artscapeレビュー
映像に関するレビュー/プレビュー
ダーレン・アロノフスキー『ブラック・スワン』、周防正行『ダンシング・チャップリン』
会期:2011/05/11、2011/04/16~
たまたま日本では同時期の公開となった二作、「バレエを扱った映画」という以外にも両者には共通点があった。どちらも、前半に本番にいたるまでの出来事、後半に本番が上演されるのである。もちろん違いもある。『ダンシング・チャップリン』は、実在のダンサーたちが実名で登場するドキュメンタリー、故に本番はそのままバレエ作品の映画化であるのに対して、『ブラック・スワン』は純粋なフィクションである。ただし、極端に近い位置から主人公をとらえる『ブラック・スワン』のカメラは、主人公の本番初日までの葛藤に恐ろしいほどリアルに迫っており、対して『ダンシング・チャップリン』では、本番ぎりぎりでダンサーが入れ替わるなど、予想を超えた出来事が起きる。フィクションはバレエリーナの心理を濃密に描き切り、ドキュメンタリーは嘘のような本当の話で観客をバレエが生まれる現場に引き込む。どちらにしても面白いのは、前半の部分が後半の本番を見るための必要不可欠な要素になっているところだ。リハーサルや舞台の外の出来事込みで見せることで舞台作品は舞台単独では出ない力を出すことが可能になる。ただし、その力を有しているのは、舞台芸術というよりは映画というべきだろう。その多くが本番の上演のみならず上演までの顛末を描いた「バックステージもの」であるミュージカル映画はその好例に違いない。どちらの作品もまるでそうした「バックステージ」もののように、バレエの魅力を映画固有の力によって引き出していた。
映画『ブラック・スワン』予告編
映画『ダンシング・チャップリン』予告編
2011/06/25(土)(木村覚)
プレビュー:ヤン&エヴァ シュヴァンクマイエル展
京都文化博物館 別館ホール[京都府]
会期:2011/07/22~08/14(前期)、10/07~10/23(後期)
数々のアニメ映画で知られ、シュルレアリストでもあるヤン・シュヴァンクマイエルと、同じく美術家で、ヤンの映像作品の美術や衣装を手がけていたエヴァ(妻、故人)の展覧会。2部構成になっており、前期では新装版の表紙のために描いた《アリス》や、ヤンが下絵を描き、茨城と京都の彫り師と摺り師が制作した木版画を展示。木版画は、原画、下絵、制作過程が伝わる版木と順序刷りも併せて出品される。後期は、映像作品にまつわる作品群の展示が行なわれる。ほかには、現在制作中のラフカディオ・ハーンの『怪談』のための挿絵や、細江英公が撮影したポートレートの展示も予定されている。
2011/06/20(月)(小吹隆文)
ミツバチの羽音と地球の回転
会期:2011/02/19
ユーロスペース[東京都]
原発の問題に一貫して取り組んでいる鎌仲ひとみ監督によるドキュメンタリー映画。山口県の上関原発計画に反対する祝島の島民たちの暮らしを丁寧に描きながら、脱原発の方針のもと自然エネルギー社会にシフトしつつあるスウェーデンの事例を紹介する展開が小気味よい。反対運動を粘り強く繰り広げる島民に向かって、電力会社は島の貧しい暮らしを原発によって救済してやるという旨の言葉を吐いているが、東日本大震災を経た今となっては、このレトリックは完全に破綻してしまった。それでもなお原発の維持をもくろむ勢力は、脱原発の運動に「代替案を示せ」と迫るが、具体的な代替案はこの映画に凝縮して描かれている。世話をしてやるという顔をしながら近づいてくる怪しいやつには、思い切って「大きなお世話だ」と言ってやろう。
2011/06/15(水)(福住廉)
キッズ・オールライト
会期:2011/04/29
TOHOシネマズシャンテ[東京都]
レズビアンのカップルが同じ男性から精子提供を受けてそれぞれ出産、その息子と娘の4人で構成された家族の物語。設定からして複雑きわまるが、ここにドナーの男性が介入してくることによって、家族が分解するほどの亀裂が生じ、さらに問題が込み入ってくる。ところが、この映画がおもしろいのは、深刻で複雑な問題を抱えながらも、ユーモアによって軽く脱力させるポイントを随所に忍ばせているところだ。つい欲望に負けてしまう哀しい性や悪気もなく口の悪い言葉を吐く無邪気な感性。特殊な人間性というより、身に覚えのある心理だからこそ、観客は笑い飛ばすことができる。あえて物語の緊張を解きほぐすような仕掛けを用意しているところに、核家族の狂気をただ深刻に描くことに終始しがちな日本の家族映画とは異なる素地を見たような気がした。
2011/06/14(火)(福住廉)
プレビュー:田中さんはラジオ体操をしない
会期:2011/07/02
新宿K’s cinema[東京都]
会社から強制された始業前のラジオ体操を拒否して解雇されて以来、会社の正門前で抗議活動を続けている田中哲朗さんに密着したドキュメンタリー映画。監督はマリー・デロフスキー。「抗議」というと、悲壮感が漂う深刻な表現形式を連想しがちだが、田中さんのそれはギターを演奏しながら歌を唄ったり、その正門前の電柱に自ら主宰する音楽教室の広告を掲示するなど、ユーモアのなかに若干の皮肉を込めた闘い方が小気味よい。親子の問題や株主総会における闘争など疑問に思う点がなくはなかったが、田中さんが闘っている集団的な同調主義が企業社会のみならず日本社会の全体にはびこる鵺(ぬえ)であることを思えば、これを考察の対象としてはっきりと映像化した意義は大きい。7月2日より新宿K’s cinemaほかで公開。
2011/06/03(金)(福住廉)