artscapeレビュー

2023年03月01日号のレビュー/プレビュー

クリストとジャンヌ=クロード “包まれた凱旋門”

会期:2022/06/13~2023/02/12

21_21 DESIGN SIGHT[東京都]

2021年9月18日から10月3日にかけて、パリのエトワール凱旋門がシルバーブルーの布地に包まれた。1961年に構想されたクリストとジャンヌ=クロードによるプロジェクト《包まれた凱旋門》が、60年越しで実現した瞬間である。本展では、彼らのこれまでの活動を踏まえ、プロジェクトの計画から実現までを追うことができるように構成されていた。アーティストによるドローイング(複製)、マケット、記録写真のスライドショー、布とロープによる部分的再現のほか、プロジェクトに関わったさまざまな立場の人々のインタビュー映像などが展示されていた。



[写真:吉村昌也]


《包まれた凱旋門》は本来、2020年4月に予定されていたが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で延期され、その間にクリストが他界した。したがって、作家二人が不在のもと、プロジェクトが実現したという経緯がある。興味深いのは、作家不在の状況において、残された作品や資料から考える行為のなかに、彼らが実現しようとした一過性の表現の真価を問う要素が含まれていた点だ。つまり、《包まれた凱旋門》は作家によって構想された後、その意志を引き継いだ他者によって読み解かれ、実現される一連のプロセスを通じて、第二の生を受けたように思われたのである。

《包まれた凱旋門》の構想が私たちを魅了する理由のひとつに、「モニュメントの不在」が挙げられるだろう。とりわけ、エトワール凱旋門は、パリの度重なる都市計画を象徴するモチーフである。戦勝記念碑としてナポレオン・ボナパルトの命により1806年に建設を開始されて以降、1921年には第一次世界大戦中の無名戦士が眠る墓として知られ、聖火が灯される場所でもある。世界有数の観光地として知られるエトワール凱旋門が布によって覆い隠され、一時的に不在となる現象は、会期中に訪れた何百万人もの観客によって目撃されただけでなく、メディア・イベントとしても機能している。筆者自身、2021年の《包まれた凱旋門》を直接観ることは叶わなかったが、高さ50m、幅45m、奥行き22mの巨大な新古典主義様式の建築がすっぽりと覆われた様相を写真で見て、凱旋門のモニュメントとしての政治性を改めて強く認識すると同時に、書き換え可能な未来を想像させる爽やかなヴィジョンとして記憶していた。加えて、本展を通して、作家のドローイング(複製)からそのヴィジョンを読み解き、実現可能なプランに落とし込むまでのさまざまな工程に関わった人々の証言を知ることで、そこにメタ・モニュメントとも言うべき共通の関心で結ばれた共同体が生まれたことに気付かされたのだ。



[Photo: Wolfgang Volz ©2021 Christo and Jeanne-Claude Foundation]


このプロジェクトが実現するまでには、プロジェクトを推進するディレクターはもとより、凱旋門の保護管理を担うフランス政府機関、フランス文化財センター(CMN)の協力が欠かせなかった。そして、凱旋門を傷つけずに布を取り付け、墓所で日々行なわれる儀式や聖火を妨げることなく進行するために、布やロープの選定、制作、支持構造の設計や施工を計画する構造家や風洞試験やロープワーク工事の専門家が関わっている。布の設置には70人のクライマーが参加し、展示の運営にはボランティアスタッフが携わった。設置のプロセスから完成までのすべての工程を演出し、展示期間中の週末はエトワール広場周辺の車両交通を完全に止めて歩行者天国とすることまでを含めて、細部に至るまでこのプロジェクトを完成させようという強い意志が漲っていた。



[Photo: Benjamin Loyseau ©2021 Christo and Jeanne-Claude Foundation]



公式サイト:https://www.2121designsight.jp/program/C_JC/

2023/02/01(水)(伊村靖子)

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六本木クロッシング2022展:往来オーライ!

会期:2022/12/01~2023/03/26

森美術館[東京都]

六本木クロッシングは、森美術館が3年に一度、日本の現代アートシーンを総覧する企画として2004年に始めた展覧会である。7回目の本展は、4名のキュレーターにより、「日本の現代アート」という枠組を越えた22組の作家によって構成されている。多文化性や脱植民地的思考、メディアテクノロジーによって再編される時空間の認識、個人の属性に対する眼差しなど、私たちの認識に働きかける試みは、現在ならではの問いを内包している。と同時に、展覧会という制度のなかでこの問いをいかに切実なものにできるのかは、一考の余地がある。主催者・企画者の意図と作品がもつメッセージとの関係、作品のなかで取り扱われている主題と作家との関係、これらの関係性を表象することによって鑑賞者との間に生じるパワーバランスの問題を避けて通ることができないからだ。

