artscapeレビュー

高井博「やと の ゆる」

2022年11月15日号

会期:2022/10/18~2022/10/31

ニコンサロン[東京都]

写真という表現媒体は、絵画や彫刻などのほかの美術のジャンルと比較しても、アマチュアとプロの差があまり目立たないのではないだろうか。むしろ、ひとつのテーマに集中して、長期間にわたって自由な表現意欲を発揮し続けることができるということでいえば、アマチュアの方がプロより有利ということもあるかもしれない。1948年、兵庫県出身の高井博も、図書館に勤務しながら写真クラブの会員として活動していた。一時、写真活動を休止していた時期もあったが、2013年にデジタルカメラを購入したのをきっかけにして、ふたたび撮影を再開する。今回のニコンサロンでの個展は、2020年に同会場で開催された個展「じゃぬけ」に続くものだ。

水害による土石流の爪痕を追ったモノクローム作品による「じゃぬけ」と比較すると、今回の「やとのゆる」に写っているのは、より日常的な場面である。高井は2006年から兵庫県丹波市に移住し、野菜栽培を中心とした農業に従事するようになった。本展の出品作では、農地のある谷戸(やと)=里山の日々を、四季を追って細やかに記録している。タイトルの「ゆる」というのは、地元の猟友会の人たちが緩やかに傾斜した土地のことをさし示す時の言葉だというが、高井の写真家としての姿勢にも通じるのではないだろうか。そこに見えてくるのは、自然と人の営みが共生する里山の、取り立てて特別な出来事ではないが、不思議に心に残る場面の集積である。特に昆虫、蛇、イタチなどの小動物が、ときにユーモラスに、ときに厳粛に、日々の暮らしにアクセントを加えているのが印象深かった。まさに普段の生活から滲み出てきた写真群といえるだろう。

公式サイト:https://www.nikon-image.com/activity/exhibition/thegallery/events/2022/20221018_ns.html

2022/10/28(金)(飯沢耕太郎)

2022年11月15日号の
artscapeレビュー