2018年01月15日号
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artscapeレビュー

気仙沼と、東日本大震災の記憶 リアス・アーク美術館 東日本大震災の記録と津波の災害史

2016年03月01日号

会期:2016/02/13~2016/03/21

目黒区美術館[東京都]

東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市のリアス・アーク美術館の常設展示を見せる展覧会。リアス・アーク美術館は震災発生直後から気仙沼市と南三陸町の被災状況の調査を開始し、その成果をもとに、常設展「東日本大震災の記録と津波の災害史」を2013年より公開している。被災現場を撮影した写真は約30,000点に及び、収集した被災物も約250点。本展は、そのうち約500点を一挙に展示したもの。何よりも、その膨大な資料群に圧倒される展観だ。
むろん、すべてを押し流した津波の破壊力を物語る写真が来場者の眼を奪うことは言うまでもない。しかし、来場者を圧倒するのは写真だけではない。それらの傍らに掲示されたキャプションに書かれたおびただしい言葉もまた、私たちの心に重く響く。
震災発生直後の緊迫感あふれる言葉から震災当時を振り返るやるせない言葉。それらは被災状況を克明に解説するばかりか、同様の被災を二度と繰り返さないための経験的な警句や過去の経験を生かしきれなかった自戒も含んでいる。「鉄は硬いもの、そう思っているが、実は粘土のようにグニャグニャ曲がる。鉄骨構造物を過信すると危険だ」「明治の津波でも、昭和の津波でも同じことが起きている。なぜ過去の経験が生かされないのか。ここはそういう場所だとわかっているはずなのに」といった言葉が、ある種の切実さを伴って来場者の眼に迫ってくるのだ。
「人は忘れる。しかし文化は継承される。津波災害は地域文化として継承されるべきである」。けだし名言である。とりわけ本展が想定している東京近郊の来場者の多くが、5年前の震災を早くも忘却しつつあることを思えば、その地域文化を全国的に発信する必要性も痛感せざるをえない。そもそも「東日本大震災」から遠く離れた西日本では、津波災害の受け止め方に温度差があることは否定できないとしても、その一方で津波災害は少なくとも沿岸地帯であればどこでも発生しうることもまた明確な事実である以上、その「地域文化」とは文字どおり特定の地域に固有の文化という意味ではなく、あらゆる人々がそれぞれの地域で育むべき自分たちの文化であると理解しなければなるまい。
だが、どのようにして? 美術をはじめとする視覚文化が、記憶の再生産によって忘却に抗いつつ、その地域文化の継承に資することは、ある程度期待できる。しかし、本展で展示されていた歴史資料、すなわち明治29(1896)年の明治三陸大津波を主題にしたイラストレーションを見ると、その地域文化を健全に育むには、被災状況の記録写真や残された被災物だけでは不十分なのではないかと思わざるをえない。というのも、大衆雑誌『風俗画報』に掲載された「大海嘯被害録」には、家屋を破壊し、人畜を流亡する大津波自体が明確に描写されていたからだ。破壊された家屋によって津波の暴力的な破壊性を逆照するだけでなく、押し寄せた津波そのものを正面から表現していたのである。
思えば、津波にせよ放射能にせよ、東日本大震災をめぐる視覚文化の大半は、事後的な水準に焦点を当てていた。出来事そのものを表現することを避けてきたと言ってもよい。むろん、震災発生直後の、あの黒々とした津波が街を呑みこんでゆく報道映像は、いまも数多くの人々の脳裏に焼きついていることを考えれば、とりわけ芸術表現として取り上げる必然性に乏しいのかもしれない。大正時代の「大海嘯被害録」は映像の時代ではなかったからこそ成立していたとも言えるだろう。
けれども、津波災害が地域文化として継承されるべきであるならば、津波という出来事そのものを主題とした視覚文化が必要不可欠ではなかろうか。確かに映像が残されているとはいえ、私たちはその出来事を、どれほど悲惨だったとしても、いずれ忘れ去ってしまうからだ。忘却に抗いながら、出来事の記憶を分有するための文化装置。むろん、それはまちがいなくフィクションであり、被災者との同一化を実現するものでは、決してない。しかしだからこそ、被災者にかぎらず、あらゆる人々が対象になりうるのであり、そこから津波災害を地域文化として根づかせることができる。本展では、気仙沼の地域文化や生活資料を紹介した「方舟日記─海と山を生きるリアスな暮らし」も展示されていたが、この先必要なのは、むしろよりフィクショナルな、すなわち芸術的な展示ないしは作品ではなかろうか。
凄惨な出来事を直接的に表現した地域文化として、丸木位里・俊による《原爆の図》が挙げられる。むろん震災と被爆ないしは被曝を同列に語ることはできないが、《原爆の図》がいまも原爆という恐るべき出来事の継承と記憶の分有のための文化装置として機能していることは、津波被害をもとにした地域文化を育むうえで、大いに参考になるはずだ。同作を常設展示している「原爆の図丸木美術館」を訪ねるたびに、私たちの心に原爆という暗い影が忍び寄る。それは決して健やかな美的経験とはかけ離れているが、しかし、《原爆の図》は今日の現代美術にとっての原点であり、そこに定期的に立ち返ることで原点の所在を改めて確認する、ある種の儀礼行為として十分すぎるほど意味がある。この原点を見失うとき、忘却は始まるのだろう。

2016/02/18(木)(福住廉)

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