artscapeレビュー
デザインに関するレビュー/プレビュー
田名網敬一の観光 Keiichi Tanaami Great Journey
会期:2019/07/05~2019/08/21
ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]
幼少期の頃に見た原風景や体験した原体験が、クリエイションの原点になっているというクリエイターは案外多い。グラフィックデザイナーでありアーティストである田名網敬一もそのひとりだ。
私は数年前に田名網にインタビューをしたことがあるのだが、そのときに聞いた話がとても強烈でいまでも忘れられない。太平洋戦争中のある晩、空襲警報が鳴り響き、幼かった田名網は家族とともに防空壕へ避難した。庭の防空壕の側には大きな水槽があり、そこに金魚が泳いでいた。空からはアメリカ空軍による焼夷弾がどんどん降ってくる。そのときに照明弾が水槽に当たり、強い光の中で金魚の鱗がピカピカ、キラキラと輝いた。その様子を「火の海に浮かぶ金魚」と田名網は形容し、幼すぎたゆえに、恐怖よりもワクワクとした興奮を覚えたと話す。この原体験が、大人になった後にアメリカで触れた1960〜1970年代のサイケデリック・ムーブメントとひとつにつながった。奇怪で色鮮やかな田名網の作品はサイケデリックと評されることが多く、それゆえに熱烈なファンも多いが、田名網にとってのサイケデリックの原点は幼児期の戦争体験にあるのだ。
すでに80歳を超えた年齢でありながら、いまもなお精力的に創作活動を続ける田名網の展覧会が開かれている。新作プリント作品のほか、立体作品、アニメーション、食器のデザイン、書籍や雑誌の装丁など、幅広いジャンルにわたり、田名網は独特の世界を表現し続ける。そこに見られるモチーフはアメリカンコミックから引用された爆撃機や爆弾、金魚、鶏、ミッキーマウス、ロボット、橋などさまざまで、一見、混濁した印象を受ける。しかしどれも自身の記憶や夢が元になった曼荼羅図のようなものだという。そう、戦争体験すらも明るいポップな作品へと昇華されるのだ。いま、世の中のありとあらゆるものが清潔で端正なものが良しとされ、それに慣れきってしまった。そんな時代だからこそ、暴力的なまでに心がかきむしられる田名網の作品は、ときには良い刺激になるのではないかと思う。
公式サイト:http://www.dnp.co.jp/CGI/gallery/schedule/detail.cgi?l=1&t=1&seq=00000739
2019/07/05(杉江あこ)
LOEWE FOUNDATION CRAFT PRIZE
会期:2019/06/26~2019/07/22
草月会館[東京都]
先日、取材したパリのサロン(展示・商談会)「レベラション」でブースを構え告知していたのが、この「LOEWE FOUNDATION CRAFT PRIZE(ロエベ ファンデーション クラフト プライズ)」だった。レベラションと同じく、同プライズでも核とするのがクラフトの進化である。ロエベ財団ではこれを「モダンクラフト」や「コンテンポラリークラフト」と称しているが、レベラションが提唱する「ファインクラフト」とおそらく同義だろう。工芸作家が素材を重んじ、卓越した技術で、芸術的価値を生み出す。いま、こうしたムーブメントが世界中で起きていることを改めて感じた。
同プライズは2016年にロエベ財団が立ち上げたもので、今年で3回目を迎える。100以上の国から工芸作家やアーティストの応募があり、2500点を超える作品が集まった結果、ファイナリスト29人の作品が選出され、展覧会として発表された。会期前日には29人のなかから大賞1人と特別賞2人が選ばれ、盛大なセレモニーも行なわれた。そして大賞と特別賞の各1人がいずれも日本人だったことが話題にもなった。
大賞を受賞した石原源太の作品《Surface Tactility #11》(2018)は、伝統的な乾漆技法でつくられた有機的な物体である。デコボコとした形状は、スーパーマーケットで売られている網に入ったオレンジの塊がモチーフとなったそうだ。しかしその身近なモチーフとは相反して、何層にも塗り重ねられ、艶やかに磨かれた漆は不思議な魅力を湛え、見る者を惹きつける。このように「伝統を進化させ、革新的であること」、また「芸術的な指針を示していること」が応募作品の要件であり、評価の対象なのだ。日本には優れた伝統工芸がたくさんあるが、伝統だけでは同プライズの評価の対象にならないのである。
