artscapeレビュー

書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー

『建築雑誌2010年4月号 特集〈郊外〉でくくるな』

発行所:日本建築学会

発行日:2010年4月20日

従来の郊外論を問い直そうとする意欲的な特集。中谷礼仁編集長による新体制の建築雑誌における特集号である。本号の担当委員は、東京電機大学の伊藤俊介氏と首都大学東京の饗庭伸氏。郊外は都市外縁部として、一律に無個性で均質な空間とまとめられる傾向があるが、実際にはもっと多様であり、そこに向かい合おうというのが本号の主旨である。饗庭氏によれば、世界を理解する三つの方法「帰納法」「演繹法」「類推法」のうち、帰納法では郊外が画一的だと結論づけられる傾向があることに対して、演繹法と一部類推法でアプローチしたのだという。特に興味深かったのは、大野秀敏氏(建築家)、福川裕一氏(都市計画)、藻谷浩介氏(地域エコノミスト)による鼎談であり、郊外には歴史性や多様性があり(あるいはこれから生まれる可能性があり)、それを読み込むべきという大野氏、藻谷氏に対し、都市計画を専門とする福川氏は、郊外はやはり均質だと真っ向から対立し、中心市街地の重要性を指摘する。つまり、まさに本特集号の是非が多角的に捉えられた対談となっている。その他、「理想」や「夢」から「虚構」と「幸福」へ、「故郷」から「地元」へという、用語の変化から「郊外」を考える重松清氏と若林幹夫氏の対談、車を長い廊下として郊外全体がつながっている空間の仕組みを「インドア郊外」と定義しつつ、郊外における場所性や差異を見出していこうとする岩佐明彦氏の論考も興味深かった。この特集であれば「湾岸」に関しては、どこかで触れても良いのではないかと思った。

2010/05/10(月)(松田達)

彦坂尚嘉+五十嵐太郎+新堀学『空想 皇居美術館』

発行所:朝日新聞出版

発行日:2010年5月30日

美術館・美術批評家の彦坂尚嘉が約10年前から提案していた「皇居美術館空想」の書籍化である。彦坂尚嘉、五十嵐太郎、新堀学の3人が著者であるが、辛酸なめ子、藤森照信、暮沢剛巳らによる寄稿もあり、シンポジウムや座談会では、政治学者の御厨貴、原武史、政治活動家の鈴木邦男、社会学者の宮台真司が加わるなど、執筆陣も豪華だ。筆者は直接彦坂氏から皇居美術館の話はよく聞いていたが、あらためて本書を読むと、特にシンポジウムと座談会の記録は圧巻であり、まさに「皇居」とは、さまざまな分野の人たちが議論を繰り広げることのできる巨大な「敷地」であったことを実感する。馬鹿げた提案ではなく、シンポジウムでは過去の天皇制に関する議論、歴史、また皇居の空間史などを追っているが、提案の不自然さはまったく見えてこない。むしろこれだけ議論を誘発する優れた提案だといえるのではないか。もちろん本になるまで構想から10年もかかっており、出版できたこと自体が快挙だと言えるだろう。タブーに触れるのではないかと、こわごわと眺めている人がいれば、手にとって読んでみるとまったくその印象が変わる本であろう。

2010/05/10(月)(松田達)

『都市計画』(都市計画学会誌)284号

発行所:日本都市計画学会

発行日:2010年4月25日

特集は「1960年代の都市計画 再考」。都市計画学会誌の中でも、特に印象的な号である。執筆陣も、青山やすし、蓑原敬、平良敬一らをはじめ、錚々たるメンバーである。編集担当の武田重昭、佐藤宏亮らは、現在われわれが直面している都市状況の原点として1960年代をあげ、線引きや容積制度が定まり、オリンピックなどの大規模イベントに伴って都市基盤の整備もなされたこの時代の再考を促す。初田香成は、川上秀光の論考他を参考に都市再開発を再考し、木下光は、浅田孝の1950年代と1960年代の活動などから、浅田のもっていた都市像をまとめ、平良敬一は、編集者の視点から1960年代の都市計画について語るなど、いずれも「熱い」内容である。日本の都市計画を大きく再考する布石となるような特集だと感じた。
ところで、この読み応えのある号を読みつつさらに貪欲に思ったのは、半世紀前の1960年代からさらに半世紀遡った1910年代についても、いずれぜひ特集してほしいと感じたことである。旧都市計画法の制定された1919年とその周辺の出来事を同様にクローズアップできると、現在の日本の都市を定めている大きな土台と前提にいきつくのではないかと思った。

2010/04/30(金)(松田達)

青木茂『建築再生へ』

発行所:建築資料研究社

発行日:2010年3月1日

精力的にリファイン建築をつくる青木茂の新刊である。今回は、田川後藤寺サクラ園やルミナスコート壱番館など、具体的な事例をもとに、行政対応、計画、施工などのポイント、そしてクライアントの声を紹介しており、実践的な手引書をめざしたものだ。むろん、リファン建築は、まさにケース・バイ・ケースであり、一般的なマニュアル化は難しいだろう。が、それゆえ、各プロジェクトからさまざまなドラマも読みとれて興味深い。

2010/04/30(金)(五十嵐太郎)

日刊建設通信新聞社(編)『復刻 建築夜話 日本近代建築の記憶』

発行所:日刊建設通信新聞社

発行日:2010年3月

貴重な本である。これは1960年代から70年に日本短波放送にて放送した建築家、歴史家、構造家らの対談シリーズを収録したものだ。現在、筆者も建築系ラジオという自主的なメディアを展開していることもあって、音声によるオーラルヒストリーの重要性とおもしろさを感じているだけに、本書の試みがいかに重要なのかがよくわかる。丹下健三、アントニン・レーモンド、村野藤吾、内藤多仲、藤島亥治郎らに対し、若い作家や彫刻家らが聞き役となり、建築についての想いが率直に語られる。やはり、ここには書き言葉とは違う、生々しい言葉がある。公式な歴史に記録されないような、ささいなエピソードもおもしろい。もっとも、これは専門家同士の難しい対談でもない。相手が建築の専門でない場合、さらにわかりやすい言葉が選ばれている。欲を言えば、音声データが入ったCDを付けるか、一部だけでもウェブから聴けるようになっていれば、もっと良かったのだが。

2010/04/30(金)(五十嵐太郎)