artscapeレビュー

尹熙倉:龍野アートプロジェクト2011「刻の記憶 Arts and Memories」

2011年12月01日号

会期:2011/011/18~2011/11/26

聚遠亭(藩主の上屋敷)[兵庫県]

古い醤油蔵と龍野城、聚遠亭(藩主の上屋敷)の三カ所で現代美術のインスタレーションが行なわれた「龍野アートプロジェクト2011『刻の記憶』」。場所が持っていた古い記憶を呼び覚ますように、生ける現代としてのアートが静かな煌めきを放つ展示は、連日数百人を超えた観客の心を魅了した。本レビューではデザインの視点から、聚遠亭の茶室における尹熙倉(ユン・ヒチャン)のインスタレーションを採り上げたい。
 尹は、陶や土を焼いて出来る「陶粉」を顔料のように用いて、絵画や立体を手がける。彼はまた、「四角」のかたちにこだわり、今回も数寄屋風の茶室のそこかしこに大小の白い、四角いオブジェが置かれた。陶で出来た原初的な幾何学形のオブジェは無機的なものに違いないのだが、これらの四角いオブジェはまるで生き物としてそこに「居る」かにみえる。遥か昔からこの茶室に住み着き、そこに静かに座し続けているかのようだ。
 この感覚は、ひとつには、陶という素材がもたらすものではあろう。陶芸家が茶碗を一個の生ける者のように愛でることはそれを明示する。だが、尹のオブジェが茶室にあって発する有機性の所以はおそらくそれだけではないだろう。茶室の「数寄」の造作もまた、このオブジェたちを息づかせる要因である気がする。
 尹が「四角」にこだわるのは、それが自然界に存在しないかたち、つまり、人工物だからだという。数寄屋書院造りもまた、「四角」をモジュールとする建築デザインであり、内部の意匠も土壁や朽ちた床板等を意図的に組み合わせたものである。実のところ、聚遠亭の茶室の意匠は、尹のオブジェの存在によって、オブジェがないときよりもいっそう輝きを増したかにみえた。つまり、オブジェの「四角」の人工美は、数寄屋の幾何学の人工美を引き出す触媒として作用しているのである。
 他方、白い、四角いオブジェたちは、数寄屋の空間においては明らかに異質な存在である。この異質さは、茶室に突然入ってきた人があたりに生じさせる異質さを想わせる。すなわち、もし尹のオブジェが息づいてみえるのだとしたら、それは、われわれがこのオブジェに、人間という異質なものの存在を重ね合わせるゆえのことではないか。このように考えると、インテリアというのは、それだけでは完結せず、人間や物のような異質なものの介入や存在があって初めて本領を発揮するのだという原点に気づかされる。尹のインスタレーションは、それを造形的にも象徴的にも示唆する洗練に満ちていた。[橋本啓子]



ユン・ヒチャン(龍野アートプロジェクト2011、聚遠亭での展示風景、2011)

2011/11/20(日)(SYNK)

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