artscapeレビュー
その他のジャンルに関するレビュー/プレビュー
TRACK──西野達《ホテル ゲント》ほか
会期:2012/05/12~2012/09/16
シタデル公園周辺、ゲント大学周辺、旧市街中心部、トルハウス、マチャリハウス、ガスメーター・サイト[ベルギー・ゲント]
ゲントへ。駅を出て振り返ると、時計塔が仮設構築物で囲まれ、宿泊可能なホテルになっている。これはTRACKの最大の目玉になっている、西野達の作品だ。彼らしく、都市でもっとも目立つランドマークを巧みに使っている。TRACKは、1カ所だけを会場としたマニフェスト9とは対照的に、街なか展開のアートプロジェクトだ。ほかにも集合住宅のユニットを縮小コピーした家をツリーハウスにしたり、教会内部に作品を設置したり、歴史のある空き家を不気味な空間に変えるマーク・マンダースのインスタレーションなど、さまざまな作品がある。現在は公園内の駅舎を再利用したS.M.A.Kが拠点になっているが、箱が先にあって街なか展開ではなく、むしろ順番が逆だという。
写真:上・中=西野達《ホテル ゲント》、下=ベンジャミン・ヴァードンクによるツリーハウス
2012/06/01(金)(五十嵐太郎)
縄文人展
会期:2012/04/24~2012/07/01
国立科学博物館 日本館1階企画展示室[東京都]
国立科学博物館で開催された「縄文人展」は、なかなか興味深い「写真展」だ。近年、1万5千年前から一万年以上も続いた縄文時代を、日本文化の最古層を形成する時期として捉えるという見方が強まってきている。縄文期の暮らしや文化への関心の高まりを受け、若海貝塚人(茨城県出土の男性)と有珠モシリ人(北海道出土の女性)の、二体の発掘人骨の展示を中心に構成されたのが本展である。
展示全体のインスタレーションを担当したのは、グラフィック・デザイナーの佐藤卓、そして写真撮影は上田義彦である。この二人の関与によって、30数点の写真パネルによる、すっきりとした会場構成が実現した。上田はこのところ、東京大学総合研究博物館のコレクションを撮影したシリーズを、展覧会や写真集のかたちでさかんに発表しており、今回の作品もその延長線上にある。黒バック、あるいは白バックの画面のほぼ中央に被写体を置き、注意深いライティング、ボケの効果を活かしたフォーカシングで撮影するスタイルは、すでに完成の域に達している。「縄文人」の骨の撮影においても、広告の仕事で鍛えた完璧なテクニックを駆使することで、被写体の細部がクリアーに、写真特有の映像的な魅力をともなって定着されているといえる。
ただ、その会場構成にしても、写真の見え方にしても、あまりにもすっきりと整い過ぎているのではないかという思いも残った。被写体となった骨のなかには、頭骨に損傷が見られたり、おそらく通過儀礼によるものと思われる抜歯の痕が残っていたりするものもある。骨から浮かび上がってくる、「縄文人」の生活の厳しさ、生々しさを、もう少し強めに打ち出していってもよかったのではないだろうか。
2012/05/23(水)(飯沢耕太郎)
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト ドン・ジョヴァンニ
新国立劇場[東京都]
会期:2012/04/19,22,24,27,29
筆者が芸術監督を務める、あいちトリエンナーレ2013のオペラ『蝶々夫人』の演出をお願いしている田尾下哲(東京大学の建築出身)が、アサガロフ演出『ドン・ジョヴァンニ』の再演の演出を担当している。ここでは物語の舞台をヴェネチアに設定し、やはり建築的なセットを楽しめる(ヴェネチアだと、二幕の森や墓はなさそうだが、言うまでもなく、オペラの舞台とは、そうしたリアル描写が目的ではない)。粗筋だけをたどると、希代のプレイボーイが地獄に堕ちるというベタな勧善懲悪にも見えるが、モーツァルトの音楽とメインキャストたちの歌と演技によって、別の意味や奥行きが与えられるのが『ドン・ジョヴァンニ』の面白いところ。長い歴史があるだけに、パフォーミング・アーツとして完成されている。終演後、バックステージツアーに参加することができた。オーケストラ・ピットの解説を聞いたり、国内で最大級の四面舞台の上を歩くのはもちろん、いま見たばかりのステージ・セットを間近に見学できるのは、なんとも贅沢な体験である。熱心にさまざまなエピソードや苦労話を伝える舞台監督の斉藤美穂の解説も、とてもおもしろいものだった。
2012/04/22(日)(五十嵐太郎)
小島瑛由 初個展「風神雷神ズ漫画」
会期:2012/04/17~2012/04/29
アートライフみつはし[京都府]
京都精華大学出身のストーリーマンガ家が、マンガ屏風というジャンルを開拓。風神と雷神の伝承をもとにした作品を発表した。展示室の左右には四曲一隻の屏風があり、正面には二曲一双の屏風を配置。左右からそれぞれ風神と雷神の物語が巨大なコマ割漫画として描かれ、正面の二曲一双の屏風で両者が相まみえる。吹き出しはなく絵だけで物語を表現しているが、古典的題材なので老若男女問わず親しむことができる。また、オタク臭が希薄なのも門戸を広げるうえで有効だろう。屏風の造作が雑なのが惜しかったが、そこさえクリアすればアートとマンガをつなぐユニークな表現として彼の代名詞になるだろう。
2012/04/17(火)(小吹隆文)
都市から郊外へ──1930年代の東京
会期:2012/02/11~2012/04/08
世田谷文学館[東京都]
昨年の大規模な計画停電は記憶に新しい。繁華街のまばゆい照明はいっせいに落とされ、代わって静寂と暗闇が街を支配した。数多くの画廊が集まる銀座も、このときばかりは人気もまばらだったが、暗がりのなかに広がる街並みは逆に新鮮で、モボ・モガたちが闊歩した銀座とは、もしかしたらこのような陰影に富んだ街だったのではないかと思えてならなかった。
本展は、1930年代の東京を、美術・文学・映画・写真・版画・音楽・住宅・広告から浮き彫りにしたもの。絵画や彫刻、写真、レコード、ポスターなど約300点の作品や資料をていねいに見ていくと、鉄道網の拡充とともに郊外を広げていった都市の増殖力を目の当たりすることができる。現在の東京の輪郭は、このときほぼ整えられたのだ。
例えば、伊勢丹新宿店。1923年の関東大震災後、伊勢丹は神田から新宿に本店を移すが、これは郊外への人口移動により交通拠点としての新宿が急成長していたことに由来しているという。いまも現存するゴシック風の店舗は、外縁を押し広げる都市のダイナミズムのなかで生まれた建築だったのだ。
建築にかぎらず、当時の新しい文化や芸術は「モダニズム」として知られている。企画者が言うように、これが関東大震災の復興と連動としていたとすれば、本展は東日本大震災の復興から新たな美学が生まれる可能性を暗示していたとも考えられる。その名称や内実はいまのところわからない。ただ、それがすべてを明るく照らし出そうとする下品な思想ではないことだけはたしかだろう。暗がりのある銀座を美しいと見る感性を頼りにすれば、その思想をていねいに育むことができるのではないか。
2012/04/06(金)(福住廉)