同プライズでもうひとつ注目したのは、11人の審査委員のうち唯一の日本人がプロダクトデザイナーの深澤直人だったことだ。知ってのとおり、現在、日本民藝館館長でもある深澤が世界の最先端クラフトに関わっていたことは興味深い。かつて民藝運動が「用の美」を提唱したとおり、工芸はあくまで生活道具を生み出すための手段だった。そこに美しさや愛おしさを偶然見出されたのが民藝であったわけだ。しかしその後、機械による大量生産が主流となり、工芸はいわば時代に取り残され、ローテクに甘んじることになった。次第に淘汰されていった工芸が、現代になり、最後の生き残りのために踏み入れた領域が実はアートだったのではないか。工芸には手仕事ゆえの温もりや丁寧さがある一方、人間の手でしか成し遂げられない大胆さや情熱を込めることもできる。工芸とアートは案外近しく、相性のいい分野なのかもしれない。
公式サイト:http://craftprize.loewe.com/ja/home
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REVELATIONS|杉江あこ(2019年06月01日号artscapeレビュー)
2019/06/25(杉江あこ)
大日本タイポ組合展 文ッ字─いつもの文字もちょッと違ッて見えるかも─
会期:2019/04/20~2019/06/30
町田市民文学館ことばらんど[東京都]
大日本タイポ組合は、1993年の結成以来、非常にユニークな活動を続けてきた2人組のタイポグラフィユニットである。1990年代半ばからちょうどパソコンが普及し始め、一般の人々の間にもタイポグラフィに関する認識が広まった時代背景が、彼らの活動をさらに後押ししたように思う。そんな彼らの集大成ともいえる展覧会が開かれた。その展覧会名からしてユニークだ。チラシを見るとわかるが、「文ッ字」を縦書きにすると、「文学」という文字が浮かび上がる。会場が町田市民文学館ことばらんどということから、「文字」と「文学」との字形の共通点を探り、命名した展覧会名なのだ。
このように大日本タイポ組合の手にかかると、平仮名や片仮名、漢字、数字、アルファベットの垣根を越えて、元の文字がいったん解体され、新たな文字が再構築される。その手腕たるや、お見事としか言いようがない。そもそも平仮名や片仮名、漢字、数字、アルファベットとさまざまな文字を扱う日本語自体、外国語と比べると非常に特殊である。その特殊性ゆえに、彼らのような自由な発想が生まれるのだろう。
例えば新元号が発表された4月1日、使命感にかられ、ほかの仕事もそっちのけで約5時間かけて仕上げたという、一見「令和」と読める作品。目を凝らして見ると、文字のところどころが分割されていて、少しだけ不自然な箇所が見て取れる。さらによく観察すると、こう読める。「ヘイセイオツカレ」と。時間はかかるが、なぜ読めるのかというと、上から下へ、左から右へと、漢字の書き順に沿って新たな文字が配列されているからだ。彼ら曰く、どんな文字をつくるにあたっても、このルールは最低限守るようにしているのだという。本展ではほかに、片仮名を新たな漢字のように組み立てた印章文字、滑らかな平仮名の線を生かして動物たちを描いた絵本、アルファベットを解体して同義の漢字と動物の線画へと展開した作品、「米寿」などに倣い、漢字を数字に分解することで各年齢に相応しい「寿」を考案した作品など、ありとあらゆる手法による文字作品が展示されていた。
もともと、日本語の文字の起源は誰もが知るように、象形文字として生まれた漢字から平仮名がつくられ、片仮名がつくられた。そう考えると、何かの形から新たな文字を生み出すことは、実は理にかなった行為とも言える。本展を観た後には、街にあふれるいろいろなものが文字に変換されて見えるというマジックにかかった。
公式サイト:https://dainippon.type.org/mojji/
2019/06/21(杉江あこ)
所蔵作品展 デザインの(居)場所
会期:2019/05/21~2019/06/30
東京国立近代美術館工芸館[東京都]
デザインという概念の誕生には、18世紀後半から19世紀前半にかけてイギリスで起こった産業革命が大きく影響している。ウィリアム・モリスは職人の手仕事が失われていく状況を嘆き、大量生産に異を唱えた人物として知られるが、一方、同国で活躍したクリストファー・ドレッサーは大量生産を受け入れ、機械生産のための専門知識を学んだ最初のインダストリアルデザイナーだった。さらに19世紀末から20世紀初めにかけてフランスから世界に広がり流行したアール・ヌーヴォーやアール・デコといった装飾美術、20世紀前半にドイツで開校したバウハウスが推し進めた合理主義に基づく製品の規格化など、世界のデザイン史を大きく振り返るところから本展は始まる。そのなかでデザインがどう関わり、デザイナーがどのような理念を掲げたのかを紹介していく。
