artscapeレビュー
写真に関するレビュー/プレビュー
郷司理恵「SENSO」
会期:2013/09/30~2013/10/08
ポスターハリスギャラリー[東京都]
耽美的なエロティック・アートを得意としているポスターハリスギャラリーにふさわしい展示と言えそうだ。日本での初個展を開催した郷司理恵の写真の主なテーマは花々や果実だが、多種多様なアクセサリーに彩られ、時には羽根や生肉等で象嵌されたその作品世界は一筋縄ではいかない。深紅の花弁は、内蔵やある種の器官のように艶かしくうごめき、果肉ならぬ「花肉」と言えそうな趣を呈している。郷司が本格的に写真作家として活動し始めたのは2003年頃だというから、まだキャリアは長いとは言えない。だが、すでに独特の芳香を放つ領域に踏み込みつつあるのではないかと思う。
今回の展示に並んでいる作品の大部分は小品だが、近作だという大判サイズの作品に、これまでとは違った可能性を感じた。花そのものの官能美に収束していくような、やや求心的な作品群とは異なる、より広がりのある空間へと向かう志向があるように思えたからだ。ゴージャスな色彩と奇妙なフォルムを備えた花々を組み合わせて、オペラの舞台のような雰囲気を醸し出す舞台装置をつくり上げることができるのではないか。
今後さらに試みていってほしいのは、物語(できれば自作の)の要素をより積極的に取り入れた連作である。だが、すでにベルリンでは「卒塔婆小町」に題材をとった作品を発表しているとのことで、心配しなくてもそちらの方向に進んでいくのではないだろうか。
2013/10/02(水)(飯沢耕太郎)
甲斐啓二郎「Shrove Tuesday」
会期:2013/09/24~2013/09/29
甲斐啓二郎は1974年、福岡県生まれ。日本大学理工学部卒業後、東京綜合写真専門学校で写真を学び、2002年に卒業している。
今回、TOTEM POLE PHOTO GALLERYで展示されたのは、イングランド中北部、アッシュボーンで行なわれている、「世界最古のサッカー」といわれる「シュローヴタイド・フットボール」の試合を撮影した写真群だ(新宿ニコンサロンでも9月3日~16日に同シリーズを展示)。謝肉祭の最後の日(Shrove Tuesday)に開催されるこの行事では、村を流れる川の両岸の住人たちが、午後2時から10時まで一個のボールをめぐってぶつかり合い、どこにあるのかもよくわからないゴールを目指す。特別なグラウンドなどはないから、村の道や広場でも、森や川でも、時には住人たちの家の庭までもが、ボールを奪い合い、蹴り合うフィールドになる。教会の敷地以外は、どこに入り込んでもいいというルールなのだそうだ。
甲斐はその試合の状況を記録するにあたって、村人たちの顔つきや身振りを中心に撮影することに徹することにした。肝腎のボールがまったく写っていない写真が並んでいるのはそのためだ。一見トリッキーなこのアプローチが逆に成功して、群衆の湧き立つようなエネルギーの噴出ぶりが、見る者にいきいきと伝わってくる。現代の場面にもかかわらず、どこか神話的な戦いの描写のように見えてくるのが興味深かった。ただ、会場のテキストでは、状況の説明が一切省かれていた。このことについてはやや疑問が残った。350年以上続く「世界最古のサッカー」であることが知識として与えられていたとしても、このシリーズの面白さが減じるわけではないと思う。
2013/09/29(日)(飯沢耕太郎)
牛腸茂雄「こども」
会期:2013/09/24~2013/10/14
MEM[東京都]
牛腸茂雄の没後30年記念企画の第二部として、「こども」展が開催された。白水社刊行の新編集写真集『こども』にあわせて、牛腸の写真集『日々』(1971)、『SELF AND OTHERS』(1977)、そして遺作となった『日本カメラ』(1983年6月号)掲載の「幼年の「時間(とき)」に発表された写真を中心に、彼の「こども」写真25点が展示されている。
大四つのバライタ印画紙(イメージサイズは約15・5×23センチ)に、牛腸の桑沢デザイン研究所時代の同級生、三浦和人氏によって引き伸ばされたプリントは、これまで写真集などで見慣れた写真とは少し印象が違う。白黒のコントラストがやや強まって、写真の細部がくっきりと目に入ってくるようになったのだ。そのことによって、牛腸の写真について常に語られてきた「はかなさ」や「揺らぎ」の印象が薄らぎ、むしろその強靭な構築力が露になってきたと言える。牛腸が写真家として、子どもたちから何を、どのように切り取り、引き出そうとしていたのかが、明確に見えてくるからだ。牛腸の写真は決して甘くも優しくもない。子どもたちに対する彼の姿勢も、どこか容赦ないところがある。もしかすると、子どもたちはモデルとして彼のカメラの前に立つことに、脅えや怖れすら感じていたのではないか。そんなことを、写真を見ながら考えていた。
