artscapeレビュー

その他のジャンルに関するレビュー/プレビュー

『残照~フランス・芸術家の家~』

新宿バルト9[東京都]

会期:2010/02/08、2010/02/11
小橋亜希子監督によるドキュメンタリー作品。「NHK-BSドキュメンタリー・コレクション」というテレビ放送の番組を映画館で公開する企画のひとつとして上映された。舞台は、フランスのパリ近郊。アーティストのための老人ホームで暮らす、年老いたアーティストたちの心情を、カメラは丁寧に浮き彫りにしてゆく。18世紀の貴族の邸宅を改装したこの施設では、ピアニストや彫刻家、画家、アニメーター、グラフィックデザイナーたちが創作活動に勤しみながら共同生活を送っている。彼らは、いずれも年老いたアーティストという点では共通しているが、その心の奥底はじつにさまざま。過去の栄光を頼りにして死を望んだり、子どもや孫にないがしろにされて深く傷ついたり、作品が売れたことに狂喜乱舞したり、新たなパートナーとともに暮らそうとして施設を出ようと画策したり、「アーティスト」というカテゴリーには到底収まり切らない、愛や欲望、悲哀といった人間の基本的な心模様が画面から溢れ出ている。たしかに特別な技能を持っているという意味でいえば、彼らは依然として超人的な「アーティスト」なのだろう。けれども、身体機能の衰えとともに隠せなくなったその技能の綻びが、彼らの世俗的で人間的な部分をよりいっそう際立たせていたのも事実である(くたびれた爺さんたちに恋心を寄せる老婦人たちの眼には、文字どおり星が入っている!)。この映像作品が教えているのは、いまも昔も、芸術はつねに世俗的な人間の営みのなかから生まれてきたのであり、美術と日常を峻別することじたいがきわめて不自然であるということだ。だとすれば、美術と福祉、あるいは美術館と老人ホームを区別する境界線そのものが、制度的に作られたものにすぎないのであり、つまりは正当な根拠に乏しいということが明らかになる。この芸術的な老人ホームは、もしかしたら日本の美術館にとっての未来像を先取りしているのかもしれない。

2010/02/08(月)(福住廉)

聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝

会期:2010/01/23~2010/03/31

大阪歴史博物館[大阪府]

チベット仏教の仏像、仏具、経典を中心に、ポタラ宮を飾った調度、楽器、さらには伝統医学の資料まで、123件が紹介された(うち36件は日本の国宝に当たる国家一級文物)。筆者はチベット仏教の知識を持たないが、そのエキゾチックな造形にはたちまち魅了された。特に仏像のポーズは妖艶で、ヒンドゥー教の流れを汲む見知らぬ仏様や、男神と女神が重なり合った交合仏など、インパクトの強いものばかりだ。全体的に質が高く、非常に楽しめる展覧会だった。ただ一点、記者発表時に不可解な出来事があった。民族衣装をまとったチベット人男女の学芸員と、スーツ姿の中国人学芸員が出席していたのだが、何故か彼らが一言も発しないのだ。ひょっとしたら中国人学芸員はお目付け役で、チベット人学芸員を威圧していたのだろうのか。これはあくまで筆者の邪推に過ぎないが、そう思わせるぐらい彼らの無言は不自然だった。

2010/01/22(金)(小吹隆文)

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ドゥシャン・カーライの超絶絵本とブラチスラヴァの作家たち

会期:2009/11/21~2010/01/11

板橋区立美術館[東京都]

スロヴァキアの絵本作家、ドゥシャン・カーライの展覧会。《不思議の国アリス》や《アンデルセン童話集》などをモチーフとした原画、油彩画などおよそ250点と、カーライの影響を受けた絵本作家による挿絵の原画50点あまりが展示された。「超絶」というほどの超人的なテクニックが駆使されているようには見えなかったが、それでも絵の構図や色彩のセンスはたしかに唸るものがある。

2010/01/10(日)(福住廉)

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Google Wave

実はまだ十分理解出きていないのであるが、せっかくわりと早い段階で招待状を頂いたので、現段階での理解を書いておきたい。使ってみたのは2009年秋以降に10万人に招待されたというプレビュー版であり、今後内容が変わっていく可能性はいくらでもあるだろうことをまず断っておきたい。基本的にはメールを進化させた新しいコミュニケーションツールであり、「未来の電子メール」と位置づけられるらしい。メールとチャットという、同期/非同期のコミュニケーションが共存し、また画像、動画、さまざまなガジェットなどを、任意の複数人で共有できる。Gmail+Google トーク+Googleドキュメントの一部を足しあわせたようなツールだと言えるだろう。使ってみた第一印象は、よく言われているように確かに複雑で分かりにくい感じはある。会話の構造がツリー上に展開していき、参加者がどこでも編集可能であるので、話の展開が見えにくい可能性はある。目的と使用方法が分からないと、多くの人は戸惑いを覚えるかもしれない。しかし、現在までに発展してきた多様なコミュニケーションシステムが統合される可能性に期待したい。リアルタイムのコミュニケーションは確かにそのとおりで、一文字書くと、未確定の変換候補すら相手に見えるくらいである。各種のガジェットでさまざまな拡張ができ、まだ入手できないが、Rosyという40ヶ国語の翻訳ガジェットは、例えば英語で書いたテキストをリアルタイムでフランス語に翻訳できる。言語を気にせずチャットが出来る環境が近づいているともいえよう。Google Waveの可能性は、まだ今ひとつつかみきれていないが、誰と、何を、いつ共有してコミュニケーションやコラボレーションをするかという選択肢が、ごくごく自然に思ったとおりにできるようになるのではないかと思っている。

URL:http://wave.google.com/

2009/12/29(火)(松田達)

井上雄彦 最後のマンガ展 重版〈大阪版〉

会期:2010/01/02~2010/03/14

サントリーミュージアム[天保山][大阪府]

2008年に東京で開催され大反響を巻き起こした展覧会なので、何を今さらという気もするが、恥ずかしながら当方は初見なので感想を記しておく。まず、絵が上手い。ペン画はもちろんだが、大作の墨絵は圧巻と言う他なし。週刊誌の連載で超多忙なはずなのに、いつの間に墨と筆の扱いをマスターしたのだろう。仕事を遂行するうえで必然的に身についたのだろうか。立体漫画であり巨大紙芝居、映画的な感覚も兼ね備え、インスタレーションでもある本展。過去の原稿を並べたこれまでの漫画展とはまったくレベルの違う代物だということは間違いない。

画像クレジット:©I.T.PLANNING

2009/12/20(日)(小吹隆文)

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