artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

小林秀雄「SHIELD」

会期:2014/12/05~2015/01/31

EMON PHOTO GALLERY[東京都]

小林秀雄が1998年に発表した「中断された場所」は印象深いシリーズだった。公園やゴミ捨て場のような日常的な場所を可動式のコンクリートの壁で遮蔽し、地下室を思わせる空間を構築して撮影する。それは「ドキュメンタリーを架空の日常空間に再構築する」という意図を、高度な技術と美意識で実現した作品で、強い印象を与えるものだった。その小林は2000年代に入って活動がやや鈍り、しばらく沈黙を守っていた。今回のEMON PHOTO GALLERYでの個展は、2003年の「trace」(ツァイト・フォト・サロン)以来のひさびさの作品発表になる。
展示されたのは「SHIELD」(2013年)と「Falling Light」(2011年)の2作品。それぞれ「シャッターを開放した状態に保ち、自らフレームの中に入ってコンパスに似た装置を使い、私は光のシールドをゆっくり描いていく」(「SHIELD」)、「水面に水を垂らすように、数千のストロボ発光を長時間露光で8×10フィルムに刻む」(「Falling Light」)というコンセプトで制作されたシリーズだ。小林の徹底したメタフィジカルな思考と完璧な技術を融合させた作品群は、日本人の写真表現の系譜においてはきわめて希少なものであり、もっと高く評価されてよいのではないだろうか。見慣れた風景を「非日常空間に転化」するという果敢な実験の積み上げが今後どんな風に展開していくのか、さらにもう一段の加速があるのかが楽しみになってきた。

2014/12/06(土)(飯沢耕太郎)

辻田美穂子「カーチャへの旅」/藤倉翼「ネオンサイン」

会期:2014/12/05~2015/12/10

AMS写真館[京都府]

2014年8月に第30回東川町国際写真フェスティバルの一環として開催された赤レンガ公開ポートフォリオオーディションの準グランプリ受賞者、辻田美穂子と藤倉翼の展覧会が、京都・二条のAMS写真館で開催された(グランプリ受賞者のエレナ・トゥタッチコワ「林檎が木から落ちるとき、音が生まれる」は既に2014年10月~11月に東京・東銀座のArt Gallery M84で開催)。多彩な傾向の作品が応募されるポートフォリオオーディションの受賞者にふさわしく、まったく対照的な展示になったが、それぞれ受賞時よりもレベルアップした、質の高い作品を見ることができた。
1988年、大阪生まれの辻田は、祖母が第二次世界大戦前から戦後にかけて暮らしていた南樺太の恵須取(エストル)を2010年から6回にわたって訪れ、その記憶をたどり直そうとした。「カーチャ」というのは病院に勤めていた祖母が、ロシア人たちから呼ばれていた名前だという。最初は祖母と一緒に、墓参団の一員として樺太に渡ったのだが、その後は現地に知り合いもでき、一人で行くようになった。そのことで「カーチャへの旅」から「自分にとっての旅」へと、旅のあり方が変わってきた。そのことは作品にも反映されていて、物語的な要素の強かった写真の選択・構成が、1枚1枚のイメージの強さを強調する方向に傾きつつある。まだ着地点がどうなるかは見えていないが、従来のドキュメンタリーの枠にはおさまりきれない作品として成長しつつあるように思える。
一方、1977年、北海道北広島市出身(札幌在住)の藤倉の作品は、札幌、東京、大阪、神戸などの「昭和の匂いがする」ネオンサインを、正面から写しとり、背景をカットして浮かび上がらせたシリーズである。ネオン職人の工芸品を思わせる技巧の冴えとともに、ネオンサインそのものの光のオブジェとしての魅力に、強く魅せられているのだという。今回はあえて和紙にプリントすることで、記号として見過ごされがちなネオンサインの繊細な美しさを強調している。撮影したものの中に、既に撤去されてしまったものも数多くあるということなので、他の都市にも足を運び「日本のネオンサイン」の様式美を、ぜひ集大成して完成させてほしいものだ。

2014/12/05(金)(飯沢耕太郎)

闇の光 吉村朗の軌跡

会期:2014/12/02~2015/12/07

Gallery LE D CO 3F[東京都]

