artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

津田直+原摩利彦 トライノアシオト─海の波は石となり、丘に眠る

会期:2022/08/27~2022/10/30

太田市美術館・図書館[群馬県]

津田直は、現存する風景を撮影しながらも、その土地の光と風、そこからの出土品などの描写を通じて、「目には見えない」古代世界の様相、そこに生きていた人々の心性などを呼び覚まし、甦らせる仕事を続けてきた。今回の太田市美術館・図書館での展示では、群馬県一帯に1万4千基近く残るという古墳群を中心に撮影し、音楽家、原摩利彦とのコラボレーション作品「トライノアシオト 海の波は石となり、丘に眠る」をまとめている。タイトルのトライ=渡来という言葉は、日本の古墳時代の文化の担い手となったのが、朝鮮半島などからの渡来人だったことに由来する。

展覧会は二部に分かれ、第一室では古墳群の土地の起伏と馬の背中の共通性に着目した写真群が並び、原が作曲した弦楽八重奏曲「Sol」が会場に流れていた。「夜の時間」をテーマにしたという第二室には、津田が玄界灘の沖ノ島で撮影したという金色の輝きを放つ海面の写真がスクリーンに投影され、古墳の石室で一晩録音した「静寂音」のボリュームを上げて、あたかも波の音のように聞こえるサウンドが流れている。両室とも、埴輪や土器の実物を写真の合間に配置し、古代世界の気配、空気感を見事に再現していた。

美術作品に音楽(サウンド)を加えるインスタレーションは、諸刃の剣ではないかと思う。展示の視覚的な効果と聴覚のそれが、うまく噛み合わないことが多いからだ。だが、今回の津田と原のコラボレーションは、作品制作のプロセスにおいて綿密なコミュニケーションをとっていたこともあって、これ以上ないほどうまくいっていた。津田はこれまでも、作品のインスタレーションに並々ならぬ精力を傾けてきたが、本展はその彼の展覧会としても出色の出来栄えといえるのではないだろうか(空間構成=おおうちおさむ)。

展覧会にあわせて刊行されたカタログ(デザイン=須山悠里)も、素晴らしい仕上がりである。写真図版の強弱の付け方、文字のレイアウトに細やかな配慮を感じる。

公式サイト:https://www.artmuseumlibraryota.jp/post_artmuseum/182680.html

2022/10/30(金)(飯沢耕太郎)

artscapeレビュー /relation/e_00062147.json s 10180491

My First Digital Data はじめてのデジタル

会期:2022/10/29~2022/10/30

アーツ千代田 3331 1F[東京都]

メディア・アーティストの藤幡正樹がキュレーションした本展は、かなり画期的な展覧会だと思う。1995年発売のカシオQV-10の登場で、価格が比較的安く、実用的なデジタルカメラを自由に使える時代が到来した。それから四半世紀以上が過ぎ、そうなると、その草創期がどんなだったかは忘れられがちだ。それだけでなく、写真体験の大部分がデジカメで担われている現在、それぞれの撮り手の「はじめてのデジタル」がどのようなものだったかを振り返ることには、新たな歴史的な意味が生じてきている。このような試みはまさに「コロンブスの卵」で、思いつきを形にした藤幡の慧眼はさすがだと思う。

藤幡本人に加えて、沖啓介、久保田晃弘、小池一子、佐藤卓、辛酸なめ子、都築響一、ときたま、中村政人、萩原朔美、古川日出男、松本弦人といった多彩なメンバー、約30人が参加した展示もなかなか見応えがあった。まだ未知のツールだったデジカメをはじめて手にした時の、それぞれの反応が興味深い。藤幡のように、最初からどんなふうに撮り、プリントするのかをきちんと計算しているように見える者もいるが、逆にときたまや古川のように、何も考えずに目の前の光景に反応しているような写真の方が、いま見ると面白い。参加メンバーをもっと増やして、定期的に開催してもよさそうだ。

なお、本展の出品作は仮想通貨「イーサ(ETH)」で販売され、「申込人数が増えると購入価格が下がる」という「サブディビジョン」方式をとる。展覧会の会期終了後も、ウェブサイトで販売は継続される。このような販売・購入のシステム構築も、今後は重要な課題のひとつになっていくだろう。

「My First Digital Data」公式サイト:https://mf22.3331.jp/index.html

2022/10/29(土)(飯沢耕太郎)

笹岡啓子「PARK CITY」

会期:2022/10/22~2022/11/11

photographers’ gallery[東京都]

2001年から開始された笹岡啓子の「PARK CITY」の連作は、主にphotographers’ galleryで発表され、2009年にはインスクリプトから同名の写真集として刊行された。その後も制作、発表を継続しているこのシリーズは、すべて同じ撮り方、見せ方ではなく、そのつど微妙にスタイルを変えながら続いてきている。だが今回の展示ほど大きく変貌したことは、これまでなかったのではないだろうか。

