artscapeレビュー

2016年08月01日号のレビュー/プレビュー

神村泰代展「黙祷 silent prayer」

会期:2016/07/12~2016/07/17

アートスペース虹[京都府]

展示室には約50個の金色のオルゴールが天井から吊られていた。壁面には造花を刺したオルゴールも数台あるが、これは装飾といった感じ。オルゴールを避けながら奥へと進むが、間隔が狭いので時々当たってしまう。しかし、振り子のように揺れるオルゴールも、それはそれで音楽的だ。オルゴールのねじを巻いてみたが、音はしない。櫛歯の部分をずらして、シリンダーと接触しないよう細工されているのだ。どうやら1個だけ音の出るオルゴールがあるらしい。では、その1個を探し出すのが本展のテーマなのか。否、無音を聞くこと、沈黙の時間を黙祷と見なし、小さな祈りを捧げることが本展のテーマなのだ。唯一音が出るオルゴールは希望を象徴しているらしい。だとすれば、その1個を探し出すことも、あながち間違いとは言えないのかも。そんな思考の堂々巡りをしながら本展を楽しんだ。

2016/07/12(金)(小吹隆文)

こどもとファッション 小さい人たちへの眼差し

会期:2016/07/16~2016/08/31

東京都庭園美術館[東京都]

小さな子供たちは自分で服を選んだり買ったりすることはない。たいていのばあい、親が子供の服を選び、買い、あるいは作り、子供に着せるのだ。それゆえ子供が着る服には親の考える子供観、子供らしさが反映されている。そして親の考える子供らしさには、個人差はあれども、おおむねその時代の社会における子供観が反映されている。それゆえ、この展覧会に並んだ子供服、子供を描いた絵画・写真は、ファッションの歴史を語ると同時に、人々が考える子供らしさ──すなわち私たちの「小さい人たちへの眼差し」の変遷を語る証言者なのだ。
展示の半分はヨーロッパ(フランス・イギリス)で、半分は日本の子供服で構成されている。ヨーロッパの展示はフィリップ・アリエスの『〈子供〉の誕生』(訳書:みすず書房、1980)がベースだ。アリエスによれば、中世まで人々にとって子供は小さな大人であり、子供を大人と異なる存在と位置づけて、それが保護され、教育され、愛情を注がれるべき対象と捉える子供観は近世初期に現れて18世紀にようやく定着したという。展示では子供が「誕生」した18世紀から20世紀初頭までの実物史料のほか、ファッションプレートや人形、絵本などで歴史の流れを補いつつ、ファッションに現れる子供らしさや性差、子供期の長さの相違と変化が示される。
日本の子供服の変化は明治後期から昭和初期における洋装化の過程として示されている。すなわち、明治期以降に入ってきた西洋近代的な家族観、子供観、教育法が、子供たちの服装にどのように現れたかという点である。実物史料として展示されている田中本家博物館(長野県)が所蔵する大正期の子供服は同時代の子供服のスタイルを伝えるばかりではなく、三越や松屋といった東京のデパートメントストアのラベルからは地方の富裕層にも都会で流行していたファッションが伝わっていたことがわかる。また同時期に刊行され始めた童画雑誌、菓子などの広告ポスター、明治期から大正期にかけての裁縫雛形からも子供服への洋装の普及が見てとれる。とはいえ、出展されている絵画作品にはまだまだ着物姿の子供たちが多く描かれ、洋装はエプロンや日傘などの小物から少しずつ子供たちの日常に入り込んでいった過程がうかがわれる。
展示は本館1階がヨーロッパ、2階が日本、新館前半がふたたびヨーロッパ、後半が日本。本館と新館の展示で一部の時代が前後しているので注意が必要だ。展示室入り口で会場構成と西洋ファッション史の略年表が印刷されたリーフレットが配布されているので、それを参考にしながら鑑賞することを勧める。東京都庭園美術館には、2014年11月のリニューアルオープン時に旧朝香宮邸の本館に加えてホワイト・キューブの新館展示室が設置された。歴史的空間とモダンな展示室という性格が異なるスペースをひとつの展覧会でどのように使い分けて構成するか、とくに今回のような巡回展の場合は企画担当者は相当苦労されているだろうと推察する。新館ギャラリー2ではアフリカ・南米・オセアニアにおける子育ての様子を記録したドキュメンタリー映像が上映されている。ヨーロッパでも日本でもなく、服らしいものを身につけてさえいない親子たちの姿であるが、これもまた「小さい人たちへの眼差し」の多様性のひとつと見ることができようか。[新川徳彦]