2012年に亡くなった吉村朗の遺作集『Akira Yoshimura Works─吉村朗写真集』(大隅書店)の刊行にあわせて、東京・渋谷のGallery LE D COで作品展が開催された。吉村の部屋に残されたダンボール箱には500~600枚のプリントが残されていたという、それらは「分水嶺」、「闇の呼ぶ声」といったシリーズごとに袋に入れて分類され、他に「Akira YOSHIMURA」と記されたCDがあり、そのプリントは川崎市市民ミュージアムの深川雅文が保管していた。今回の写真展はその中から写真家の湊雅博、山崎弘義、大隅書店の大隅直人らによる「吉村朗写真展実行委員会」が78点を選んで構成したものである。
吉村のプリントは、特に後期になるに従って、白黒のコントラストや独特の手触り感を強調したものになっていく。カラープリントはスキャニングしてプリンターで出力しているが、そこにもかなり手を加えている。彼にとって、自分自身の感情や記憶でバイアスをかけたフィルターを通過させることで、現実世界を変容していくことは、作品作りの上で不可欠のプロセスだったのだろう。そこに解釈や意味付けにおさまりきれない、微妙なノイズが生じてくるわけで、それを味わうのはやはり展示されたプリントに直接向き合うしかない。吉村の写真家としての軌跡を丁寧にフォローする写真集とあわせて、今回の展覧会で、彼の作品をあらためて検証していくための道筋が定められたのではないだろうか。個の記憶と日本の近代史を交錯させようとする吉村の果敢な「実験」が、さらに大きな波紋を呼び起こしていくことを期待したい。

2014/12/04(木)(飯沢耕太郎)

下瀬信雄『結界』

発行所:平凡社

発行日:2014年10月30日

1996年から銀座、新宿、大阪のニコンサロンで7回にわたって展示され、2005年には伊奈信男賞を受賞した下瀬信雄の「結界」のシリーズが、写真集として刊行された。あらためて、日本の自然写真の系譜に新たな領域を切り拓いた、重要な作品であることがはっきり見えてきたのではないかと思う。
下瀬は4×5判のカメラで、しかもモノクロームフィルムで草木や昆虫、小動物などを撮影する。撮影場所はすべて彼が暮らす山口県萩市の周辺であり、少し足を伸ばせば誰でも目にすることができる被写体だ。だが、「画面手前から奥の広がりまでをシャープに写すことができる」大判カメラによって捉えられた眺めは、不思議な驚きを与えてくれるものとなった。そこに人間界と自然との、此岸と彼岸との、さらにいえば日常と神の領域との境界──「結界」がありありと浮かび上がってくるからだ。下瀬は、そのことを写真集のあとがきにあたるテキストで次のように述べている。
「自然と対峙することで、少しずつわかってきたことがあった。よくみれば、地面の落ち葉の雑然とした降り積もり方にも、その間を縫って伸び上がろうとする新芽のすがたにも何かの必然性があり、私が手を加えてはいけない神聖なものの気配がしてきたのだ」(「結界を結ぶ」)
このような認識は、下瀬の仕事が単純に写真を通じて自然を描写するのではなく、その背後に潜む原理を探り出そうとする思想的、哲学的な営みに達しつつあることをよく示している。しかもそれは、かつて「科学者になろう」と考えていたという彼が、長い時間をかけて育て上げてきた博物学的な知識に裏付けられている。巻末の「『結界』被写体と撮影地」という作品リストを見ると、「ヤマハゼ」、「ヒメオドリコソウ」、「ハナニラ」、「ハキリバチ」、「ヤママユガ」、「シロオニタケ」といった植物、昆虫、菌類などの種名が正確に記されていることに気がつく。まさに「科学者」の目と詩人の魂の融合であり、日本の自然写真の源流というべき田淵行男の仕事を継承、発展させたものといえるのではないだろうか。

2014/11/30(日)(飯沢耕太郎)

荒木経惟『道』

発行所:河出書房新社

発行日:2014年10月30日

2014年4月~6月に豊田市美術館で開催された荒木経惟「往生写集──顔・空景・道」で発表された新作「道路」は、心動かされる作品だった。2011年末に転居したマンションのバルコニーから、真下の道路を毎朝撮り続ける。それだけの写真が淡々と並んでいるのだが、背筋が凍るような凄みを感じる。生と死を含む人間界の出来事のすべてが、その縦長の画面にすべて写り込んでいるように感じてしまうのだ。森羅万象を自在に呼び込んでいく、荒木の写真家としての能力がそこに遺憾なく発揮されているといえるだろう。
その「道路」の連作が、写真集として刊行された。『道』には108枚の写真がおさめられている。いうまでもなく「除夜の鐘」の数であり、このところ荒木の作品に色濃くあらわれてきている仏教的な無常観からくるものだろう。ちなみに、彼の実質的なデビュー作である写真集『センチメンタルな旅』(1971年)も108枚の写真で構成されていた。特筆すべきは町口覚によるブックデザインで、最初と最後の2枚以外はほぼ同じ構図の写真がずっと続く縛りの多いシリーズを、「40頁の観音開き」を巧みに使うことで、見事に写真集としてまとめている。「観音開き」で写真の大きさを変えながら、108枚の写真を最後まで見せきっていくのだ。
それにしても、途中に挟み込まれている何枚かのブレた写真が何とも怖い。その瞬間に、霊的な存在がふっと通り過ぎたような気配が漂っている。

2014/11/23(日)(飯沢耕太郎)