2017年09月15日号
次回10月2日更新予定

artscapeレビュー

2017年09月01日号のレビュー/プレビュー

カミナリとアート 光/電気/神さま

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会期:2017/07/15~2017/09/03

群馬県立館林美術館[群馬県]

文字どおり雷をテーマとした企画展。自然現象としての稲妻を主題とした絵画や写真、雷神像など信仰心から生まれた民俗学的な資料、さらには雷を構成する光、音、そして電気などで表現された現代美術の作品など、69点が展示された。
同館がある関東平野の北部は、もともと雷が多発する地域として知られているが、昨今の異常気象は雷の脅威が特定の地域に限定されないことを如実に物語っている。ただ、その閃光と雷鳴が人々の恐怖を駆り立てることは事実だとしても、大地に轟くような音とともに空を走る稲妻の光線にある種の美しさや高揚感を感じることもまた否定できない。人間にとって雷とは両義的な自然現象であり、それゆえ崇高の対象であると言えるかもしれない。
バークやカントが練り上げた崇高論の要諦は、それを美と切り離しつつも、その根底にある種の逆転構造を見出した点にある。すなわち不快の経験がいつのまにか快楽のそれに転じること。アルプスの険しい山岳にせよドーバー海峡の荒々しい大海原にせよ、人間の生存を脅かしかねないほど強大な自然の猛威を目の当たりにした人々は、それに慄きながらも、同時に、それに惹きつけられる矛盾した心情を抱いた。自然への畏怖が時として畏敬の念に転じるような逆転する美学的概念こそが崇高にほかならない。
そのような観点から本展を鑑賞してみると、いわゆる「美術」の作品と「民俗」学的な資料とのあいだに歴然とした差を痛感せざるをえない。後者が崇高的な両義性を内包しているように感じられる反面、前者はおよそ一面的であるように感じられるからだ。富士山の前に立ち込めた暗雲の中に走る稲妻を描いた《怒る富士》(1944)であれ、白髪一雄の《普門品雷鼓制電》(1980)であれ、確かに雷の恐ろしさや激烈なエネルギーを体感することはできるが、崇高的な逆転構造を見出すことは難しい。それに対して、前近代の絵師たちが描いた風神雷神図はおおむねユーモラスに描写することによって、そのような逆転構造をよりいっそう強調しているように見える。一見すると雷の壮大な脅威にはそぐわないようだが、風神雷神をチャーミングなキャラクターとして描写することが、じつのところ雷の暴力性を逆照しているからだ。雷が恐ろしい現象であることが前提となっているからこそ、それをあえて脱力したキャラクターとして形象化していると言ってもいい。
現代社会から遠のいてゆく崇高──。むろんバークやカントが想定していた自然の崇高は、今日の都市社会においては、さほど大きなリアリティをもっているとは言い難い。その対象を人工的な都市社会に差し替えた「テクノロジー的崇高」なる概念が捻出されたこともあったが、前近代の人々と比べれば、現代人が雷の脅威に直面する機会は乏しいことに変わりはない。
ところが唯一の例外として考えられるが、ストーム・チェイサーこと青木豊である。嵐を追跡して観測・撮影するプロフェッショナルで、特に現代美術のアーティストというわけではないし、現代写真のフォトグラファーというわけでもないのだろうが、青木こそ、今日の崇高を体現する希少なクリエイターではなかったか。なぜなら彼が撮影した写真には、稲妻の美しさと恐ろしさが渾然一体となって写し出されていることが一目瞭然であるからだ。しかし、それだけではない。その写真には、本来であれば一目散に逃げ出さなければならないはずの雷を、逆に率先して発見して追い求める、異常なまでの執着心がにじみ出ている。あるいは、恐ろしさの痕跡が抹消されているように感じられるほど美しさが際立っている。こう言ってよければ、その狂気をはらんだ熱意に恐ろしさを感じるのだ。
不快の経験から快感のそれを導くのでなく、逆に、快感の経験を突き詰めることによって不快のそれを引き出す。やや大げさに言い換えれば、青木豊の仕事はバークやカントの逆転構造をさらに逆転させているのではないか。そこにこそ今日の崇高が立ち現われている。

2017/07/20(木)(福住廉)

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怖い絵展

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会期:2017/07/22~2017/09/18

兵庫県立美術館[兵庫県]