左:本館展示風景 右:新館展示風景

2016/07/15(金)(SYNK)

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辰野登恵子の軌跡 イメージの知覚化

会期:2016/07/05~2016/09/19

BBプラザ美術館[兵庫県]

一昨年に急逝した辰野登恵子(1950~2014)の業績をたどる展覧会。約70点の作品を前後期に分けて展示しているほか、映像や資料も紹介されている。筆者は1990年前後に辰野作品と出合ったため、当時の作品に愛着を覚えている。また、1970年代のミニマルな作品も見たことがあるが、2000年以降は詳しく知らない。彼女の作品は関西で見る機会が少なく、本展を知ったとき、ようやく全貌がわかると喜んだ。いざ展示を見ると、油彩画と版画がほぼ五分五分で並んでおり、辰野がいかに版画を重視していたかがわかった。また、版画作品の質感が、まるで油彩画のように重厚であることにも驚かされた。そして何より注目すべきは、本展出品作のほとんどが関西在住の個人コレクターの所蔵品であることだ。関西にこんな目利きがいたとは知らなかった。そしてよくぞこれだけのコレクションを形成してくださった。今後も積極的に公開してほしいが、これだけの規模の展示は滅多にないだろう。それだけに本展は貴重であり、後期も必ず見に行こうと決意を新たにした。

前期:2016/07/05〜08/07
後期:2016/08/09〜09/19

2016/07/15(金)(小吹隆文)

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始皇帝と大兵馬俑

会期:2016/07/05~2016/10/02

国立国際美術館[大阪府]

紀元前221年に中国を初めて統一した秦王朝の皇帝、始皇帝に関わる資料約120点余りを一堂に展覧している。見どころは日本初公開品を含む兵馬俑8体および軍馬の展示。西安市に出土した「兵馬俑」は、陶製の秦軍約8千体(平均身長180cm)からなり、ひとつとして同じ顔の物がないため、実物モデルに倣ったとされる。そのとおり、本展で見られる将軍・騎兵・軍使・歩兵・御者・立射・跪射など様々な俑は、どれも違う顔立ちと体形をしていることがわかる。そのうち印象深いのは、最も出土数が少なく10体しかない将軍俑。兵士とは異なる鎧と 冠を身に付けた装飾的な着衣は位の高い武将を表し、顔の造作表現にも品位の高さが窺える。当時の写実的表現の粋をまざまざと感じさせる。兵馬俑が作られた時には豪華な彩色がされていたので、本展ではその再現映像も見ることができる。非常にカラフルな着衣とその文様の装飾性の豊かさにはびっくりしてしまう。1970年代から現在に及ぶ陵墓発掘の、最新の考古学と科学研究の成果を踏まえ、秦の台頭から終焉に至る激動の歴史をたどる、ロマンあふれる展覧会。[竹内有子]

2016/07/17(日)(SYNK)

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大原治雄 写真展 ~ブラジルの光、家族の風景~

会期:2016/06/18~2016/07/18

伊丹市立美術館[兵庫県]

ブラジルで高く評価されている写真家、大原治雄(1909~1999)。彼は17歳の時(1927)に神戸港からブラジルに移住し、南部パラナ州ロンドリーナでコーヒー農園を経営しながら、アマチュアカメラマンとして活動した。作品の多くは家族や親戚、農作業、身近な風景を撮ったもので、気取りのなさ、素朴さ、率直さが大きな特徴だ。第三者に見せることをあまり意識していなかったのではないか。またそれらは、20世紀前半の日系移民の生活や、開拓地の様子がわかる一級の民俗資料ともいえる。大原は1950年代になると、身の回りの道具をモチーフにした抽象的な作品も手掛けるようになった。しかし、そうした作品はほかの写真家も手掛けており、彼だけの表現とは言えない。やはりこの人は家族や身近な風景を撮った作品が素晴らしい。その意味で本展は、アマチュアリズムの長所が凝縮した展覧会と言えるだろう。

2016/07/17(日)(小吹隆文)

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2016年08月01日号の
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