こうした問いへの応答として際立っていたのは、石内都の「Moving Away」(2015-2018)シリーズである。展覧会の中盤に位置づけられた石内の作品は、極めて私的な色合いが強い。金沢八景(神奈川)のスタジオ周辺を被写体とし、彼女の生地でもある群馬県桐生市へ移転するまでのスナップショットが大きくプリントされ、配置されている。その一点ずつを見ていくと、カーテンに触れるような仕草が収められたショットは、彼女が同年代の女性たちの手や足を撮影した「1・9・4・7」を彷彿とさせ、芽の伸びた玉ねぎは、「Mother’s」で母の遺品が撮影された台所を思い起こさせる。そして、カーブミラーに小さく写る控えめなセルフポートレートとは対照的に、43年にわたりプリントを行なったという暗室からは、米海軍基地の街、赤線跡を撮影した「絶唱、横須賀ストーリー」「連夜の街」など、粒子の粒が際立つような初期の白黒写真が連想されるのだ。「引っ越し」という過去からの切断を主題としながらも、石内が取り組んできた数々の主題を想像させることにより、鑑賞者が自らに向き合うマインドセットが立ち上がる。



石内都《Moving Away》(2015-2018)、Cプリント
「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」森美術館(東京)展示風景、2022-2023年[撮影:木奥惠三 Courtesy:サードギャラリーAya(大阪)]


一方、やんツーの新作《永続的な一過性》(2022)は、自律搬送ロボットが多様なオブジェのなかから一つを選択して運び、展示・撤去を繰り返すというインスタレーションで、物流倉庫が着想の源にあるという。あらゆるものを「輸送する」という地平において等価に扱う物流のシステムをシミュレーションすると同時に、展示行為になぞらえた作品である(名和晃平の《Untitled》(プロトタイプ)を含め、借用された3点が「多様なオブジェ」の一部として扱われている点も、見どころのひとつであろう)。やんツーの作品ではオブジェが台座に設置された際にのみ、鑑賞者がキャプションを読むことができる。ロボットにより作品が搬入されるのを待ち、作品と解説を対照しながら鑑賞する行為もまた、システムに組み込まれているというアイロニーとも読み取れる。興味深かったのは、前述のキャプションや解説はすべてQRコードで読み込む仕組みとなっており、展覧会会場の外部から書き換え可能であることを示唆している点だ。やんツーによるシステムの模倣は、展覧会という制度を相対化し、パロディとして扱うことにとどまらない。私たちの生活に浸透するメディア技術を想起させ、グローバル資本主義下の監視や検閲、規格化・均質化といった問題への問いとしても機能している。





やんツー《永続的な一過性》 (2022)、ミクストメディア、サイズ可変
制作協力:浅井飛人、稲福孝信(HAUS Inc.) 作品提供:個人蔵(トム・サックス《グレーのケリー・バッグ》)、EVERYDAY HOLIDAY SQUAD(《tappi君》)、名和晃平(プロトタイプ〈Untitled〉)
「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」森美術館(東京)、展示風景、2022-2023年[撮影:木奥惠三 画像提供:森美術館]


今回の展示で気になったのは、共同企画者一同によるステートメント以外に明確な章立てを示していない点であろう。その狙いはどこにあるのか。タイトルの「往来オーライ!」は誰に向けられた言葉なのか。本稿では2人の作品を対比的に解釈することを試みたが、会期中複数の解釈が生まれるところに往来の可能性が託されているに違いない。


公式サイト:https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/roppongicrossing2022/index.html

2023/02/04(土)(伊村靖子)

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analogueの建築

[京都府]

研究室OBを含む建築ユニットのanalogueとkiiriが共同で設計した作品を京都で見学した。美術系の大学教員の夫妻が暮らす、《等持院の住宅》の見学は、1月に案内をもらっていたが、都合がつかず、遅れての訪問となったが、おかげで空っぽの部屋ではなく、蔵書や食器などが入ったセンスのある生活感がわかる状態になっていた(今後も正式なポストやカーテンが加わる予定)。木造二階建てだが、上はロフトだけなので、かわいらしいコンパクトな家である。特徴的なのは、塀がなく、正面と背後の二面接道により視線が貫通できることや、全方位に散りばめた開口によって実際のサイズよりも広く感じることだ。また外構には通り抜け可能な細い路地的な余白を設けている。これはanalogueの村越怜が、かつて勤めていたはりゅうウッドスタジオが手がけた《都市計画の家II》を連想させるだろう。住宅地においてあえて外部の人が通り抜けできる道を提供していたからである。そして《等持院の住宅》の内部はほぼワンルームとし、中央を横断するロフトの床やカーテンで、ゆるやかに空間を分節する。このスケール感だと、什器の造形も重要であり、以前のマンションから運んだ家具にあわせたインテリアが設計されている。