ドイツ文学者の中野京子が2007年に上梓したベストセラー『怖い絵』。同シリーズの第1巻発行から10周年を記念して開催された同展では、約80点ものヨーロッパ近代絵画や版画が展示された。本展の功績は「恐怖」を切り口に、絵画を「読み解く」楽しみを観客に伝えたことだ。もちろんこれまでの展覧会でも作品のそばにキャプションを添えて簡単な解説を行なってきた。しかし、美術鑑賞の大前提として、観客の自由な感性による美術鑑賞を最優先し、説明は最小限に控えるべき、という価値観があったのではないか。本展ではその大前提を覆して、作品が持つストーリーや背景を積極的に紹介していた。特に神話画、宗教画、歴史画など、日本人に縁の薄い西洋画ジャンルでは、この方法が有効だ。今後の西洋美術展の見せ方にも影響を与えるのではなかろうか。また本展を通じて知ったもうひとつの驚きは、神話画や歴史画のダイナミックな表現が、後のハリウッド映画に少なからず影響を与えていたということ。これは音楽にもいえることで、19世紀ロマン派のクラシック音楽を現代に継承しているのはハリウッド映画だ。芸術がもともと持っていた娯楽性の部分を映画に譲ったことが、20世紀の難解な前衛芸術を招いた原因のひとつなのかも。そのような推論を巡らせながら本展を見ると、さらに興味がそそられた。

2017/07/21(金)(小吹隆文)

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松田修展「みんなほんとはわかってる」

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会期:2017/07/15~2017/08/12

無人島プロダクション[東京都]

先ごろ神奈川県立近代美術館葉山館で萬鉄五郎の回顧展がおよそ20年ぶりに開催された(9月3日まで。その後、新潟県立近代美術館に巡回)。萬といえば日本にフォーヴィスムを導入した立役者のひとりとして評価されているが、本展で強調されていたのは初期に学んだ水墨画や南画風に描かれた土着的な風景画などで、在野のモダニストとして一面的に語られがちな画家の多面性をあますことなく伝えていた。
松田修は東京藝術大学出身のアーティストだが、現在は特にペインターを自称しているわけでもないので、出身校以外に萬との共通点があるわけではない。だが、萬の代表作のひとつ《雲のある自画像》(1912)を見ると、松田との強い関連性を痛感しないわけにはいかない。暗く陰鬱な表情や顔立ちが似ているというだけではない。頭上に雲(と断定してよいものかどうかわからないが)を抱いた男という謎めいた主題が、松田の作品に感じる独特の気配と著しく通底しているように感じられるからだ。
今回発表された新作の映像作品《さよならシュギシャ》は、まさしく松田ならではの気配が濃厚に漂う作品である。カメラの前で松田自身が演じているのは、主義主張が異なるさまざまな主義者。マルクス主義者、フェミニスト、ペシミスト、ナルシシスト、新自由主義者、レイシスト、ナチュラリスト、ポピュリスト、ファシスト、アナキストなど、いかにも発言しそうな言葉をいかにもな身ぶりと声色で簡潔に語ってみせる芸は、ややふざけすぎている印象が強いとはいえ、それを徹底している点で見事である。最後を「オサムちゃん」で締めるなど、構成も素晴らしい。
むろん、ここにはあらゆる主義者を徹底的に小馬鹿にする批評性がないわけではない。政治的なイデオロギーは何であれ、特定の主義者にアイデンティティーを置く者が見れば、自らが嘲笑されたとして烈火の如く怒り狂うかもしれない。あるいは逆に、自らと敵対する主義者がネタにされているのを見て「ざまあみろ」と喝采を送った者もいるだろう。だが、かりにそうだとしても、来場者の脳内に一抹の疑問が残ることは否定できない。では松田自身は何主義者なのかと。
《さよならシュギシャ》という作品名から察すると、あらゆる主義主張を批判的に相対化する相対主義者のようにも見えるし、どんなイデオロギーであれすべてを笑いに還元する道化に徹しているという点では、虚無主義者のようでもある。松田はステイトメントにおいて既成のレッテルやカテゴリーへの批判的な問題意識を表明しているが、結果として「相対主義者」や「虚無主義者」に回収されているように見えかねない点は、あるいはこの作品の本質を突いているのかもしれない。
おそらく松田自身は知っているのだ。自分がどんな主義者にもなりきれないことを。だからこそどんな主義者にも等しくなりきる演技ができるのだろう(時折視線を落として手元の原稿を読んでいるような演技は、それが演技であることを鑑賞者に訴えるためのメタ演技である)。しかしその一方で、彼はなんらかの主義者を演じることを余儀なくされることもまた十分に熟知している。「オサムちゃん」にしても、たまたま同じ名前であるという理由だけで例の芸をやらざるをえない役割期待の重圧を物語る格好の例証だろう。その不可能性と役割期待とのあいだで自由に身動きが取れないまま生きてゆかざるをえないところに、彼はやるせないほどのリアリティを置いているのではなかったか。
松田はその暗澹たる気配を直接的に視覚化しているわけではない。その気配の質が直接的な表現を決して許容しないからだ。松田修の頭上に何かが浮かんでいるとすれば、それは萬鉄五郎の「雲」のように暗い内面の鬱勃の現われというより、むしろ自らの表現を抑圧してやまない「塊」なのではなかったか。彼の作品に強く醸し出されている、乾いた、そして醒めたユーモアは、その「塊」から生まれた生存様式なのだ。

