artscapeレビュー
写真に関するレビュー/プレビュー
長町文聖「White Album」
会期:2015/01/16~2015/01/18
photographers’ gallery[東京都]
長町文聖は東京綜合写真専門学校写真芸術第二学科を卒業した1995年頃から、4×5インチ、さらに8×10インチサイズの大判カメラで、カラー写真の路上スナップを撮影しはじめた。それらを大きく引き伸ばして展示する個展を、東京都内のギャラリーや韓国・ソウルなどで開催し、注目を集めたのだが、2003年の個展「CUT-on white-」(東京・再春館ギャラリー)以来、活動を休止していた。今回のphotographers’ galleryでの展覧会は、実に11年ぶりということになる。
5点の展示作品は、以前とほとんど変わりないように見える。だが、仔細に見ると、以前は路上を行き交う人々のうちの誰かを、中心的な被写体として選択して画面に配置していたのだが、その所在がやや不明確になってきている。また、大判カメラ特有の被写界深度の浅さによるボケの効果を、積極的に取り込もうとしているのがわかる。作品によっては、手前ではなく後ろの人物にピントが合っていることがあるのだ。もう一つの大きな違いは、新宿や渋谷などで撮影していたのが、長町のホームタウンである東京都町田市が舞台になっていることだ。町田は都会とも地方都市ともつかない、中途半端な雰囲気の街であり、そのことが彼の路上スナップのあり方(人と環境との関係)に、微妙な、だが重要な変化をもたらしつつあることが予想できる。今回の展示はまだ中間報告というべきであり、数も少ないので、今後町田を撮りつづけることで、面白いシリーズに成長していくのではないだろうか。
2015/01/18(日)(飯沢耕太郎)
日本の写真史を飾った写真家の「私の1枚」
会期:2015/01/10~2015/02/11
伊丹市立美術館[兵庫県]
富士フイルム株式会社が創業80周年を記念して立ち上げた「フジフイルム・フォトコレクション」。これは、幕末から20世紀(=デジタル化以前)に至る日本を代表する写真家101名の「この1点」という代表作を集めた銀塩写真の作品群だ。幕末のベアト、上野彦馬、下岡蓮杖に始まり、木村伊兵衛、土門拳、細江英公、森山大道、篠山紀信、荒木経惟……と巨匠の作品がズラリと並ぶ様は圧巻。文字通りのオールスター展覧会だった。巨匠の数ある代表作から1点だけを選ぶのは難しく、なかには「なぜこの人の1点がこの作品なのだろう」と思うこともあったが、それを言っても仕方ない。本展を見て、改めて日本の写真文化と写真産業の豊かさを実感した。
写真:植田正治《パパとママとコドモたち》(1949)
2015/01/18(日)(小吹隆文)
マルク・リブー「Alaska」
会期:2015/01/16~2015/02/15
シャネル・ネクサス・ホール[東京都]
のちに写真家グループ、マグナムの会長をつとめることになるマルク・リブー(1923年、フランス・リヨン生まれ)は、1950年代には旅から旅への移動の日々を送っていた。1955~56年にかけては、中東、アフガニスタンを経てインドに滞在、56年には以後40年以上にわたって撮影することになる中国を初めて訪れる。そして1958年には、『パリ・マッチ』誌の特派員として、ジャーナリストのクリスチャン・ベルジョノーとともに、アラスカ・フェアバンクスからメキシコ・アカプルコへと北米の太平洋岸を2ヶ月にわたって自動車で南下する旅に出た。
今回、東京・銀座のシャネル・ネクサス・ホールで展示されたのは、その長期撮影旅行の最初の時期に訪れたアラスカで撮影された51点である。それらの写真には、零下20度を下回るアラスカの大地にはじめて足跡を記したことと、これからいよいよ新たな写真のプロジェクトをスタートするのだという気持ちが混じり合った高揚感が、はっきりと刻みつけられているように感じる。同世代のロバート・フランクなどとも共通する、弾むような勢いがあるスナップショットなのだが、同時にリブーはマグナムに所属するフォト・ジャーナリストらしく、冷静な眼差しで、近代文明に呑み込まれつつあるエスキモーの人たちの姿も捉えている。そこには映画館、コーヒーショップ、「1時間の会話代4ドルでホステスと夜を過ごすことが出来るバー」などができていて、荒廃と悲哀の気配が色濃く漂いはじめているのだ。「視ることの情熱」とともに、被写体からやや距離を取って観察し、的確に画面におさめていくリブーの写真のスタイルが、既にしっかりと確立されているのがわかる。