《等持院の住宅》




《等持院の住宅》



はりゅうウッドスタジオ《都市計画の家II》


この家に暮らす版画家の出原司による《京都リトグラフ工房》は、歩いて3分ほどの距離だが、やはりanalogue+Kiiriが先に手がけたものである。つまり、先に仕事場としての離れができてから、家が完成した。なお、出原自身によって一度改修が行なわれていたので、鉄骨事務所に対する二度目のリノベーションである。過去の痕跡を残しつつ、開口を増やしたこと、また間仕切りをなくして、長い空間を一体化させることで、工程に沿って機械や作業台を一列に並べるというものだった。線路沿いの敷地ゆえに、開口の真横を電車が通り、正面は開放的な場とし、街に開く。



《京都リトグラフ工房》



《京都リトグラフ工房》


analogueは、名古屋の《UNEVEN HUB STORE》(2021)でもリノベーションを担当している。集合住宅の一階に入っていたスーパーマーケットの空間を改造し、ファッション、雑貨、コーヒーなどの小さな店舗群、イベントスペース、キッチン、広い通路を設けたものだ。通常、こうした施設では、インテリアはばらばらになりがちだが、建築家が街のマスターアーキテクトのように統一感をつくる試みが興味深い。いずれも単体の建築ながら、街とのつながりを強く意識したプロジェクトである。



《UNEVEN HUB STORE》




《UNEVEN HUB STORE》


2023/02/05(日)(五十嵐太郎)

佐伯祐三 自画像としての風景

会期:2023/01/21~2023/04/02

東京ステーションギャラリー[東京都]

昨年開館した大阪中之島美術館の佐伯祐三コレクションのお披露目展、といっていいだろう。なにしろ出品作品の4割近くを同館のコレクションが占めるのだから、開催は東京が先だけど、展覧会の主体は大阪だ。

昨年、その大阪中之島美術館の開館記念展で佐伯作品を見たら、近くに展示されていたヴラマンクとユトリロの作品にそっくりだったので唖然とした。いや似ているのは周知の事実だが、美術館がここまであからさまに見せつけていいのかと驚いたのだ。佐伯は30歳という短命、パリでの客死、表現主義的な激しいタッチ、自画像からうかがえるイケメンぶりで、日本では根強い人気を誇るが、海外ではエコール・ド・パリの末席にも入れてもらえないローカルな猿真似画家、といった評価なのか。

展示は、自画像を集めたプロローグ、日本での風景画、2度にわたるパリ滞在時の風景画、パリ郊外のヴィリエ=シュル=モランでの風景画、そして最晩年のエピローグという構成。肖像画や静物画もあるが、大半は風景画なので、描いた場所によって違いが現われている。佐伯というとパリの風景画が知られているせいか、やはり日本を描いた風景画には違和感を感じてしまう。それはおそらく、吹けば飛ぶような木造家屋の脆弱さや、遠近感を出しにくい街並みの無秩序さが、堅牢な油彩のマチエールにはそぐわないからだろう。例外的に油彩風景画として成り立っているのは、量塊感のある高架の開口部から向こう側の街景が見通せる《ガード風景》(1926-1927頃)くらい。余談だが、それにしてもなんと電信柱の多いこと。数点ある《下落合風景》(1926頃)はいずれも電信柱が主役といっていいくらい。こうした電信柱のある風景が近代日本美術を特色づけていることは、数年前の「電線絵画展」で検証されたが。

そんな日本の風景に比べれば、パリの街並は絵になる。逆にいえば、どこを描いても陳腐な絵葉書にしかならない。そんなパリのありふれたイメージを広めたのがユトリロであり(絵葉書を元に描いていた)、日本ではそれに影響を受けた佐伯祐三だったのは当然かもしれない。それでも佐伯はユトリロよりは絵画への意識が高かったのか、次第に風景の奥行きや建物の量塊感より正面性や平面性に傾いていく。あえて遠近感をなくし、建物の壁や窓を正面から描くようになる。壁が絵肌と同化し、そこに看板やポスターなどの文字が表われてくる。佐伯といえばこのころのイメージがもっともよく知られたものだろう。

