artscapeレビュー
書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー
大竹昭子『彼らが写真を手にした切実さを 《日本写真》の50年』
発行所:平凡社
発行日:2011年6月20日
大竹昭子を写真の世界に引きずり込んだのはどうやら僕だったらしい。大竹が写真について最初に本格的に取り組んだのは、のちに『眼の狩人──戦後写真家たちが描いた軌跡』(新潮社、1994)にまとめられる写真家インタビューを『藝術新潮』に連載したことだったのだが、たしかに彼女を同誌編集部に紹介したのは僕だった。本書『彼らが写真を手にした切実さを 《日本写真》の50年』の刊行記念のトークイベント(青山ブックセンター本店、6月22日)で大竹に指摘されて、なぜそれまでまったく写真論など書いていなかった彼女を推薦したのかについて記憶を辿ってみたのだが、どうもうまく思い出せない。ともかくその選択は結果的に大当たりだったわけで、大竹はその後も日本の写真表現の現場をフォローし続け、本書の執筆にまで至った。ほぼ同世代の書き手として、僕は彼女の写真についての見方に信頼を寄せている。ごく稀に意見が分かれることがあるのだが、ネガティブに反応するつもりはなく、それはそれで教えられることが多い。
本書は大きく二部に分かれ、第一部では『眼の狩人』に収録された文章から森山大道、中平卓馬、荒木経惟、篠山紀信が取りあげられている。そして第二部では「新しい潮流の出現」として、1990年代以降に登場してきた佐内正史、藤代冥砂、長島有里枝、蜷川実花、大橋仁についてのインタビュー評論が並ぶ。こちらは『真夜中』に2008~2009年に連載した記事に加筆したものだ。さらに補論として、書き下ろしのホンマタカシ論「写真と現代美術のあいだ」「《日本写真》について考える」「中平卓馬の写真家覚悟」といった文章が付け加えられている。
全体を通して浮かび上がってくるのは、これらの写真家たちが1960年代以来半世紀にわたってつくり上げてきた《日本写真》とは何なのかという問いかけだ。このことについては、まだ完全に答えが出ているわけではない。だが、大竹が提起した「生命とマシンと外界とが三つどもえになった写真の現場」において、「感情や無意識の領域をもかかえ込んだ、混沌とした人間のありようそのものとむきあおうとする意志」を貫き通していこうとする写真家たちの営みを《日本写真》と呼ぶことについては、僕もまったく異存はない。これから先、《日本写真》のあり方をもっと細やかに確認し、検討していく試みが必要になってくるはずで、僕自身もそのことについて本気で考えていかなければならない時期がきているのではないかと感じている。
2011/06/22(水)(飯沢耕太郎)
カタログ&ブックス│2011年6月
展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
「P+ARCHIVE」 PROJECT DOCUMENTATION
「地域・社会に関わるアートアーカイブ・プロジェクト」 P+ARCHIVE 一年の活動記録
「地域・社会と関わるアート」に関するアーカイブ施設の創設を目指して、2010年から活動を開始したP+ARCHIVEプロジェクト記録集。アーカイブの運営者、研究者、アーティストとして自身の活動を記録し続ける川俣正などを招いた連続レクチャーや、現在進行形のアート・プロジェクトを実際にアーカイブ化することを試みた月1回の研究会などの全記録がまとめられている。
東京アートポイント計画 Tokyo Art Research Lab アートプロジェクトを評価するためにー評価の〈なぜ?〉を徹底解明 評価ゼミ レクチャーノート
2010年7月から2011年2月まで開催されたTokyo Art Research Lab「アートプロジェクトを評価するために—評価の<なぜ?>を徹底解明」の記録集。8回の評価ゼミ講座内容とゼミ生が発表した「自ら実践してみたと思う評価」、関係者のテキストを編纂した一年の活動記録。