2017/07/21(金)(福住廉)

命短し恋せよ乙女~マツオヒロミ×大正恋愛事件簿

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会期:2017/07/01~2017/09/24

弥生美術館[東京都]

「貴女、もう地獄に落ちてますよ」。シンガーソングライター・吉澤嘉代子の《地獄タクシー》(2017)は、女性解放を唄った名曲である。タクシーに乗り込んで空港へ向かう女は、「レースの手袋に滲んだ赤黒い染みを隠して、重い鞄を抱きしめた」。鞄の中に詰められているのは、亭主の首。だが、「窓の外を見遣ると、豊かな麦畑の黄金がそれはそれは美し」く見えるほど、女の気分はじつに晴れやかだった。抑圧からの解放と破滅の道が表裏一体であること。吉澤が軽やかに歌い上げているのは、地獄の釜の底に自由と解放を見出さずにはいられない女の切実な心情である。
本展は、明治大正時代の文学者や画家、詩人や俳人らの恋愛事件を当時の新聞記事や写真、小説など、数々の資料によって振り返ったもの。文学士・森田草平との心中未遂の後、洋画家・奥村博史と「結婚」ではなく「共同生活」をした、女性解放論者の平塚らいてう。そのらいてうが創刊した『青鞜』に執筆し、夫の田村松魚がいながら、『青鞜』の表紙絵を描いた長沼智恵子(後の高村智恵子)との恋仲が噂された、バイセクシュアルの小説家・田村俊子。そして二度目の駆け落ちでソ連に亡命し、スパイの容疑で収監、刑期を終えた後、ソ連でアナウンサーや演劇の仕事につき、当地で生涯を終えた女優・岡田嘉子。いずれも現在の姦しい不倫騒動が霞んで見えるほど劇的かつ濃厚、まさしく「事実は小説より奇なり」とも言うべき事件簿ばかりで、いちいち面白い。
展示で強調されていたのは、現在とは比べ物にならないほど頑強な「家制度」の力。家長たる男子を絶対視する家制度においては、個人の自由恋愛はそれを蔑ろにするご法度として罪悪視されていた。恋愛から結婚ではなく結婚から恋愛という手順が自明視されていた時代だからこそ、ある者は家制度の束縛に身を滅ぼすほど煩悶し、ある者はそれからの離脱に人生を賭けたのだった。言い換えれば、家制度が社会の核心に蔓延っていたがゆえに、それをよしとしない者たちは、たとえその外部が地獄だとしても、その釜の底を歩む道を選び取ったのである。
翻って現在、家制度の権勢は失われ、自由恋愛を阻む障壁の一切は取り払われたかのように見える。しかし、そうであるがゆえに、いわば地獄行きのタクシーに乗り込むような覚悟と情熱もまた、大きく損なわれてしまったのではなかったか。おびただしい数の資料群とともに展示されていたマツオヒロミによるイラストレーションは、竹久夢二や徳田秋聲との恋愛で知られる山田順子や前述した田村俊子を主題にしたものだが、流麗な線と艶やかな色彩によって女性の柔らかな肢体や着物の柄を丹念に描き出す力量は見事というほかない。あわせて展示されたラフ原稿を見ると、完成作の線とほとんど大差ないことにも驚かされる。だがその一方で、その耽美的な絵肌にいささか物足りない印象を覚えたのも事実である。というのも、マツオが描き出す女性像は、いずれも妖艶な魅力を確かに備えている反面、本展で詳しく紹介されている女性たちが醸し出す「業」を、ほとんど見出すことができないからだ。言ってみれば、天国で優雅に佇むような美しさは湛えているが、地獄の底を這いつくばりながら歯を食いしばって生きるような根性は到底望めないのである。
むろん、それは個人を疎外してやまない家制度の束縛から解き放たれ、自由恋愛を謳歌する現代の女性たちの等身大の姿なのかもしれない。彼女たちが100年以上も前の人間模様にある種の親近感を覚えることができるようにするための工夫とも考えられる。だが、かりにそうだとしても、そのようにして展示に含められた現代性を看過することはできない。なぜなら、そのような現代性は明治大正時代の展示構成にも少なからず暗い影を落としているように思われるからだ。