だが、これらの文字は明らかに画面から浮いている。風景に同化した線ではなく、あくまでアルファベットとして読めるように書かれているからだ。ペインティングというよりライティング、いやペインティングの上にライティングしている、といってもいい。これでは鑑賞者は見るよりも読むほうに熱中してしまいかねない。佐伯自身もそれに気づいたのか、文字は短期間で影を潜めていく。

そしてたどりついたのが最後の2点、《黄色いレストラン》(1928)と《扉》(1928)だ。どちらも正方形に近い画面に扉を正面から捉えたもので、とりわけ絶筆ともいわれる《扉》は人物もなく、モノクロームに近い彩色でほぼ正方形の黒い扉のみを描いている。いわゆる佐伯らしい作品ではないが、これが佐伯にとっての究極の絵画といえるのではないか。あえて比べれば、マティスの《コリウールのフランス窓》(1914)か、マレーヴィチの《黒い正方形》(1915)か……。もっともどちらの作品も《扉》より10年以上早いけどね。ただし、この作品に限らないが、装飾的な額縁が画面を邪魔しているのが残念なところ。額縁をなくすか、シンプルなフレームに代えれば、もう少し佐伯の先進性が伝わるんじゃないかと思うんだけど。


公式サイト:https://saeki2023.jp/

関連レビュー

電線絵画展─小林清親から山口晃まで─|村田真:artscapeレビュー(2021年04月15日号)

2023/02/08(水)(村田真)

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Artist’s Network FUKUOKA 2023 [第一部] IAFの時代

会期:2023/02/10~2023/03/05

高架下スタジオSite-Aギャラリー[神奈川県]

横浜にあるNPO法人 黄金町エリアマネジメントセンターのギャラリーで、なぜか福岡の展覧会。しかも「第1部 IAFの時代」となっているから、2部、3部と続けていく気だ。それもそのはず、NPOのディレクターが福岡出身でIAFの代表も務めていた山野真悟氏だからね。ちなみにIAFとは1978年に山野氏らが立ち上げた芸術研究室で、インスティテュート・オブ・アート・ファンクションの略。ぼくが初めてIAFを訪れたのはちょうど40年前の冬。川俣正がIAFの協力で福岡でアパートメント・プロジェクトをやるというので見にいったのだ。確かそのときは版画教室だったと記憶する。その後、川俣の影響もあって、福岡の街を舞台にした芸術祭「ミュージアム・シティ・天神(のちに「ミュージアム・シティ・福岡」に改称)」が始まり、毎年のようにお世話になった。てな昔話は置いといて。

今回はそのIAFから巣立った5人のアーティストによる作品が展示されている。会場に入ってすぐの柱に立てかけられた救命用ボートのような黄色い立体は、牛嶋均の《ボート》。よく見ると、公園にある幼児用の滑り台をリサイクルしたもので、上部に開けた窓から非常食が見える。その奥にはロケットのようなかたちをした錆びた物体が横たわっている。これも滑り台の階段をふたつ重ねた《ミサイルもしくはロケット》という作品。廃物利用のアートだが、それだけでなく、アフリカの難民ボートやウクライナの戦場を思い起こさせもする。



牛嶋均《ボート》 展示風景[筆者撮影]


奥の壁には大小の絵画が10点。大きめのキャンバスには母子像が描かれているが、母の姿は手や身体の一部しか見えず、子どもの身体が白いオーラのようなものに包まれ聖人のように強調されている。これは脳障碍をもつ息子のリハビリを描いた「障碍の美術」シリーズで知られる和田千秋の作品。画中画として息子の描いた絵も描き込んでいるが、息子の奔放な絵を画家の父が写実的に模写しているのが微笑ましい。これらの大きめのキャンバスに付き添うように並べた小さめのキャンバスには、回転するような十字形が描かれている。「違い十字」シリーズといい、なにを意図しているのかは定かでないが、大きいキャンバスとセットになっているので、護符のような役割を果たしているのかもしれない。



和田千秋 展示風景[筆者撮影]


受付を挟んだ奥のスペースにも作品があるので見にいくと、ガラス越しに5、6点の平面作品が向こう側を向いて立っている。「こちらは裏側です。反対側からご覧ください」との表示があるので、いったん外に出て向こう側に回ってみると……ネタバレになるので書かないが、あ、やられたと思った。これは坂崎隆一の《surface》(アルファベットは鏡文字)というインスタレーション。両サイドがガラス張りの空間を実にうまく使っている。



坂崎隆一《surface》(アルファベットは鏡文字) 展示風景[筆者撮影]



公式サイト:https://koganecho.net/event/20230210_0310_iaf

2023/02/10(金)(村田真)

2023年03月01日号の
artscapeレビュー