この「Alaska」のシリーズは、『パリ・マッチ』誌に一部掲載された後、リブーの主要な写真集にも収録されることなく、長く忘れ去られていた。本展に限らず、このところ1950年譜代のフォト・ジャーナリストの仕事を再評価する機運が高まりつつあるのはとてもいいことだと思う。
2015/01/17(土)(飯沢耕太郎)
神藏美子『たまきはる』
発行所:リトルモア
発行日:2015年2月8日
まさに「私小説/私写真」。神藏美子の前作『たまもの』(筑摩書房、2002年)は現在の夫「末井さん」と前夫の「坪ちゃん」との不思議な「三角関係」を描ききった作品だが、それから12年かけてようやく続編というべき『たまきはる』が刊行された。それだけの時間を費やしたということは、神藏が「私小説/私写真」の魔物に魅入られてしまったということだろうか。「あとがき」によれば「『たまきはる』に向かうことが、苦しくて苦しくて、逃れられない牢獄のように感じて、何年も過ごしていた」ということだが、「私」と向き合うことは、その毒を全身に浴び続けることでもあるのが、写真からもテキストからも伝わってきた。
とはいえ、『たまきはる』は「読ませる」写真集としてしっかりとでき上がっていた。何よりも夫・末井昭をはじめとして、両親、イエスの方舟の千石剛賢、作家の田中小実昌、アートディレクターの野田凪、ロックバンド、銀杏BOYZの「ミネタくん」、障害者プロレスの「がっちゃん」といった、生と死の間を漂う登場人物たちの悲哀と輝きが、決して押し付けがましくなく描かれている。特に、学生時代に撮影したという寺山修司のポートレートは驚きだった。「こんな写真を撮らせていたのか」というショックがある。写真も文章も、時間軸を無視して行きつ戻りつするのだが、そこにむしろ生活と経験に裏打ちされたリアリティがあるように感じた。あと何年かかるのかはわからないが、ぜひ撮り続け、書き続けて次作をまとめてほしいものだ。
なお、写真集にあわせてNADiff Galleryで「たまきはる──父の死」展が開催された(2014年12月12日~2015年1月30日)。こちらは、映画の録音技師だった父親の死の前後の写真を中心に構成している。
2015/01/15(木)(飯沢耕太郎)
守田衣利写真展「Close your eyes, make a wish.」
会期:2015/01/14~2015/01/27
銀座ニコンサロン[東京都]
守田衣利はフェリス女学院大学卒業後、アメリカ・ニューヨークのICP(International Center of Photography)で写真を学んだ。1998年に第7回キヤノン写真新世紀で優秀賞(ホンマタカシ選)を受賞し、2005年には写真集『ホームドラマ』(新風舎)を刊行している。現在はカリフォルニア州サンディエゴに在住しており、渡米して19年になるそうだが、今回銀座ニコンサロンで展示された「Close your eyes, make a wish.」には、その経験の蓄積がしっかりと形をとっているように感じた。
守田は2000年にアメリカ人と結婚し、2005年に娘が生まれる。その間に一家はハワイ・マウイ島、東京、熊本、上海、サンタモニカと移動し、守田自身は流産や死産を経験した。今回のシリーズはその間に家族、友人、親戚らにカメラを向けたもので、基本的には前作『ホームドラマ』の延長上にある。中判デジタルカメラの緻密な描写力と画像の情報量の多さを活かした40点の作品を眺めていると、何気なく過ぎ去っていく日々の営みに、小さな、だが取り返しのつかない無数の「ドラマ」が埋め込まれていることに気がつく。しかもそれらは、みるみるうちに色褪せ、消え失せてしまうので、写真で記録しておく以外には保ち続けるのがむずかしいものだ。守田の写真撮影の行為が、そんな記憶を大切にキープしておくために、あたかも毎日の祈りのように続けられていることがよく伝わってきた。
これらの写真をベースにしながら、守田はサンディエゴ周辺の中流家庭の子供たちを、夢と現実の間に宙づりになっているような感触で捉えた『In This Beautiful Bubble』シリーズの撮影も続けている。会場に置いてあったポートフォリオ・ブックを見ると、こちらもほぼ完成しつつあるようだ。写真家として、充実した仕事を次々に発表していく時期にさしかかっているということだろう。
2015/01/14(水)(飯沢耕太郎)