artscapeレビュー

デザインに関するレビュー/プレビュー

フレンチ・デザイン展「NO TASTE FOR BAD TASTE スタルク、ブルレック…」

会期:2019/03/15~2019/03/31

21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3[東京都]

先日、パリに駐在する日本人からこんな話を聞いた。彼は多くのフランス人と接するなかで、フランス人のなかに「アール・ド・ヴィーヴル」という思想があることに気づいたと言う。直訳すれば「暮らしの芸術」「日常に息づく芸術」ということだが、彼はこれを「心の琴線に触れる素晴らしいものを暮らしに取り入れること」と意訳してとらえていた。フランス人はそうしたものへの欲求が強く、暮らしに積極的に取り入れて人生を楽しみたいと考えるのだと言う。本展でもこの言葉が最初に登場し、腑に落ちた。

本展はVIA(フランス創作家具振興会)が主催する世界巡回展である。国際的に活躍するデザイナーや建築家、シェフら40人のクリエイターにより結成されたシンクタンクが、「フレンチ・デザイン」を定義する10のキーコンセプトを導き出し、これらを象徴する家具などのプロダクトを選出。会場ではテントに愛らしいイラストレーションが描かれた各ブースで、それぞれのキーコンセプトとプロダクトとが展示されていた。

東京展で紹介されたのは、10のうち5つのキーコンセプトである。それらは「ラグジュアリーの香るエレガンス」「持続可能な革新性」「大胆さ」「サヴォアフェール(職人技)」そして「アール・ド・ヴィーヴル」である。実際に観てみると、キーコンセプトとそのプロダクトとが「なるほど」と結びつくものもあれば、「そうなの?」と思うようなものもあったが、総じていずれのプロダクトもこれらのキーコンセプトに当てはまるような印象を受けた。


展示風景 21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3
[photo : Ryoichi Suzuki]


やはりフレンチ・デザインは独特の魅力を持っている。誤解を恐れずに言えば、それは型にはまらないということではないか。「伝統」や「品格」といったキーコンセプトも10のうちに入っているので、もちろん破天荒や羽目を外すということではないのだが、結局は「心の琴線に触れる」ことをもっとも大切にし、生きるうえでの信条としているのではないか。タイトルの「NO TASTE FOR BAD TASTE」とは、「悪趣味のセンスはない」。フランス人の飽くなき芸術への追求と、それを世界に知らしめようとするアピール力を思い知った展覧会であった。


展示風景 21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3
[photo : Ryoichi Suzuki]


公式サイト:https://www.lefrenchdesign.org/

2019/03/23(土)(杉江あこ)

国立西洋美術館開館60周年記念 ル・コルビュジエ 絵画から建築へ──ピュリスムの時代

会期:2019/02/19~2019/05/19

国立西洋美術館 本館[東京都]

日本で唯一のル・コルビュジエの建築作品である国立西洋美術館で、ル・コルビュジエの展覧会が開催されるとあらば、これほど話題性に富んだ話はない。しかも同館は「ル・コルビュジエの建築作品──近代建築運動への顕著な貢献」の1資産として、2016年にユネスコ世界文化遺産に登録されたばかりである。いったいどんな展示内容になるのかと思えば、焦点を当てたのは、ル・コルビュジエの“原点”だった。ル・コルビュジエが建築家として本格的に活動を始める前、絵画を通して「ピュリスム(純粋主義)」の運動を推進した頃から、代表作「サヴォワ邸」を設計した頃までの10年間に焦点を当てたのである。


1918年末のパリで、ル・コルビュジエは画家のアメデ・オザンファンとともに冊子『キュビスム以後』を発行し、ピュリスムを宣言する。当時、パリの美術界で注目を浴びていたキュビスムを批判し、新しい芸術論を展開するのだが、幾何学を用いて構成する手法はキュビスムとよく似ていて、その違いについて解説されているものの、いまひとつピンとこない……。と思っていたら、最終的にル・コルビュジエはキュビスムを認めて、積極的に紹介する立場へと変わっていくため、やや肩透かしを食らってしまった。それでも平面図と立面図を合体させた独特の構成や、黄金比を用いた計算し尽くされた構成などは、ル・コルビュジエらしく、その後に建築家として開花していく予感をすでにはらんでいた。