例えば合板を曲げる技術を利用して椅子を設計したチャールズ&レイ・イームズ。日本の素材と伝統技術を生かした家具を生み出し、ジャパニーズモダンを提唱した剣持勇。彫刻を通じて、芸術と人々と社会との間の橋渡しをしようとしたイサム・ノグチ。グラフィックデザインを学んだ後、新しい友禅のあり方を探求した森口邦彦。家具、日用品、ポスター、テキスタイル、陶磁器、ジュエリーなどさまざまな分野を横断して、その時代に活躍したデザイナーの象徴的な作品を取り上げる。
結局、いつの時代もデザイナーは挑戦してきた。本展のメッセージはそういうことではないか。そもそも産業革命が起こる以前、工芸しかなかった時代にはデザインという概念が希薄で、工業化が進んだことでインダストリアルデザイナーの存在が明確となり必要となった。しかしデザインという概念がいったん確立されると、工芸にも工業にも、デザインの力は多かれ少なかれ必要であることがわかってくる。いまの日本のものづくりを見ても然り。工芸事業者とデザイナーが組み、モダンクラフトやプロダクトを生み出す例は枚挙にいとまがない。本展は工芸館ゆえに主に工芸にスポットを当てた内容だったが、極論を言えば、日常生活のありとあらゆるものにデザインが介在する。「デザインの(居)場所はどこ?」という命題に対し、「すべて!」と答えられる人は果たしてどのくらいいるだろうか。
公式サイト:https://www.momat.go.jp/cg/exhibition/wheredesign2019/
2019/06/08(杉江あこ)
JAGDA新人賞展2019 赤沼夏希・岡崎智弘・小林一毅
会期:2019/05/28~2019/06/29
クリエイションギャラリーG8[東京都]
今年もJAGDA新人賞展の季節がやってきた。同賞には毎年、3人前後の受賞者が選ばれるが、受賞者のキャリアは大半が決まっている。大手広告代理店か大手メーカー、もしくは有名デザイン事務所に所属しているか出身者である。いずれも広告の世界で敏腕を振るってきた実績が受賞につながる場合が多いのだ。しかしたまに例外もいる。今年の受賞者のひとり、岡崎智弘(1981年生まれ)もそうではないか。39歳以下という対象年齢もギリギリなうえ、岡崎は広告よりも、映像制作や展覧会の空間構成などで独特のセンスを発揮し、注目されてきたデザイナーだからだ。今年の受賞者に岡崎の名前が入っていたこと自体、正直、とても驚いた。逆に言えば、彼が受賞することで、JAGDA新人賞の懐の深さを見たような気もした。
岡崎の作品は、2018年の個展のポスターや出品作品、空間構成、映像「イメージの観測所」、また博物館・放送局の企画展(「デザインあ」展)の出品作品「概念のへや じかん」、同グッズ「しめじの解散!」などである。まさにNHK Eテレの子ども番組「デザインあ」での「解散!」をはじめとする映像制作こそ、岡崎の真骨頂と言えるだろう。これは身の周りのものの部品や要素をバラバラに分解し、それらを体系的に並べ、ものの成り立ちを観察する映像だ。コマ撮りによる緻密な作業にはただただ脱帽するばかりだが、何しろ映像がユニークなので、本人がもっとも楽しんでつくっていることが伝わる。そこが岡崎の作品の魅力であり、本展ではかなり異彩を放っていた。
ほかの受賞者は博報堂に所属する赤沼夏希(1990年生まれ)、資生堂に所属したのち、独立した小林一毅(1992年生まれ)である。赤沼が手がけた美濃吉食品「みやこの鯖寿し」のロゴや一連のポスターは潔く、爽やかで、古色蒼然となりがちな老舗料理店のイメージを覆す、好感の持てるグラフィックデザインだった。一方、資生堂で商品広告やパッケージデザインを手がけてきた経験を持つ小林は、本展では個展のポスターや自主制作作品を中心に出品しており、イラストレーションによる大胆なアイコンが印象的だった。来年はどんな若手デザイナーが選ばれるのだろう。また良い意味での裏切りを期待したい。
公式サイト:http://rcc.recruit.co.jp/g8/exhibition/201905/201905.html
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「イメージの観測所」岡崎智弘展|杉江あこ(2018年09月01日号artscapeレビュー)
企画展「デザインあ展 in TOKYO」|杉江あこ(2018年09月01日号artscapeレビュー)
2019/06/08(杉江あこ)