2017年09月15日号
次回10月2日更新予定

artscapeレビュー

2017年09月01日号のレビュー/プレビュー

中銀カプセルタワービル

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[東京都]

建築・アートの研究者である和田菜穂子さんの案内で、銀座の中銀カプセルタワービルを見学。黒川紀章の設計により1972年に建てられた13階建ての集合住宅で、カプセルを積み上げたユニークな姿は、新陳代謝していく建築・都市を提唱したメタボリズム運動を代表するものとして知られている。「中銀」というのはてっきり中央銀行とかが施主だったから名づけられたんじゃないかと思っていたが、単に中央区銀座にあるからだって初めて知った。丸窓のある直方体のカプセルが積み重なり、外から見ると巨大な鳥の巣か、コインランドリーの洗濯機を縦に並べたよう。個々のカプセルは独立した部屋になっていて、構造的に交換可能なはずだったが、両隣にビルが建ってしまったこともあって一度も交換されたことはないそうだ。
さっそくエレベーターで上階へ。通路や継ぎ目は老朽化が激しいが、部屋のなかに入ると約半世紀前の「未来」が保存されている。室内はオフホワイトで、直線と円で構成されているところがいかにもレトロフューチャーな趣。そう、これが40-50年前の「未来」だった。大阪万博にもこんな未来的なパビリオンが林立してたっけ。独身者用なので1室の広さはビジネスホテルより狭い3畳程度か、でもその後できたカプセルホテルよりずっと広い。ちなみに最初のカプセルホテルを設計したのは黒川紀章とのこと。ユニットバスはついているけどお湯は出ないらしい。ベッドやテーブルは収納式で、テレビや冷蔵庫は備え付け。部屋によってはあれこれ改装しているという。
こういう未来志向の建築は年月を経てほころびが出てくると、見るも無惨な姿をさらすことになる。最新の機器やデザインほど10年もたてば逆に古さが目立つようになるからだ。レトロフューチャーな建築にも二つあって、ひとつは1968年に公開された映画『2001年宇宙の旅』に見られるような、無菌室のごときウルトラモダンなインテリアであり、理想的かつ非現実的な未来像だ。もうひとつは1982年に公開の『ブレードランナー』に代表される薄汚くて猥雑でデッドテックな未来都市で、こちらのほうが現実的。このカプセルタワーは建設当初はウルトラモダンを目指したのだろうけど、年月を経て図らずもデッドテックな味わいを兼ね備えることになってしまった。やはりこれはいろんな意味で永久保存してほしい建築だ。

2017/07/26(水)(村田真)

安永正臣展-Art Needs Genuine Criticism-

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会期:2017/07/29~2017/08/20

ギャラリー器館[京都府]

やきものは土を成形して窯で焼くものだが、安永は土を使わずにやきものをつくっている。彼が使用するのは釉薬だ。釉薬はやきものの表面を覆うガラス質の部分で、普通は液状の釉薬を素焼した器の表面にかけ流して使用する。ところが安永は、粘度を高めた釉薬で器をつくり、砂やシャモット(耐火粘土を焼いて粉末にしたもの)の中に埋めて焼いているのだ。結果、出来上がった作品は、ガラス状の光沢を帯びたもの、火山岩や石を思わせるもの、出土品のような風化を感じさせるものなど、千差万別の表情を見せる。安永の作品は、窯内でのちょっとした条件の違いで大きく表情が変化し、作家本人ですらコントロールが難しい。それだけに人智を超えた風合いが生まれることもあり、その一期一会的なあり方も作品の魅力となっている。道具とオブジェの両面を兼ね備えた陶芸作品は数多いが、彼の仕事は飛び切りユニークな部類に入るだろう。

2017/07/29(土)(小吹隆文)

酒井稚恵展─金魚のふん─

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会期:2017/07/22~2017/08/05

GALLERY GALLERY[京都府]

既製品の衣服や布地に手縫いを施して、もとの姿とはまったく違うオブジェをつくり出す酒井稚恵。本展でも赤いワンピースに黄色い糸を手縫いした有機的な形態のオブジェ《金魚のふん》を発表。それらを環状に並べて宙吊りにするインスタレーション行なった。また別室では、衣服のタグや、陳列時に貼られるシール、襟の補強材、包装材などを用いた小品も展示されていた。本展の作品は、彼女が2015年から始めた「ファストファッションシリーズ」の一環であり、素材はすべてファストファッションブランドの衣服を使用している。美しい作品の背景には、利潤追求のために必要以上の生産と廃棄が行なわれ、品質が後手に回り、労働力を買い叩く現場の姿が潜んでいる。酒井はその事実を声高に叫んでいるわけではない。しかし、作品の素材やアイデアを知った者は、現代社会のありように思いを馳せざるを得ないだろう。

2017/07/29(土)(小吹隆文)

画廊からの発言「新世代への視点2017」

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会期:2017/07/24~2017/08/05

ギャラリー58+コバヤシ画廊+ギャラリーQ+ギャラリイK+ギャルリー東京ユマニテ+ギャラリー川船+ギャラリーなつか+ギャルリーソル+藍画廊[東京都]