以下のサイトからPDFがダウンロードできる。
・Tokyo Art Research Lab
・企業メセナ協議会
凝縮の美学─名車模型のモデラーたち─
本書では、それぞれにこだわりをもったアマチュアのモデラーたちに焦点をあて、彼らが手がけた珠玉の名車作品と、完成へのプロセスを豊富な図版とともに紹介する。特に巻頭の図版ページは、作品の精緻さと美しさで見るものを一気にその世界へと引き込む。その他、作品のモデルとなった名車の世界や模型の歴史、また多くのモデラーたちがあこがれるイギリスのウィングローブをはじめとする国内外のプロモデラーの仕事を紹介する。究極の模型づくりに情熱を傾けるクリエイションの世界を堪能できる一冊。[INAX出版サイトより]
IDEA No.346:羽良多平吉 イエス・アイ・スィー
「ウレシイ編輯、タノシイ設計。」をキーワードに、書籍や雑誌を中心に活動するエディトリアルデザイナー、羽良多平吉。その魔術的ともいえるイメージ編集やタイポグラフィ感覚、補色を活かした彩色術による唯一無二のデザインを展開し、多くのファンを魅了してきた。本特集では羽良多の40年以上にわたる活動をジャンルごとに紹介。本人および関係者のコメントなども提示することで、その活動の全体像や時代背景、羽良多自身の人物像を浮かび上がらせる。[アイデア サイトより]
北本らしい“顔”の駅前つくりプロジェクト本
これは北本らしい“顔”の駅前つくりプロジェクトを紹介するガイドブックです。第1部ではまちの顔となる北本駅西口駅前広場(以下:西口広場)の改修計画の概要を、第2部ではその顔を計画するために調べたまちの体(交通、商業、光、緑、ひと)を、第3部ではプロジェクトで制作したウォーキングマップを紹介します。[本書より]
以下のサイトからPDFがダウンロードできる。
・北本らしい“顔”の駅前つくりプロジェクト ブログ
シュルレアリスム展──パリ、ポンピドゥセンター所蔵作品による
「シュルレアリスム。私にとってそれは、青春の絶頂のもっとも美しい夢を体現していた」──マルセル・デュシャン 1924年、当時28歳の詩人アンドレ・ブルトンは、パリで「シュルレアリスム宣言」を発表、20世紀最大の芸術運動の口火を切りました。シュルレアリスムは、偶然性、夢、幻想、神話、共同性などを鍵に、人間の無意識の世界の探求をおこない、日常的な現実を超えた新しい美と真実を発見し、生の変革を実現しようと試みるもので、瞬く間に世界中に広まりました。シュルレアリスムの影響は、たんに文学や絵画にとどまらず、広く文化全域に、そして広告や映画などの表現を通じて21世紀に生きる私たちの生活の細部にも及んでいます。シュルレアリスムの中核を担った詩人や芸術家の多くにとって終の住処となったパリの中心部に位置する国立ポンピドゥセンターは、この運動についてのもっとも広範で多様なコレクションによって知られています。膨大なコレクションの中から、絵画、彫刻、オブジェ、素描、写真、映画などの作品約170点に、書籍や雑誌などの資料を加え、豊かな広がりを持ったこの運動の全貌をつぶさに紹介する展覧会が初めて実現しました。20世紀の芸術の流れを変えたシュルレアリスムを体験する絶好の機会といえるでしょう。[「シュルレアリスム展」公式サイトより]
けんちく体操
江戸東京博物館ワークショップから生まれた親子で楽しむ新しい体操。日本・海外の有名建築を身体を使い表現する。外観だけでなく、構造や用途、個人的に抱いた第一印象などで表現。発想力&表現力も鍛える、まったく新しい体操が登場。[エクスナレッジサイトより]
2011/06/15(水)(artscape編集部)
八束はじめ『メタボリズム・ネクサス』
発行日:2011年4月23日
