA 90036)

Imagined Fronts: The Great War and Global Media(前線を想像せよ:世界大戦争とグローバルメディア)

会期:2023年12月3日(日)~2024年7月7日(日)
会場:ロサンゼルス・カウンティ美術館

2024/01/02(火)(村田真)

イグナシオ・ラミレス文化センター(エル・ニグロマンテ)

[メキシコ、サン・ミゲル・デ・アジェンデ]

メキシコシティの北東に位置する美しい街グアナフアトに一泊し、そこからバスで1時間ほどのサン・ミゲル・デ・アジェンデという街に来た。美術と工芸の街として知られているそうだが、ここにダビッド・アルファロ・シケイロスの壁画があるというので訪れた。この文化センターはもともと芸術学校だったそうで、ここで講座を受け持ったシケイロスが実習として大教室に壁画《イグナシオ・アジェンデ将軍の生涯と仕事》(1948)を描いたのだが、複雑なかたちの壁と天井は抽象的に色分けされ、無数の線が引かれているだけ。シケイロスとしては珍しいなと思ったら、どうやら学校長との政治的見解の相違から制作を中断して未完成に終わったらしい。幾何学的な線も下描きの補助線のようだが、これはこれで見る価値はあった。



イグナシオ・ラミレス文化センター ダビッド・アルファロ・シケイロスによる壁画 [筆者撮影]


イグナシオ・ラミレス文化センター(エル・ニグロマンテ)(Centro Cultural Ignacio Ramírez El Nigromante ):https://elnigromante.inba.gob.mx/

2023/12/30(土)(村田真)

蜷川実花展 Eternity in a Moment 瞬きの中の永遠

会期:2023/12/05~2024/02/25

TOKYO NODE[東京都]

「作家史上最大」の体験型展覧会だという。蜷川実花はこれまでも内外の美術館で規模の大きな展覧会を実現してきた。だが、今回の「蜷川実花展 Eternity in a Moment」はひと味違っていた。地上200メートルのTOKYO NODEの広くて天井の高い会場を目一杯使ったということもあるが、蜷川だけでなくデータサイエンティストの宮田裕章、セットデザイナーのEnzoと組んだEternity in a Moment(EiM)というチームでコンセプトを共有し、会場を共同制作したのが大きかったのではないだろうか。映像とサウンドとインスタレーションが一体化した空間を構築したことで、それぞれの個の力が拡張し、増幅するという結果を生んだ。

内容面においては、いい意味での開き直りを感じた。これまで蜷川が繰り返し使ってきた花、金魚、蝶、花火、都市風景といったイメージを出し惜しみせずにフル動員している。もちろん生と死のコントラスト、日常から未来へ、多様性や環境問題への視点など、思想的な側面をおろそかにしているわけではない。とはいえ、それらを前面に押し出すのではなく、むしろ網膜と鼓膜と直感とをダイレクトに融合させた、色と光と音の乱舞のなかに包み込んでしまう戦略をとったことが成功したのではないだろうか。連日超満員という動員力を見ても、蜷川のイベント・クリエイターとしての能力が傑出してきていることがわかる。

もうひとつ強く印象に残ったのは、観客の反応である。会場滞在の時間がとても長く、ほとんどの観客が自分の携帯のカメラで映像やインスタレーションを動画撮影している。それらは、LineやInstagramなどのSNSにアップされて拡散していくのだろう。おそらく会場を構成したEiMのメンバーがもっとも心を砕いたのは、「インスタ映え」する視覚的、聴覚的効果をいかに作り出すかではなかっただろうか。観客の反応を見ると、それはとてもうまくいっていたようだ。

蜷川実花の作品の魅力のひとつは、一見軽やかで、華やかで、ポジティブに見えるイメージが、その正反対ともいえる陰鬱で、ビザールで、ネガティブな感情を引き出してくることだった。やや残念なことに、今回の展示では、その「毒」は希釈され、薄められてしまっていた。後半の花のパートには、生花を使って「花々が異なる周期で朽ちていく様子」も展示されているのだが、それらは全体のなかでほとんど目立たない。むずかしい注文かもしれないが、今回のような衛生無害な「桃源郷」だけでなく、「まろやかな毒景色」(2001年開催の蜷川のパルコギャラリーでの展示のタイトル)のような展示をもう一度見たいものだ。


蜷川実花展 Eternity in a Moment 瞬きの中の永遠:https://tokyonode.jp/sp/eim/

関連レビュー

蜷川実花「Eternity in a Moment」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2023年06月15日号)

2023/12/29(金)(飯沢耕太郎)

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チチェン・イッツァ

[メキシコ、プラヤ・デル・カルメン]

ユカタン半島のリゾート地カンクン近郊のプラヤ・デル・カルメンに来ている。ここから車で3〜4時間走ったところに、古代マヤ文明の衰退後もユカタン半島で栄えたチチェン・イッツァの遺跡がある。その名は、チチェン族が住んでいた土地にイッツァ族が侵入したことに由来するらしい。メキシコの古代遺跡のほとんどは16世紀にスペイン人が入植してから徹底的に破壊したため原型をとどめておらず、現在見られるのはほとんど復元した姿だが、ここはジャングルのなかに築かれていたため壊滅的な破壊は免れたようだ。といっても半分くらいは復元しているらしい。



チチェン・イッツァ カスティーヨ [筆者撮影]


遺跡は高さ24メートル、底辺55メートル四方のカスティーヨ(スペイン語で「城」の意味)と呼ばれるピラミッドを中心に、ジャガーの神殿、天文台、大球技場などがあり、その横の基壇には頭蓋骨のレリーフがびっしり並んでいる。メキシコ人の頭蓋骨好きはマヤ人からの遺伝なのか。近くには「聖なる泉」と呼ばれる円形の地下池セノーテもあり、かつて生贄の女性が放り込まれ、水底から頭蓋骨も見つかっているという。そんなところで泳いでいるやつもいる。ヒェー。



チチェン・イッツァ 頭蓋骨レリーフ [筆者撮影]


2023/12/27(水)(村田真)