今回MEMで展示された「見慣れた街の中で」と「こども」の写真は、2013年12月に大阪のThe Third Gallery Ayaに巡回する。だが、むろんこれで牛腸茂雄の写真についての検証が完了するわけではない。誰かまた、彼の写真の不思議な力に突き動かされる者が現われてくるのではないだろうか。
2013/09/28(土)(飯沢耕太郎)
高橋万里子「人形画」
会期:2013/09/24~2013/10/20
KULA PHOTO GALLERY[東京都]
2年半ぶりの個展だという。2011年3~4月、まさに東日本大震災が起こった時期に、高橋万里子はphotographers’ galleryとKULA PHOTO GALLERYで個展「Lonely Sweet/ Night Birds」を開催していた。スイーツの商品見本と鳥の剥製をややブレ気味にクローズアップで撮影した、いかにも高橋らしいミステリアスな雰囲気の作品だったのを覚えている。
今回展示された「人形画」は、それに比べるとかなり大きく変わってきている。被写体になっているのは、彼女の友人がフリーマケットで買い求めてきたというスイス製の民族人形。人形というテーマそのものは、高橋の写真にごく初期から登場してくるのでそれほど意外性はない。変わったのはその手法で、カラーコピーされた人形の写真の周囲はアクリル系の絵の具で黒く塗りつぶされ、顔の部分は色鉛筆で加色され、きのこのような形状の奇妙な帽子や衣服には、ファッション雑誌の一部を切り抜いてコラージュが施されている。しかもそれらの加筆、コラージュは一点だけでなく、ヴァリエーションとして増殖していく。高橋は東京造形大学造形学部デザイン学科でグラフィック・デザインを学んでおり、このような手法を用いるのは別に意外なことではない。だが、これまではあくまでも写真の味付けや装飾に留まっていたグラフィック的な要素が、今回のシリーズではより前面に押し出されてきている。
そのことを決して否定的に捉える必要はないだろう。1930年代の小石清、花和銀吾、平井輝七ら関西の前衛写真家たち、また1950年代に彗星のように登場して姿を消した岡上淑子らのフォト・コラージュ作品の系譜を、ぜひ受け継いでいってほしいものだ。
2013/09/24(火)(飯沢耕太郎)
伊丹豪「Study」
会期:2013/09/21~2013/10/03
POST[東京都]
伊丹豪は1976年、徳島生まれの写真家。2000年代以降、個展やグループ展への参加を中心に積極的に作品の発表を続けてきた。視覚的なセンスのよさは以前から際立っていたのだが、何を目指そうとしているのか、ややわかりにくいところがあった。ところが、8月にRONDADEから最初の作品集として刊行された『STUDY』と、それを受けて開催された東京・恵比寿のPOST(旧Lim Art)での同名の個展を見て、彼の写真の方向性がかなりきちんと定まってきたように感じた。
作品集は凝りに凝ったデザインワークによる造本で、最初に黄色の地に「Study/ Go Itami/ Born In Tokushima, Japan/ 1976」とのみ記されたページが50ページほど続き、その後でようやく写真のページが始まる。29点の写真はすべて縦位置で、最初の一点を除いては「上下2枚で写真が立ちあらわれるように」レイアウトされている。どうやら写真家よりもデザイナー、編集者主導の造本だったようだ。この写真集を踏まえた展示では、逆に「デザインの枠からふたたび写真が抽出」されることが目指されており、「1枚の写真、また、空間を支配する群れとして提出」されていた。確かに、伊丹本人の意図が、展示によってくっきりと見えてきたように見える。会場には作品を色面ごとに分解・分割して表示したサンプルも掲げられており、それを見るかぎり伊丹の関心は都市の街頭を色面の重なりとして再構築することだと思われる。ただ、写真集には室内に置かれた鉢入りの植物、液体の表面、重なり合った足(あるいは手)のクローズアップなど、異質な要素から成る作品もおさめられており、多様な方向に伸び広がっていく可能性を感じる。さらに「Study」を推し進めていくことで、より鮮明な世界像が浮かび上がってくるのではないだろうか。
2013/09/23(月)(飯沢耕太郎)