特にカラー写真を重ね合わせてプリント(モンタージュ)した6点組は注目に値する。広島市の平和記念公園を中心に撮影した写真を下地にするという点では以前と変わりないのだが、その現在の光景に、1945年の原爆投下以前に撮影された古い写真を重ねている。それらの写真は、広島平和記念資料館で展示されていたものだという。笹岡は2種類の写真をそのままモンタージュするのではなく、カラー写真の色味を決める三原色(YMC)のうちの一色を抜き、その色で古写真をプリントするという操作を施した。そのことによって、過去の風景と現在の眺めとが、滑らかにではなく、捻れや軋みを生じさせつつ接続することになった。空間的な処理のなかに時間的な要素を入れ込むことで、写真の世界が奥行きと広がりをもつようになってきている。

「PARK CITY」の変貌が、これで止まってしまうわけではないだろう。おそらく発表を続けていくうちに、さらなる展開があるはずだ。だが、今回の展示の飛躍を見ると、より多面的に構築された2冊目の『PARK CITY』の刊行を考えてもよい時期に来ているのではないかと思う。

公式サイト:https://pg-web.net/exhibition/keiko-sasaoka-park-city-3/

2022/10/29(土)(飯沢耕太郎)

高井博「やと の ゆる」

会期:2022/10/18~2022/10/31

ニコンサロン[東京都]

写真という表現媒体は、絵画や彫刻などのほかの美術のジャンルと比較しても、アマチュアとプロの差があまり目立たないのではないだろうか。むしろ、ひとつのテーマに集中して、長期間にわたって自由な表現意欲を発揮し続けることができるということでいえば、アマチュアの方がプロより有利ということもあるかもしれない。1948年、兵庫県出身の高井博も、図書館に勤務しながら写真クラブの会員として活動していた。一時、写真活動を休止していた時期もあったが、2013年にデジタルカメラを購入したのをきっかけにして、ふたたび撮影を再開する。今回のニコンサロンでの個展は、2020年に同会場で開催された個展「じゃぬけ」に続くものだ。

水害による土石流の爪痕を追ったモノクローム作品による「じゃぬけ」と比較すると、今回の「やとのゆる」に写っているのは、より日常的な場面である。高井は2006年から兵庫県丹波市に移住し、野菜栽培を中心とした農業に従事するようになった。本展の出品作では、農地のある谷戸(やと)=里山の日々を、四季を追って細やかに記録している。タイトルの「ゆる」というのは、地元の猟友会の人たちが緩やかに傾斜した土地のことをさし示す時の言葉だというが、高井の写真家としての姿勢にも通じるのではないだろうか。そこに見えてくるのは、自然と人の営みが共生する里山の、取り立てて特別な出来事ではないが、不思議に心に残る場面の集積である。特に昆虫、蛇、イタチなどの小動物が、ときにユーモラスに、ときに厳粛に、日々の暮らしにアクセントを加えているのが印象深かった。まさに普段の生活から滲み出てきた写真群といえるだろう。

公式サイト:https://www.nikon-image.com/activity/exhibition/thegallery/events/2022/20221018_ns.html

2022/10/28(金)(飯沢耕太郎)

野村浩「KUDAN」

会期:2022/10/19~2022/11/20

POETIC SCAPE[東京都]

野村浩は写真作品を中心に発表してきたアーティストだし、会場のPOETIC SCAPEも写真専門のギャラリーである。今回の展示でも、当然写真作品が出品されていると思っていたのだが、大小の油彩画と立体作品だけが並んでいた。もっとも、東京藝術大学で油画を専攻した野村は、これまでも絵画作品を多数制作、発表してきている。『EYES WATERCOLORS』(マッチアンドカンパニー、2008)のように、純粋に絵画だけの作品集もある。今回も、テーマによって表現ジャンルを巧みに使い分けてきた彼の志向を貫いているということだろう。

今回の展示作品のテーマは「件(くだん)」である。頭が牛で体が人間というキメラ状の怪物は、ギリシア神話や中国の伝承に登場してくるだけでなく、内田百閒にも同名の小説がある。どうやら展覧会の会期が迫っていた時期に、急に思いついたモチーフだったようだが、作品を見ているうちに、不気味だがどことなくユーモラスなそのキャラクターは、野村の作品世界の登場人物にふさわしいものに思えてきた。まん丸の「眼玉」は、これまでも野村が固執し続けてきたイメージだが、今回も効果的に使われている。マネの「草上の昼食」やアメリカンコミックなどを巧みに換骨奪胎した作品もあり、野村のこのテーマに対する「ノリ」のよさが観客にも伝わってくる展示になっていた。さて、次は何が出てくるのか。まだしばらくはアイデアが枯渇しそうにもないので、その作品世界の広がりを楽しめそうだ。

公式サイト:http://www.poetic-scape.com/#exhibition

2022/10/27(木)(飯沢耕太郎)