バブル崩壊後の1993年に始まり、今年で25年目(隔年開催の時期もあるので回数でいうと18回目)を迎えた「新世代への視点」。たしか初年度のサブタイトルは「10画廊からの発言」だったように記憶しているが、参加画廊が少しずつ増減したため「10」を除いたものの、今年は再び10画廊に不時着した模様。振り返ればこの4半世紀に画廊界は大きく変わったが、かろうじて貸し画廊が踏ん張っていられるのは、この「新世代への視点」を開催し続けてきたからではないか。もしこの企画が続いてなければ貸し画廊の存在感はもっと薄くなっていたはず。そう考えるとこの夏、初回から参加していたギャラリー現となびす画廊が相次いで閉廊したのはなんとも寂しい限りだ。
もちろん、いくら展覧会の意義を高く評価したところで、いい作家、いい作品が出ていなければ説得力がない。そこで目に止まった作品をいくつか。まずギャラリー58の水上綾。会場に入ると灰紫色に覆われたモノクロームの抽象画が並んでいる。と思ったら、目を凝らすと白や赤の点が浮かび上がってきて、なんとなく霧のなかに浮かび上がる夜景か、飛行機の上から見た港の風景のようにも見えてくる。白い点はキャンバスをサッと削った跡のようで、なかなかのテクニシャンのようだ。
コバヤシ画廊の幸田千依は清新な水浴の絵で注目を浴びたが、今年のVOCA展では打って変わって木立から遠望した風景画を出品し、VOCA賞を受賞したことは記憶に新しい。今回は水浴図4点と木立から見た風景2点の出品。前者は構図もサイズもバラエティに富んでいるが、後者は縦長と横長の違いはあるものの構図も色彩もほとんど同じで、遠くには小高い山に囲まれた海が見え、瀬戸内海あたりを想起させる。2点とも光(太陽)は画面中央の上から射し、黄色とオレンジ色の光輪を伴っている。水浴図が青、緑を中心としているのに対し、こちらは黄色とオレンジの暖色が支配的。そのせいか、ふと嫌なものを連想してしてしまった。核爆発。まさか作者はそのつもりで描いたんじゃないだろうけど、この白い球は不吉だ。パッと見て瀬戸内海を想起したのも、ひょっとしたらヒロシマを思い出したからかもしれない。考えてみれば太陽はつねに核爆発を起こしているわけだし、あながち的外れな連想でもない。そう思って過去の作品を見直してみると、水浴に気をとられて気づかなかったが、多くの画面の中央に発光源(太陽や火)を据えていたことがわかる。水だけでなく火も主要モチーフだったのだ。
ギャラリーなつかの原汐莉は、具象・抽象を問わずさまざまなかたちに切った板に布を貼り、着色している。色はきれいだが、いまさらシェイプトキャンバスでもあるまいし、と思ったら傍らにドローイングを発見。日付の入ったダイアリーのページにその日に思いついたイメージを描いたもので、ここから図柄をピックアップして拡大し、作品化しているそうだ。そういえば絵画化したものは上下が水平に切れてるものがいくつかあるが、それはダイアリーの罫線によってドローイングをフレーミングしているから。絵画も美しいけど、ドローイングのほうが興味深い。
ギャラリー川船の山本麻世は、壁に掛けた同ギャラリー所蔵の30点ほどの近代絵画に、紅白の工事用テープを絡めている。タイトルは「川底でひるね」というもので、地下にあるこのギャラリー(京橋)はかつて川底に位置していたと想定したインスタレーション。紅白のテープは、川底に隠れていそうなゴカイとかウズムシみたいな細長いグロテスクなかたちに編まれていて、それが絵の周囲をのたうち回り、何点かの絵を飲み込んでさえいる。このバケモノの造形はあまりいただけないが、ギャラリーのコレクションを持ち出して自分の作品に採り込んでいる暴力性は評価したい。ほかにも額縁にカラフルな樹脂製品をはめ込んだり、パレルゴン(作品の付随的な要素)に興味を抱いているようだ。以上4人の作品に共通しているのは、ダブルイメージやダブルミーニングなど多様な見方、多彩な解釈を受け入れる包容力を備えていることだ。

2017/07/29(土)(村田真)

高村光太郎編訳『ロダンの言葉』展 編訳と高村光太郎

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会期:2017/07/01~2017/09/03

碌山美術館[長野県]

私用で安曇野へ出かけたついでに穂高の美術館に寄ってみる。ここを訪れるのは、高3のとき白馬に絵を描きに行った帰りに寄って以来、じつに45年ぶり。足しげく通うのもいいが、人生の初めのころに訪れた場所を終わりが近づいたころに再訪してみるのも、一生の短さを実感することができて格別の感がある。碌山美術館は30歳で早逝した明治期の彫刻家、荻原守衛(碌山)の彫刻や絵画、資料を集めた個人美術館。荻原と交流のあったの高村光太郎や中原悌二郎らの作品も所蔵している。いまも昔も彫刻にはあまり興味ないけど、当時17歳の多感な青年は、ツタのからまる教会のような建物と、夭逝の芸術家というロマンチックな2点セットに惹かれて入ったのだ。ていうか、70年代前半といえばまだ美術館が驚くほど少なかった時代だから、美術館と名がつけばとりあえず入っていたように思う。
ツタに覆われた碌山館の外観は45年前とまったく変わってない。記憶をたどると館内は自然光にあふれ、扉や窓も開けっぱなしで開放感があったような気がするが、半分当たっていた。そもそも美術館とはいえ昔の建築だけに密閉感がなく、自然光が入り、全体に明るい印象だ。木づくりの椅子や棚は年季が入っていて、初訪問時どころか約60年前の開館当初から、いやひょっとしたら彫刻家の生前から使っていたものかもしれない。敷地にはほかに杜江館、第1、第2展示棟、グズベリーハウスなどが建っているが、これらはまったく記憶にないので、徐々に増築していったものだろう。企画展「ロダンの言葉」は第1、第2展示棟でやっていて、高村光太郎編訳の初版本をはじめ、ロダン、光太郎、カミーユ・クローデルらの彫刻を展示。夏休みなのでそこそこ人は入っているが、おそらく企画展目的で来館する人は少ないだろう。

2017/07/30(日)(村田真)

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