個人的には、ル・コルビュジエの絵画にとても好感を持った。正直、ル・コルビュジエが描いた絵画を何作もじっくりと鑑賞したのは初めてのことかもしれない。まさに絵画からル・コルビュジエの思想の変遷を垣間見ることができ、これはこれで大変興味深かった。その多くが静物の抽象画である。瓶やグラス、ランタン、ギター、本などの日用品が抽象化され、それらが規則的に配置され、制御された色と色とが重なり合い、複雑に見えるようで秩序立った世界として描かれている。何と言うか、心地が良いのだ。誤解を恐れずに言えば、アンビエントミュージックならぬ、アンビエントアートのような存在に感じた。空間を構成するように絵画を構成すると、このような世界が生まれるのか。複製画でいいので、叶うなら、わが家のリビングにも掛けたいと思った。


公式サイト:https://www.lecorbusier2019.jp

2019/02/24(杉江あこ)

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ラリック・エレガンス 宝飾とガラスのモダニティ ─ユニマットコレクション─

会期:2019/02/24~2019/04/21

練馬区立美術館[東京都]

デザインには大きく二つの役割がある。ひとつは問題解決、もうひとつは意味形成や価値創造である。フランスのジュエリー作家でガラス工芸家のルネ・ラリックは、後者の役割でガラス工芸界に多大な功績を残した人物だ。1900年のパリ万国博覧会で注目を浴びたラリックは、アール・ヌーヴォーのジュエリー作家として成功を収めたにもかかわらず、時代の潮目を読み、その後、ガラス工芸家へと転向する。日用品のデザインに精力的に取り組むようになったきっかけは、香水瓶だった。折良く、フランソワ・コティという香水商から香水瓶の大量注文を受けたのである。それまで香水瓶といえば、無機質な薬瓶のような形態をしていた。20世紀初頭に新しく登場したデパートの売り場で、広く中産階級の婦人に香水を手に取ってもらうためには、もっと魅力的なパッケージでなければならないとコティは気づく。それがどんなに良い香りの香水であっても、視覚的に見せることができないからだ。当時、人気絶頂だったラリックが生み出す優美な世界観は、香水のイメージをふくらませるのに最適だとコティは判断した。

これを機に、ラリックは工場を設立し、ガラスの大量生産に取り組むようになる。繊細なガラス工芸でありながら、大量生産の製造方法を確立したことが、ラリックの偉業である。主に型吹きとプレス成型で、さまざまなガラス素材と仕上げ方法を駆使し、どんな造形をもつくった。香水瓶をはじめ、花瓶、ランプ、手鏡、灰皿、グラス、印章、インク壺、果てにはカーマスコットと、あらゆる日用品を手がけたのである。ラリックはデザイン(装飾美術)で、無味乾燥な日用品の価値を高めることに貢献した。しかも超高価な美術工芸品ではなく、比較的安価な量産品でそれを可能にしたのである。これこそ、デザインの力だ。それにしても、いま見ても魅力的なガラス工芸が多く、思わずうっとりと眺めていたくなった。



香水瓶《アンブル・アンティーク》コティ社(1910)
透明ガラス、型吹き成形、栓はプレス成形、サチネ、パチネ


常夜灯《日本のリンゴの木》(1920)
透明ガラス、型吹き成形、装飾板はプレス成形、サチネ/ベークライト製照明台付

公式サイト:https://neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=201810241540347937

2019/02/24(杉江あこ)

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イメージコレクター・杉浦非水展

会期:2019/02/09〜2019/04/07、2019/04/10〜2019/05/26

東京国立近代美術館 本館2階ギャラリー4[東京都]

「デザイン」を日本語に訳すことは難しい。あえて言うなら、図案、意匠、設計などの言葉が当てはまるか。明治、大正、昭和初期に生きた杉浦非水は、日本にまだデザインという言葉と概念がない時代に活躍したグラフィックデザインの先駆者だ。まさに図案家として、三越呉服店のポスターやPR誌の表紙をはじめ、さまざまな企業のポスターや装丁の仕事に携わった。本展はその杉浦の膨大な作品群を紹介する展覧会である。

杉浦の作品の魅力は、当時の時代背景を反映した和洋折衷的なモダンさであろう。非常に明快で親しみやすいのだ。もともと、東京美術学校(現・東京藝術大学)で日本画を学んだという経歴ゆえか、まるで竹久夢二の美人画を思わせる柔和でハイセンスな女性像がよく登場している。また、杉浦が影響を受けたのではないかと言われる、アール・ヌーヴォー様式もときどき取り入れているのがわかる。さらに大胆でユニークな構図は、フランスのポスター画家のカッサンドルやサヴィニャックの作品を彷彿とさせることもある。そんなふうに作品を観ながら、杉浦を何かに紐付かせようとあれこれと頭を巡らせるが、結局、杉浦が長けていたのは編集力だったのではないかと思い至る。