その暗い影とは、本展における伊藤野枝と阿部定の欠落である。前者は、言うまでもなく、雑誌『青鞜』に寄稿していた婦人解放運動家にして大杉栄と並ぶ無政府主義者で、事実、平塚らいてうと同様、野枝は結婚制度を拒否しつつ、大杉とのあいだに4人の子どもを設けたが、関東大震災の混乱に乗じた憲兵隊によって大杉とともに虐殺された。同じく『青鞜』に寄稿していた神近市子が大杉の喉元を刃物で刺した「葉山日陰茶屋事件」で野枝の名前を知る人も少なくないだろう。後者は、前者よりやや年少の芸妓・娼妓で、昭和11年(1936)に、性交中の愛人の男性を絞殺したうえ、男性器を切断して持ち逃げた「阿部定事件」で知られている。両者はともに家制度から逃れながら自由恋愛を実践し、結果として社会の大きな注目を集める事件を引き起こした点で共通しており、その意味で言えば、本展で紹介される資格を十分に備えているが、どういうわけか本展には含まれていない。厳密に言えば、阿部定事件があったのは昭和だから、明治大正時代の恋愛事件簿を取り扱う本展にはそぐわなかったのかもしれない。だが、平塚らいてうがいて伊藤野枝がいないのはどう考えても不自然であるし、自然主義文学運動を牽引した島村抱月と愛人関係にあった女優の松井須磨子がスペイン風邪で亡くなった抱月の後追い自殺を遂げた事件や、『婦人公論』の記者・波多野秋子と不倫関係にあった文学者の有島武郎が軽井沢の山荘で心中した事件を目の当たりにした以上、来場者の想像力が情死の極致とも言うべき阿部定事件に及ぶのは、至極当然の成りゆきではないか。
政治性とセクシュアリティ──。伊藤野枝と阿部定が本展からあからさまに排除されたのは、おそらく彼女たちが近代の美術館が露骨に忌避するこの2つの条件をものの見事に体現しているからだ。前者はアナキズムの運動家という点であまりにも政治的であり、後者は男根を直接的に連想させるという点であまりにも性的にすぎる。明治大正時代の恋愛事件簿を総覧した本展は、基本的にはその醍醐味をあますことなく伝えることに成功していると言えるが、伊藤野枝と阿部定を等閑視することによって、結果的にその本質的な魅力を半減させてしまっているのではないか。平成を視野に収めすぎたがゆえに、明治大正の濃厚な色彩がいくぶん脱色されてしまっていると言ってもいい。
ところが、改めて確認するまでもなく、男であれ女であれ、人は誰しも性的存在であり、なおかつ「個人的なことは政治的なことである」というフェミニズムの大前提を持ち出すまでもなく、抑圧された女性が解放を求めるとき、政治性とセクシュアリティを無視することは決してできない。それらは、ある種の生きにくさを痛感させられているあらゆる人々にとっての問題のありかを示す道標であり、同時に、解放のための闘争の現場でもある。とりわけ戦後の現代美術が、こうした基本的な問題設定を忘却の彼方に沈めてきたことを思えば、地獄行きのタクシーに乗らなければならないのは、もしかしたら「美術」そのものなのかもしれない。

2017/07/22(土)(福住廉)

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松岡亮「何も知らず、空で描く。」

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会期:2017/07/24~2017/08/05

福住画廊[大阪府]

松岡亮はミシンを用いて刺繍ドローイングを制作するアーティストだ。個展会場には手描きのドローイングと刺繍ドローイングが並んでおり、それらを見たときには、まず手描きのほうを制作し、それらをもとにミシンワークを行なっているのだと思った。また、彼の作品には童画のような奔放さがあり、ひょっとしたら手描きの作品は彼の子供が描いているのか、とも思った。本人に尋ねるとどちらも間違いで、すべて自分の手によるものであり、下描き無しに即興で制作している。彼のミシンワークは、まるで手描きのごとく自由に糸を操るのが特徴だ。制作風景の動画を見せてもらったが、両手で布を躍らせるように動かすと、刺繍の線が四方八方に広がっていく。彼のミシン使いはきわめて独特で、その様子を見たミシンメーカーの人は驚愕し、悲鳴(ミシンが壊れる!)を上げたそうだ。道具の既成概念を覆し、新たな創造の可能性を切り拓くアーティストは格好いい。筆者は松岡に「ミシンのジミヘン」の称号を捧げたい。

2017/07/24(月)(小吹隆文)

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