これは労作である。狙いも明快だ。突然変異ではなく、戦時下からの国家の歴史を背負い、メタボリズムが登場したことを位置づけている。建築論は個人の作品と思想に偏りがちだが、八束はじめは政治家や官僚の関わる都市計画・国土計画という社会的な問題と見事に接合させながら、大きな物語として20世紀半ばの日本建築史を描く。
2011/06/13(月)(五十嵐太郎)
東北大学五十嵐研究室学生編集『ねもは』2号
発行日:2011年6月
文学フリマにあわせて、五十嵐研の学生らによる建築同人誌『ねもは』2号が完成した。完全版ではないとはいえ、300ページ以上のヴォリュームで500円。特集は、建築コンペやプレゼンテーションであり、分厚い資料編は、90年代の『建築思潮』を思い出す。加茂井新蔵の挑発的なアイデア・コンペ/擬似建築論(相変わらず読みにくい)、服部一晃のSANAA人間論、ゼロ年代シーンを歴史的に論じる市川紘司など、20代半ばによる論考を収録している。コンペ有名人のアンケートやインタビューも、20代の新人を強く意識した内容だ。震災によって東北大の研究室が使えず、図書館もろくに入れない状況で、よくこれだけの密度が濃い雑誌を制作できたものだと感心する(筆者の知るかぎり、被災しなかったエリアの建築系同人誌で、これより言説が充実したものは刊行されていない)。
『ねもは』1号からも設計思想が変更・発展し、『エディフィカーレ』を超え、『ラウンド・アバウト・ジャーナル』以来の最大の衝撃だ。これは歴史に残る。建築に閉じているという批判がいかにも出そうだが、社会に惑わされず、まずは建築を考えてよいと思う。
2011/06/11(土)(五十嵐太郎)
ZINE/BOOK GALLERY
会期:2011/05/07~2011/07/15
宝塚メディア図書館[兵庫県]
簡易印刷、簡易製本の手作りアートブックが、いつのまにか「ZINE」と呼ばれるようになり、注目を集めはじめている。「ZINE」を集めて展示したり販売したりするイベントも、いろいろな場所で行なわれるようになってきた。
写真集の図書館や映像・写真のワークショップなどを運営している宝塚メディア図書館で開催された「ZINE/BOOK GALLERY」は、おそらく関西でははじめての本格的な「ZINE」のイベントだろう。募集期間があまりなかったにもかかわらず、個人とグループを含めて96人、231冊が集まったというのは、まずは成功といえそうだ。6月11日には出品者のうち20名余りが集まって、トークイベントが開催された。僕も司会役で参加したのだが、こういう出品者同士の交流の機会が持てたことはとてもよかったのではないかと思う。お互いにどんな「ZINE」をつくっているのか確認できて、いろいろな刺激を受け、今後の制作活動に活かすことができるからだ。
ただ、出版物のレベルという意味では、まだまだという印象だった。パソコンを使ったデザイン・レイアウトが簡単にできるようになり、プリンターの性能が上がったことで、「ZINE」を実際に制作するうえでのハードルはかなり低くなっている。それが安易な垂れ流し的な表現につながっていることは否定できない。また、プライヴェートな日常の断片を無作為に綴っていくような「写真日記」的な造りの「ZINE」があまりにも多すぎるのも気になる。リラックスと緊張感をうまく使い分けて、写真集としてのクオリティを上げていってほしいと思う。
会場に並んでいた「ZINE」のうち、個人的には櫻井龍太の『姉とモモンガ』が面白かった。大阪人らしいサービス精神と語り口のうまさが、軽やかな写真の構成に活かされている。中国出身の劉通の『jin』にも別な意味で注目した。「jin」は「ZINE」ではなく「神、仁、人」のことだという。神話的な原風景を探し求める営みが、震えるような手触り感のあるモノクローム写真に封じ込められている。これら、あまりにも対照的な二つの写真集が、同じテーブルにほぼ隣り合って並んでいるのも、こういうイベントの醍醐味だろう。
2011/06/11(土)(飯沢耕太郎)