artscapeレビュー
映像に関するレビュー/プレビュー
ライク・サムワン・イン・ラブ
会期:2012/09/15
ユーロスペース、新宿武蔵野館[東京都]
アッバス・キアロスタミ監督作品。日本を舞台にした物語を、日本人俳優に、日本語で演じさせた。ただ物語とはいうものの、そこはキアロスタミの「物語」。いかにも劇的な物語を起承転結の構造によって展開させる凡百の映画とは対照的に、私たちの中庸な日常をただ切り取り、無作為のまま観客に投げ出したような映画である。無邪気で幼い悪意、束縛する狂気、愛情の押し売り。誰もがどこかで身に覚えのある人生の一場面に直面させ、にもかかわらず教訓めいたメッセージに導くことはなく、たちまち映画を終えてしまうところが、このうえなくおもしろい。この無愛想なまでの潔さは、もはやある種のエンターテイメントであると言ってもいい。その類い稀なる芸風の一方で、おそらく人生とはこんなものなのだろうという諦念を感じさせるところもまた、キアロスタミならではの「物語」なのだろう。
2012/08/21(火)(福住廉)
トータル・リコール
会期:2012/08/10
リメイクされた映画『トータル・リコール』を見る。オリジナルのバーホーベン監督+シュワちゃんの怪演を超えるのは絶対無理という前提だったので、思ったより面白い。しかし、映像技術だけが進化した『トロン』の新作と同様、旧作の当時における衝撃には及ばない。『ブレードランナー』風のオリエンタル都市や未来建築を描く現代の技術は凄いが、これも既存の枠組のなかでの洗練でしかない。また妻との確執がより強調された。
2012/08/18(土)(五十嵐太郎)
アベンジャーズ
会期:2012/08/14
アイアン・マン見たさに映画『アベンジャーズ』を見る。前半の展開はちょっと退屈だったが、結集したアメコミ・ヒーローたちがドンパチとケンカしたり、にぎやかに暴れだす中盤から、それぞれの持ち味が発揮され、盛り上がる。ただ、物語の流れを変えたのはヒーローではなく、彼らのファンであるコールソンが結構重要な役回りになっていた。
2012/08/17(金)(五十嵐太郎)
気狂いピエロの決闘
会期:2012/08/04~2012/08/24
ヒューマントラストシネマ渋谷[東京都]
まったくもって無茶苦茶な映画である。オープニングからラストシーンまで、文字どおり片時も眼を離すことができない。笑い、泣き、恐怖を感じる、人間の五感を強制的にフル稼働させるような映画だ。その暴力性がなんとも心地良い。
物語の骨格は、ひとりの女をめぐって、ピエロとクラウンが争うという、いたって単純なもの。だが、そこにスペイン内乱という歴史的文脈が接続されることで、物語の厚みが増し、しかしそれとはまったく関係なく、物語が奇想天外な方向に展開していくところがおもしろい。クストリッツァの「アンダーグラウンド」は、政治的な歴史と個人的な歴史を相互関係的に描いたが、アレックス・デ・ラ・イグレシアによる本作はそれらを相対的に自立したものとして描写した。いや、むしろ人間の悲喜劇を描写するために政治的な歴史を素材として扱ったというべきだろう。たくましい想像力によって物語を展開していく点は共通しているが、本作のほうがよりいっそう逸脱している。平たく言えば、狂っているのだ。
だが、この狂気こそ、現在のアートにもっとも欠落しているものではないか。正気の沙汰とは思えないほど現実社会が狂いつつある一方、非現実的な想像力を披露するはずのアートが、おしなべて大人しく落ち着き払っているからだ。この現状は、それこそ倒錯した狂気というべきかもしれないが、現実に追いつかれたアートは、さらにもう一歩前へ踏み出さなければ、アートたりえない。その一歩を記した本作は、近年稀に見る大傑作である。
2012/08/15(水)(福住廉)
ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳
会期:2012/08/04
銀座シネパトス[東京都]
今年で90歳の現役写真家、福島菊次郎のドキュメンタリー映画。いまも東日本大震災の被災地や脱原発デモを撮影している福島に密着しながら、複数回に及ぶインタビューによって福島のこれまでの仕事を振り返る構成だ。広島の被爆者の家庭に何度も何度も立ち入り、原爆症に苦しむ男を克明にとらえた写真にはじまり、三里塚、東大安田講堂、水俣、ウーマン・リブ、自衛隊基地や軍需産業の工場内、上関原発の建設をめぐって揺れている祝島など、福島がカメラとともに歩いてきた軌跡は、日本の戦後史の現場そのものだった。それらを一挙に目の当たりにできる意義は大きい。教科書的な歴史教育では到底望めない、生々しい歴史を知ることかできるからだ。だが、映画のなかの福島を見ていて心に深く焼きつけられるのは、彼独特の佇まいである。小さく薄い身体で柴犬と散歩をし、旧いワープロで原稿を書く福島の姿はたしかに90歳の老人だが、カメラを構えると身体の動きがとたんに機敏になり、集中した表情に一変する。警察官に語りかける口調も穏やかだが、その言葉の内側は断固とした態度で塗り固められているようだ。それは、福島の娘が率直に語っているように、端的に「かっこいい」のである。写真家ならではの佇まいが失われつつあるいま、もっとも見るべき映画である。
2012/08/15(水)(福住廉)