artscapeレビュー
映像に関するレビュー/プレビュー
預言者
会期:2012/01/21
ヒューマントラストシネマ渋谷[東京都]
近年稀に見るフィルム・ノワールである。ジャック・オーディアール監督が描き出したのは、入獄した若い受刑者の男が刑務所内の社会でなんとか生き延びていくプリズン・ドラマ。孤独から出発しながら組織の底辺に組み込まれ、知恵を働かせながら対立する組織とうまく折衝していき、やがて組織の上へのし上がってゆく。アラブ系主人公のいかにもチンピラ風の顔と身ぶりが断然よいし、人道的な老人に扮した『サラの鍵』から一転して冷酷なコルシカ・マフィアを演じたニエル・アリストリュプの佇まいも味わい深い。閉ざされた刑務所社会の暗鬱とした空気感と、陰惨な暴力描写には言いようのないほどの恐怖を覚えるが、その一方で不可能にしか思えない困難な局面を切り抜けていく鋭い知性とたくましい根性のありようが、とてつもなくすばらしい。人間が生きる技術、すなわちアートが、すべて描き出されているといってもいい。たとえば権力を握るにつれて、主人公は刑務所の内外を往来するようになるが、日本とフランスの制度上のちがいに驚かされることに加えて、ここには人間社会の境界線を超えていく想像力が表現されているように考えられるからだ。刑務所社会に育てられたともいえる主人公にとって、一時的に出向くことができる刑務所の外のシャバは刑務所社会の延長でしかなかったし、そのことは完全に出獄したとしてもおそらく変わらないことは、ラストシーンで象徴的に描かれている。あの名作『ビューティフル』と同じように、画面に特定の死者がはっきりと映り込む設定にしても、この世の人間とあの世の人間の境界を軽やかに乗り越えていく想像力の表われにほかならないし、異民族のあいだを行き来する主人公も、その想像力を身をもって体現していると言えるだろう。そもそも「預言」という才覚ですら、現在と未来の境界線を部分的に溶解する技能として考えられる。この映画から得られるのは、人為的に構成されたありとあらゆる境界線を超越する根源的な想像力のありようである。社会の制度疲労がもはや隠しようがないほど明らかになっているいま、もっとも必要されているのは、このイマジネーションだ。
2012/02/01(水)(福住廉)
試写『世界最古の洞窟壁画3D 忘れられた夢の記憶』
会期:2012/01/27
ブロードメディアスタジオ[東京都]
1994年に南仏で発見されたショーヴェ洞窟の壁画は、約3万2千年前に描かれた世界最古の絵とされている。壁画保護のため入場を制限しているこの洞窟に、初めて3Dカメラによる撮影を許可されたのがヴェルナー・ヘルツォーク監督だ。この映画のおもしろさは、もちろん第一に洞窟壁画を3D映像で体感できること。洞窟壁画には凹凸がある、というより壁の凹凸に沿って描かれているのに、われわれが目にすることができるのは図版だけなので、それを実感できなかった。この映画では、とくに後半に思うぞんぶん絵の立体感(この矛盾に洞窟壁画の秘密がある)を体験することができるのだ。第二のおもしろさは、洞窟に入るのに撮影機材やスタッフの人数まで厳しく制限されたため、とくに前半では洞窟に入って撮影するというみずからの行為自体をドキュメンタリーの対象にせざるをえなかったこと。つまり、メタドキュメンタリーという自己言及的な事態を引き起こしているのだ。そして第三は、これを見る観客がいる暗い映画館内と、映像内の洞窟空間とがひと連なりにつながって感じられるということ。とくに試写室という狭い密室空間ではなおさら自分が洞窟内にいると感じられる。ともあれ、洞窟壁画ファン(少ないだろうけど)には垂涎の映画であることは間違いない。[TOHOシネマズ日劇、TOHOシネマズ六本木ヒルズほかで、3週間限定 春休み特別ロードショー(3/3~)]
2012/01/27(金)(村田真)
ミッション・インポッシブル ゴースト・プロトコル
会期:2011/12/16
ルミエール秋田[秋田県]
トム・クルーズが世界各地で無茶する映画の第4弾。今回も世界一の高さを誇るドバイの超高層ビル「ブルジュ・ハリファ」の外壁をひとりでよじ登ったり、爆破されたクレムリンの残骸に巻き込まれたり、立体駐車場から車ごと飛び降りたり、砂嵐に襲われた街中を視界ゼロのまま闇雲に全力疾走したり、ミッションのためであれば、とにかくむちゃくちゃにやってしまうシーンが満載で、かなり楽しめる。
2012/01/26(木)(福住廉)
無言歌
会期:2011/12/17
ヒューマントラストシネマ有楽町[東京都]
ワン・ビン監督による長編劇映画。文化大革命前の「反右派闘争」時代におけるゴビ砂漠の収容所に送られた人間を描く。手持ちのカメラを多用しているせいか、劇映画であるにもかかわらず、ドキュメンタリー映画のような臨場感があり、乾いた土地を耕す「労働改造」に従事させられる人びとが味わう辛酸がじつに痛々しく伝わってくる。飢えにあえぐあまり、他人の嘔吐物の中から食物をあさり、ついには死人の人肉までも喰らうなど、目を背けたくなる描写も多い。「改造」という不自然な行為が、思想のみならず、人間の根拠までもなぎ倒してしまった悲劇。決して反抗しない家畜のような人間像にこそ、私たちは大きな痛みを覚えるはずだ。
2012/01/25(水)(福住廉)
映画『ドラゴン・タトゥーの女』
会期:2012/02/10
TOHOシネマ梅田ほか[大阪府]
本作は、スウェーデンの作家スティーグ・ラーソン(Stieg Larsson, 1954-2004)のベストセラー小説を、デヴィッド・フィンチャー(David Fincher, 1962- )監督がハリウッドで映画化したものである。あえてハリウッドと言ったのは、2009年に同じ小説を映画化したスウェーデン映画『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』があるからだ。私はラーソンの小説も、スウェーデン版の映画もみていない。フィンチャーの映画を、フィンチャーの映画としてみたかったからだ。原作があったり、リメイクされた映画はどうしても比較されてしまう。小説は小説で、映画は映画だ。比較は無意味なのである(聞いた話では原作と映画の結末が異なるそうだ)。久しぶりのフィンチャー監督の本客サスペンスで、正直、相当期待していた。だが、話の展開が緩く、とくに前半部の背景設定にしまりがない(ダラダラした描写が続く)ため、後半部とのバランスが取れていない感が否めない。ジャンル映画(サスペンス)としての必須要素(緊張感)を失っている。ただ、『セブン』や『ゾディアック』でみられる聖書と連続殺人というテーマ、さらに『セブン』や『ファイト・クラブ』『ゾディアック』『パニック・ルーム』に共通する、見えない相手、潜在的な暴力からくる恐怖を見事に描いているところは、フィンチャーらしく、フィンチャーの映画として見応え十分であった。また映像を映像として楽しみ、工夫をこらす、フィンチャーの変わらない遊び心と真剣さが感じられる。フラッシュバックを使わず、静止画(写真)、つまりイメージによるストーリーテリングは絶妙である。[金相美]
2012/01/15(日)(SYNK)