artscapeレビュー

映像に関するレビュー/プレビュー

モバイルハウスのつくりかた

会期:2012/06/30~2012/07/27

ユーロスペースほか[東京都]

本田孝義監督が、坂口恭平の「モバイルハウス」の制作過程を丹念に記録したドキュメンタリー映画。ホームセンターで買い集めた材料で組み立てた極小の住宅と言えば、幕末の探検家、松浦武四郎の「一畳敷」が連想されるが、坂口のモバイルハウスには車輪がついており、駐車場に設置できるという点に大きな特徴がある。法的には「住宅」というより「車両」として取り扱われるため、駐車場代さえ払えば、高い家賃を支払うという呪縛から解放されるというわけだ。人が生きていくうえで必要最低限の空間を自分でつくる楽しさにあふれた映画である。ただ、映画を見通して心に残るのは、坂口の類い稀なカリスマ性というより、むしろ坂口にモバイルハウスのつくりかたを教授する「多摩川のロビンソンクルーソー」の偉大さである。確かな技術と柔軟な発想、そしてはるかに年下の生意気な青年を懇切に指導する忍耐力。このような人物こそ、ほんとうのアーティストと言うべきである。

2012/05/09(水)(福住廉)

Mètis─戦う美術─

会期:2012/04/07~2012/05/20

京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA[京都府]

日常社会や常識などで、これまで当たり前だったはずの常識が大きく揺らいでいる現在、「私たちが生きてゆくために、どうすれば日々の営みを意義あるアクションに変えてゆくことができるのか」をテーマに、6組の作家(伊東宣明、中田有美、佐藤雅晴、高須健市、ヒョンギョン、Weast)が集った。タイトルやテーマからメッセージ色の濃い展覧会を予想したのだが、実態は極めてドキュメント的でパーソナル色の強いものだった。それは、各人が自分なりのやり方を日々実践することでしか世界は変わらないというメッセージなのであろうか。作品では、自分の胸に聴診器を当て、鼓動のリズムに合わせて肉塊を叩き続ける伊東宣明の作品と、内面に蓄積された負のエネルギーを暴発させたようなヒョンギョンの作品に共感。他の作品も見る者の感性に爪を立てるような挑戦的なものが多く、全体として気迫のこもった企画展だった。

2012/04/15(日)(小吹隆文)

The BLACK POWER ブラックパワー・ミックステープ~アメリカの光と影~

会期:2012/04/28~2012/06/08

新宿K’s cinema[東京都]

革命にとって重要なのは「声」である。耳に届く声の質に惹きつけられたからこそ、かつての民衆は革命運動に意欲的に参加したのではないか。黒人解放運動を記録したニュース映像を編集したこの映画を見ると、指導者たちの声の魅力について改めて考えさせられる。
登場するのは、マーチン・ルーサー・キングやマルコムXはもちろん、これまであまり映画で描かれることの少なかったストークリー・カーマイケル、アンジェラ・デイヴィスら、いずれも50~70年代の黒人解放運動の指導者ばかり。時系列に沿いながら運動の展開を小気味よく見せてゆく。政治運動や社会運動のリーダーというと、戦闘的な熱弁のイメージが定着しているが、とりわけ印象的なのは、ストークリー・カーマイケルとアンジェラ・デイヴィスのじつに静かな語り口だ。両者に共通しているのは、「青い炎」ともいうべき押し殺した熱情で、内側の怒りを直情的に表現することを努めて自制しようとしているところに、しなやかでたくましい知性をたしかに感じ取ることができる。この知性は、声だけでコメントを寄せている文化人や知識人の多くが共有しているが、なかでもエリカ・バドゥが歌い上げる声と、アンジェラ・ディヴィスの謳うような演説の声は、その知性が激しく共鳴しながら練り上げられた稀有な例だと思う。
個人的な記憶を振り返ってみても、来日したネルソン・マンデラの声はさほど残っていないが、スチュアート・ホールのそれは強烈に耳に残っている。ホールが語った内容はまったく覚えていない。にもかかわらず、東大安田講堂の内部に響き渡ったバリトン・ボイスのバイブスだけは身体にはっきり刻み込まれているのだ。声が、人を突き動かすのである。

2012/04/10(火)(福住廉)

311

会期:2012/03/03

ユーロスペースほか[東京都ほか]

被災地に出向いた森達也らの映画『311』を見る。完成度の高い作品とは言い難いが、そもそも3.11のドキュメンタリーで成功するとは何なのか? いや面白くてよいのか? という問いを与えることに大きな意味をもつ。これがいわゆる普通の被災地のドキュメントではなく、取材者側自体のドキュメントであることは、放射線量にびくびくしながら行動する、とくに前半の福島エリアのドタバタがよく示していた。逆に後半は普通のドキュメントに近づき過ぎていたかもしれない。

2012/04/08(日)(五十嵐太郎)

すべての僕が沸騰する 村山知義の宇宙

会期:2012/04/07~2012/05/13

京都国立近代美術館[京都府]

ベルリン留学時にダダや構成主義などの新興芸術に強い影響を受け、1923年の帰国後に爆発的な勢いで、絵画、コラージュ、トランスジェンダーなダンスパフォーマンス、建築、デザイン、舞台美術、前衛芸術集団「マヴォ」結成などの活動を展開した村山知義。その圧倒的なエネルギーとインパクトを、初めて本格的に紹介するのが本展だ。1988年に開催された「1920年代日本展」で彼の存在を知ってから20年余、遂にこの機会が訪れたことに感慨を禁じえない。現存作品が少ないため、写真資料が多いなど難点もあるが、展覧会が行われたこと自体に意味があるのだ。本展を機に今後一層研究が進み、彼の真価が鮮明になることを期待する。

2012/04/06(金)(小吹隆文)

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