artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

鷹野隆大「香港・深圳 1988」

会期:2013/11/21~2013/12/21

ツァイト・フォト・サロン[東京都]

小説や詩でも「若書き」の作品というのは独特の存在感を発しているものだ。その作者の後年の作品世界の芽生えが見られることが多いが、逆にまったく異質な手触りを備えている場合もある。鷹野隆大が今回発表した「香港・深圳 1988」も、やはり「若書き」としての面白さが感じられる作品だった。
鷹野は撮影時には25歳。「もはや若いとは言えないものの、当たり前に写真を撮ることを信じていた無邪気な若造」だったという。香港ではまず取り壊しが迫っていた“魔窟”九龍城塞を目指した。首尾よく、かつてその一角に住んでいたという日本語ができる女性と知り合いになり、彼女の案内で“魔窟”の内部も撮影することができた。さらに、当時経済特区として急速に発展していた中国本土の深圳に出向き、市内の縫製工場、アパートなどを撮影した。
今回はそのなかから45点のプリントが展示されている。それらを見ると、鷹野の眼差しがフォト・ジャーナリスト的な物欲しげなものではなく、かといって単なる観光客とも違って、ニュートラルな透明性を保っているのが印象に残った。ことさらな感情移入はないのだが、それでも九龍城塞や深圳の住人たちに寄り添って、彼らの生活の襞々を丁寧に押し広げるようにして撮影しているのだ。このような撮影の経験が、後に彼の代名詞となる男性ヌードを撮影する場面などでも、細やかな気配りとして活かされていったのではないだろうか。彼が、なぜ今頃になってこれらの写真を発表する気になったのかはわからないが、時を経ることで、写真そのものが味わい深く醗酵してきているようにも思える。

2013/11/27(水)(飯沢耕太郎)

ユートピアを求めて ポスターに見るロシア・アヴァンギャルドとソヴィエト・モダニズム

会期:2013/10/26~2013/01/26

神奈川県立近代美術館 葉山[神奈川県]

ファッション・ブランド、BA-TSUのデザイナーの松本瑠樹が蒐集した、1917年のロシア革命から、ソヴィエト連邦が形をとる1930年代に至るポスターよる展覧会である。全体は「I.帝政ロシアの黄昏から十月革命まで」「II.ネップ(新経済政策)とロシア・アヴァンギャルドの映画ポスター」「III.第一次五カ年計画と政治ポスター」の3部に分かれ、約180点の大判ポスターが展示されている。
ワシーリー・カンディンスキー、カジミール・マレーヴィチ、ウラジーミル・マヤコフスキー、アレクサンドル・ロトチェンコなど、綺羅星のように並ぶロシア・アヴァンギャルドの巨人たちの作品は見応えがあるが、なんといっても圧巻なのは「II.ネップ(新経済政策)とロシア・アヴァンギャルドの映画ポスター」のパートに展示されたウラジーミルとゲオールギーのステンベルク兄弟の映画ポスター群だろう。この時期、ソヴィエト政府は大衆宣伝・娯楽としての映画上映に力を入れ、国内で製作された映画だけでなくアメリカ、ヨーロッパの映画も積極的に公開していた。ステンベルク兄弟は、ロシアの民衆芸術に起源を持つ、原色を駆使した独特の色彩感覚と、モンタージュや構成主義的な画面構成のようなアヴァンギャルドの手法を融合させ、生命力あふれる力強い映画ポスターを次々に発表していった。さらに1930年代以降のグスタフ・クルーツィスらの政治ポスターになると、写真を使用する比重がより大きくなり、フォト・モンタージュの可能性が極限近くまで追求されることになる。美と政治との軋轢のなかから花開いていったソヴィエト連邦のグラフィック・デザインと写真を、もう一度新鮮な眼で見直すいい機会となる展示だった。

2013/11/23(土)(飯沢耕太郎)

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ブルース・デビッドソン

会期:2013/11/19~2013/12/21

YUKA TSURUNO GALLERY[東京都]

ブルース・デビッドソンと言えば、われわれの世代には、1966年にアメリカニューヨーク州ロチェスターのジョージ・イーストマンハウス国際写真美術館で開催された「コンテンポラリー・フォトグラファーズ──社会的風景に向かって(Contemporary Photographers─Toward a Social Landscape)
」展の出品作家のひとりという印象が強い。だが、いわゆる「コンポラ写真」の起点となったこの展覧会において、デビッドソンはリー・フリードランダー、ゲイリー・ウィノグランド、ダニー・ライアン、ドウェイン・マイケルズといった他の写真家たちとは異なるポジションに立っていた。彼は『ライフ』のスタッフカメラマンを経て、1959年にはマグナム・フォトスの正会員に選出されており、正統的なフォト・ジャーナリズムを背景として活動していたからだ。
だが、今回YUKA TSURUNO GALLERYで開催された、おそらく日本では初めてと思われるデビッドソンの作品の回顧的な展示を見ると、彼がたとえばロバート・キャパ、W・ユージン・スミスのようなフォト・ジャーナリズムの本流の写真家たちとは完全に一線を画していたことがわかる。1950年代の「ブルックリン・ギャング」も、60年代の「東100番街(East 100th Street)」も個人的な動機によって、集団の「内側から」撮影されたシリーズであり、むしろロバート・フランクやラリー・クラークの写真に近い肌触りなのだ。とはいえ彼の写真には、それらのテーマをアメリカ社会の歴史を常に参照しながら撮り進めていく客観性もたしかに備わっていた。公共性と私性との絶妙なバランスが、デビッドソンの仕事にどっしりとした安定感を与えていることが、今回の個展でよくわかった。ただ残念なことに、16点の展示では彼の作品世界を概観するには無理がある。ジョゼフ・クーデルカ展と同規模の回顧展を、ぜひ実現してほしい写真家のひとりだ。

2013/11/21(木)(飯沢耕太郎)

プレビュー:iTohen開設10周年記念作品展

会期:2013/12/11~2013/12/28

iTohen[大阪府]

大阪市北区のiTohenは、2003年12月に開業したスペースで、書店、ギャラリー、デザインオフィスが融合した形態となっている。扱うジャンルは多様だが、ファインアートとコマーシャルアートの中間領域を積極的に取り上げるのが特徴だ。関西では2000年代の初頭に同様のスペースが数多く誕生したが、月日とともに淘汰された。iTohenはアーティストと観客双方から信任を得た幸福な一例と言える。彼らが、開設10周年を記念した展覧会を開催する。内容は、過去に展覧会を行なった作家たちの小品展だ。画廊の軌跡を振り返りつつ、ギャラリーというシステムの今後を考える場としたい。

2013/11/20(水)(小吹隆文)

プレビュー:MIO PHOTO OSAKA

会期:2013/12/04~2013/12/08

天王寺ミオ本館12階ミオホール、11階ライトガーデン[大阪府]

新たな才能の発掘・発信を目的に、1998年に「ミオ写真奨励賞」として始まった同展。2011年までは公募展だったが、昨年から内容を一新。翌年の個展開催の権利獲得を目的とした公開ポートフォリオレビューと、新進作家の個展を中心とした2本立てのイベントとなった。今回は、東京都写真美術館の笠原美智子と、大阪新美術館建設準備室の菅谷富夫を招いてレビューを開催。個展は、昨年のレビューで選ばれた、谷口正彦、安成珍、横山大介が登場する。

2013/11/20(水)(小吹隆文)