artscapeレビュー
写真に関するレビュー/プレビュー
御苗場 横浜2015
会期:2015/02/12~2015/02/15
パシフィコ横浜[神奈川県]
総入場者数6万5千人を超えるという日本最大のカメラ・写真の総合イベント「CP+2015」。ほとんどは撮影、プリントの機材のブースなのだが、その一角で隔月刊の写真雑誌『ファットフォト』を刊行し、各種の写真講座を企画しているCMSが主催する「御苗場 横浜2015」が開催されていた。
今回で16回目になる「御苗場」は、まだ初心者といっていい撮り手を中心とした写真作品の発表の場であり、料金を払って縦横数メートルのブースを借り、そこに4点以内の作品を展示するというシステムになっている。今回のブースの数は一般用、学生用合わせて300余りであり、会場をびっしりと埋め尽くす様はなかなか壮観だった。CMSを主宰するテラウチマサトをはじめとする6名のレビュアーが選ぶ賞もあり、「自分の未来に苗を植える場所」、「日本最大級の参加型写真展」として順調に成長しつつあるといえるだろう。
2月14日に会場内で開催されたトークイベントに参加したので、展示された写真をざっと見たのだが、たしかに数年前に比べて技術的にも、内容的にも作品のレベルは格段に上がっている。ただ当然ながら、写真家として突出した存在感を発している出品者はいなかった。気になるのは、作品が均質化していることで、たしかに風景、スナップ、ポートレート、私写真、演出写真と表現の幅は広いのだが、心揺さぶるような不穏な空気感を発しているものはほとんどない。気持ちよく目に飛び込んでくる、感じのいい写真ばかりがこれだけ並んでいるのは、どこか不気味でもある。ここでの展示をきっかけにステップアップしていく、その踏み台として利用していってほしいと思うが、「その次」のステージをきちんと準備していくことが、課題となるのではないだろうか。
ウェブサイト:http://www.cpplus.jp/
2015/02/14(土)(飯沢耕太郎)
岸野藍子「輪の内に外にそのものに」
会期:2015/03/09~2015/03/14
ビジュアルアーツギャラリー・東京[東京都]
毎年2月~3月には、いくつかの写真学校の卒業制作を審査・講評している。今年は東京ビジュアルアーツ・写真学科の審査がなかなか面白かった。デジタル化以降、学生の写真が多様化し(以前は学校ごとに同じような作品が並ぶことが多かった)、レベルも格段に上がってきている。今回は特に東京ビジュアルアーツの卒業制作に、熱気を感じさせるいい作品が多かったのだ。そのなかから2作品が優秀賞に選ばれたのだが、そのうちの一人の岸野藍子の個展「輪の内に外にそのものに」が、早稲田のビジュアルアーツギャラリー・東京で開催された(優秀賞のもう1作品は坂本瑠美の「#坂口美月」)。
テーマになっているのは、友人の実家である真言宗のお寺の仏壇である。鉦、燭台、経本などの仏具は、割に見慣れたものだが、まじまじと観察すると独特の存在感、物質感を備えた面白いオブジェであることがわかる。岸野は子供の頃に仏具に「触ってはいけない」と言われたことが、ずっと気にかかっていて、今回あえて「輪の内に」踏み込むことにした。そこにあらわれてきたのは、日常と非日常(彼岸)とを結びつける、宇宙的といっていいような広がりを備えた回路であり、そのことへの驚きが12点の写真パネル、及び母親の針箱を作り替えたという三幅対の箱形の作品で的確に表現されていた。まだ撮影やプリントの技術には甘い所があるが、持ち前の発想力と思考力をうまく発揮していけば、ユニークな作風が育ってくるのではないだろうか。学校から社会に出ると、自分の作品制作に集中する時間が取れなくなることが多いが、何とかうまく乗り切ってほしいものだ。
2015/02/12(木)(飯沢耕太郎)
津田直「NAGA」
会期:2015/02/03~2015/02/22
POST[東京都]
津田直の写真の発表のスタイルが明らかに変わったのは、本展の前作にあたる「SAMELAND」(POST、2014年)からである。それまでは、一点一点の独立性が高い少数の作品を、それぞれ屹立させるように提示していたのだが、「SAMELAND」ではより緩やかな流れの中で、彼自身の旅や移動の移りゆきに即して写真を見せるようになっていった。そのスタイルは、2013年と14年に、ミャンマー北部のインドとの国境に近いザガイン管区に住むナガ族の人々の暮らしと祭礼を撮影した、今回の「NAGA」のシリーズでも踏襲されている。ただ、今回の展示は、書店に併設する展示スペースの大きさの問題もあって、数自体は7点とそれほど多くない。むしろ、73点の作品をおさめて、同時刊行された同名の写真集(limArt刊、デザインは前回と同じく田中義久)の方に、津田の意図がよくあらわれているように感じた。