本展のタイトルでも杉浦を「イメージコレクター」と称しているように、杉浦は海外の新聞や雑誌、美術書などをコレクションし、また独自にスクラップブックを作成して、それらを大事な資料にしていたという。日本のグラフィックデザイン黎明期において、当然、デザイン専門書は身近になく、ましてやDTPは遥か遠い未来のことである。自ら積極的に資料となりそうなものを探し求めるほかはない。例えばスクラップブックには海外の新聞や雑誌から切り抜いたと思われるさまざまな書体の見本、つまりタイポグラフィー一覧があり、その涙ぐましい努力には感銘を受けた。一方で、動植物の端正な写生を「眼の記録」として残しており、外から内からさまざまな要素を自らに取り込んでいたことがわかる。インプットし、アウトプットする。この二つの行為の間に必要な咀嚼に非凡な才能を発揮したからこそ、杉浦は優れた作品を生み出すことができたのではないか。その点からしてもデザインの先駆者だったと言える。

杉浦非水《三越呉服店 春の新柄陳列会》(1914)

杉浦非水《カルピス》(1926)

杉浦非水《ヤマサ醤油》(1920頃)

公式サイト:http://www.momat.go.jp/am/exhibition/imagecollector2019/

2019/02/10(杉江あこ)

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抜け殻 松本泉展(NAU21世紀美術連立展 個展ブース)

会期:2019/02/06~2019/02/17

国立新美術館 展示室1A[東京都]

昆虫がこれほど美しいとは思わなかった。正直、私は昆虫が苦手だ。そんな私でさえ魅了されてしまうのが、松本泉の写真である。もともと、松本は資生堂のインハウスデザイナーとして長らく商品パッケージデザインに携わってきた人物だ。例えば、誰もが知るパッケージデザインのひとつに日焼け止め商品「アネッサ」がある。あの太陽のロゴマークを描いたのが松本だ。そして資生堂を退職後、始めたのが昆虫写真だった。聞けば、松本は子どもの頃から「昆虫博士」と呼ばれるほどの昆虫好きで、当時もフィルム一眼レフでの撮影や、細密画を描くことに夢中になっていたという。しかし資生堂入社後はその昆虫好きをいったん封印し、退社後に再び、昆虫への情熱を開花させた。

化粧品と昆虫、一見、何のつながりもないように思える。しかし松本の解釈では、どちらもパッケージデザインなのだ。化粧品は当然のことながら、昆虫も「生命のパッケージデザイン」であると松本は言う。なぜなら、昆虫は身体の外側を硬い殻で覆われた外骨格の生物であるからだ。生きるために進化したその造形や色彩の多様さに、パッケージデザイナーとして強く惹かれるのだと言う。これまで松本は数々の個展を開き、昆虫の美しさを発表してきた。それはカナブンやタマムシ、カミキリムシなどを主に黒背景の中で印象的に映した写真で、体表が緑や赤紫、茶、玉虫色などにギラリと光る様子に、思わず息をハッと飲んでしまうものばかりだった。しかし、それは単に昆虫に興味のない者が知らなかっただけで、昆虫をよく観察すれば、この色彩は見えたはずなのだ。いったいどうやって撮影しているのかを松本に尋ねると、自ら庭や公園などで昆虫を生きたまま捕まえてきて、自室のスタジオに放ち、昆虫が大人しくなるのを待つのだと言う。昆虫がじっと止まった瞬間にシャッターをたくさん切り、なるべく人間の目に近いピントとなるよう、何枚もの写真を重ねて1枚をつくり上げる。そこに何か特別なライティングや色彩調整をしているわけではないと言う。つまり松本は昆虫が本来持つ色彩を伝えているだけなのだった。

本展では趣向ががらりと変わり、松本がテーマに選んだのは昆虫の抜け殻だった。はかない半透明の色彩に抑えられた分、今度は昆虫の造形が際立って見える写真であった。ついさっきまで生きていた生命の形跡がある。脱皮の瞬間にもだえた形跡が見える。ここでもまた別の側面から昆虫の美しさを見せてくれた。

展示風景 国立新美術館 展示室1A

公式サイト:https://www.izumimatsumoto.com

2019/02/08(杉江あこ)