津田の写真の叙述のスタイルは、人類学者の「フィールドノート」を思わせる所がある。つまり、飛行機とジープを乗り継いでナガ族の村に入り、いつもの旅と同じようにメンター、すなわちよきガイドの役目を果たす人物と出会い、彼の導きによって未知の精神世界の深みへと入り込んでいく、そのプロセスが細やかに、ほぼ時間的な経過を踏まえて辿られているのだ。その「フィールドノート」を、整理、推敲して整えていくのではなく、むしろより「生の」形で提示しようとするのが「SAMELAND」や「NAGA」の試みなのだ。ただ、その試みがうまくいっているかどうかについては、まだもう少し判断を留保したい。むしろ以前の、一枚の写真に視覚的な情報をぎっしりと埋め込んでいくやり方の方が、効果的に思える場合もあるからだ。いずれにしても、さまざまな方法論を模索していく中で、津田の写真の世界は、もう一つスケールの大きなものに脱皮していくのではないだろうか。
2015/02/11(水)(飯沢耕太郎)
倉谷拓朴、ポール・モンドック「黄金町通路 第二期:記録」
会期:2015/02/07~2015/02/22
高架下スタジオSite-Aギャラリー[神奈川県]
かつては性風俗店が並んでいた横浜市中区黄金町の大岡川沿いの一帯は、2006年以降にアートによる街の再生を図って大きく変貌していった。2009年に設立された黄金町エリアマネジメントセンターが展開してきた国内外のアーティストたちが交流するアーティスト・イン・レジデンスの活動「黄金町バザール」も、ようやく地に足が着いたものとなり、3期にわたってその成果を発表する展覧会シリーズ「黄金町通路」が開催された。
2015年1月開催の「第一期:再訪」ではこれまでの参加アーティストを再度招いて彼らの新作を紹介したのだが、今回の「第二期:記録」では二人の写真家の黄金町のドキュメント作品が展示されていた。2011年から黄金町でアートスペースmujikoboを主宰している倉谷拓朴は、地域の住人たちを白バックで撮影したポートレートのシリーズ「White Light」を、フィリピンのアーティスト、ポール・モンドックは、黄金町滞在中に撮影したモノクロームとカラーのスナップショットのシリーズ「Summer Days Come」を発表している。倉谷の大判カメラによる緻密な描写のポートレートと、モンドックの街の気配に寄り添うようにシャッターを切り続けたスナップショットは、まるで対照的な作品だが、両者が合わさることで黄金町という土地の特異な磁場が立ち上がってくるように感じる。互いの作品を、混じりあうように交互に展示していく会場構成も、とてもうまくいっていたのではないだろうか。
2015年3月7日~22日には、黄金町を拠点としてきたアーティストたち、6名(Atsuko Nakamura、岡田裕子、小畑祐也、久保萌菜、関本幸治、吉本直紀)の作品を展示する「第三期:成果」展が開催される。地域密着型のアート・プロジェクトとして新たな展開が期待できそうだ。
2015/02/10(火)(飯沢耕太郎)
ラッセル・スコット・ピーグラー「FROM INDIA」
会期:2015/01/28~2015/02/10
銀座ニコンサロン[東京都]
ラッセル・スコット・ピーグラーは1980年、アメリカ・サウスカロライナ州の生まれ。2003年に来日して、上智大学で日本語を学びつつ、写真作品を発表しはじめた。今回の展示はインド(デリー、ムンバイ、コルカタ、バナラシ、ダージリン)への旅の間に撮影したスナップショット群で、会場の壁を大小の写真で埋め尽くしていた。
人と犬と牛と山羊とが共存するインド各地の路上をさまよいつつ、 広角気味のレンズで被写体に肉薄していく写真のスタイルは、それほど目新しいものではない。いわゆる「インド写真」の典型にぴったりとおさまってしまう。だが、写真の周辺に絵の具で枠を描き、さらにその外側を手書きの文字でびっしりと埋め尽くす見せ方には可能性を感じた。「熱気にむせ返りながら、ガンジス川沿いを歩く。そのにおいはすさまじい。そして命のにおいがしている(原文は英語)」といったテキストは、インドの旅の途中で書かれた手記のようだ。その呪術的な雰囲気を醸し出すカリグラフィと、カオス的な状況のディテールを的確に描写していく写真とが、とてもうまく絡み合っていて、「忘れかけていた人間の根源を感じようとする欲望や、真の意味、本当の目的を見つけることへの渇望」を表現したいという作者の意図がいきいきと伝わってきた。
この手法は、インドだけでなく、他の国々の旅の写真にも適用できるのではないだろうか。日本の写真と日本語のテキストという組み合わせも、ぜひ見てみたいと思った。
2015/02/10(火)(飯沢耕太郎)