artscapeレビュー
2011年12月01日号のレビュー/プレビュー
学習院大学史料館開館35周年記念コレクション展「是(これ)!」展
会期:2011/010/01~2011/12/03
学習院大学史料館展示室(北2号館1階)[東京都]
1975年に開館した学習院大学史料館は、今年で開館35周年を迎えた。これを記念して、収蔵品から優品35点を展示する。現在、史料館には14万点を超える収蔵品がある。その中心は古文書で、絵画や工芸品の比率は少ないとは言え、展示室における年二回の展覧会で紹介できる作品の数は限られる。歴史的に貴重な品であったとしても、テーマを定めた企画展からは外れるものもあるだろう。そこで今回の展覧会では統一したテーマは設定せず、収蔵品のなかから学芸員・研究員が選んだ優品を展示するという企画である。もちろん、それだけでは単なる収蔵品展である。今回の展覧会がユニークなのは、公式な作品解説のほかに、学芸員・研究員がそれを選んだ理由、お勧めのポイントを短い文章で、書店やスーパーのPOPのように、作品に付している点。とても面白い試みである。
収蔵品には学習院の関係者や教育関連の資料のほか、皇族、旧華族関連の寄贈品、寄託品が多数あり、今回の展覧会にも皇室に関係する史料が多く出品されている。なかでも工芸品として興味を惹かれたのは「ボンボニエール」である。ボンボニエールとは、皇室や華族の慶事の際に列席者に配られる小さな菓子入れ(金平糖が入れられる)で、史料館には現在100点ほどのコレクションがあるとのこと。特に戦前のものには、複葉機[図1]、鶴置物[図2]、兜[図3]など、意匠を凝らしたものが多く見られる。いずれも手のひらに乗る小さなもので、菓子入れとしての実用にはほど遠いものの、その造形はとても楽しい。慶事の内容にもよるが、多いときには2,000個から3,000個が数社に分けて発注されたという。そのために、同じものでもつくりに差が見られるのだそうだ。
また、史料館の客員研究員である皇太子殿下の「是!」は「牛車」。「唐車」と呼ばれるもっとも身分が高い人々が用いた牛車の図(西園寺家史料「九条家車図」、江戸時代)を中心に、戦前まで残されていた江戸時代末期の唐車の写真や、牛車型のボンボニエール[図4]などが合わせて展示されている。交通史を研究されてきた殿下ならではのセレクションである。[新川徳彦]
2011/10/10(月)(SYNK)
アンダーグラウンド
会期:2011/09/24~2011/11/25
シアターN渋谷[東京都]
かつてDVDはおろかビデオテープもなかった時代、シネフィルは固唾を呑んで映画を鑑賞していたという。自宅で再生できるわけではないから、いかなる一瞬も見逃すまいと、スクリーンに穴が開くほど視線を注いでいたそうだ。翻って飛躍的な技術革新を遂げたいま、私たちの視線は当時と比べると明らかに脆弱になっていると言わざるをえない。重要な台詞を聞き逃したとしても、いくらでも再生可能だから、あとで改めて確認すればいいだけの話だ。しかし、それがはたして私たちの文化や芸術を豊かにしたかといえば、そうともかぎらない。容易には見ることが叶わないからこそ「見る」意欲が高まり、ひいては批判的な感受性も敏感になるともいえるからだ。エミール・クストリッツァ監督の『アンダーグラウンド』は、DVDが廃盤になって久しく、見返すことが難しい名画のひとつだったが、このたび15年ぶりに上映された。記憶に残っていないシーンがないわけではなかったが、それでもブラスバンドの楽曲に誘われて思わず客席を立って踊りたくなる感覚が呼び起こされるところは15年前とまったく変わらなかった。しかも、ヨーロッパ中に張り巡らされた地下道のネットワークに示されているように、想像力によって歴史を物語る映画のありようがひとつも色あせていなかったところがすばらしい。虚構と現実を織り交ぜながら歴史を綴るという手法は、例えば大浦信行監督による『天皇ごっこ』がそうだったように、単に監督の自己表現というより、「歴史」というフィクションの本質に迫るために必要とされた戦術だったはずだ。であればこそ、私たちは『アンダーグラウンド』で描かれている、歴史をつくるために奔走し、その歴史に翻弄される人間たちの悲喜劇を、深い情動とともに受け止めることができたのである。バルカン半島のみならず、極東の島国が歩んできた歴史を想像的に物語る映画の日の出を待ちたい。
2011/10/24(月)(福住廉)
堀香子 展「指は聴く 光のあわい」
会期:2011/10/25~2011/11/06
ギャラリー恵風[京都府]
有機的な形態と複雑な曲線の陶オブジェを制作している堀香子。以前は紐づくりのみで成形していたが、近年は「たたら」という薄い板状の粘土を組み合わせる制作法との併用に移行。造形のバリエーションが更なる進化を見せている。植物が芽吹く様子を思わせるフォルムが散見されたのも新作の特徴と言えるだろう。
2011/10/25(火)(小吹隆文)
鉄道芸術祭 vol.1「西野トラベラーズ 行き先はどこだ?」
会期:2011/10/22~2011/12/25
アートエリアB1、中之島デザインミュージアムde sign de >、Antenna Media他[大阪府、京都府]
京阪電車の駅構内という珍しい立地のアートエリアB1。その特徴を生かすべく、大阪、京都にまたがる同社沿線の3カ所で展覧会を行なうユニークな企画が行なわれている。メインアーティストの西野達は、アートエリアB1内に巨大な沿線絵地図、街灯で家具などを串刺しにしたオブジェ、4室の仮設インターネットカフェなど、インパクトの強い作品を披露した。他の2会場では漫画家の横山裕一が個展を開催している。また、アートエリアB1に隣接する地下駐輪場では、contact Gonzoらのパフォーマンスも。さらに12月初旬には、西野と漫画家のしりあがり寿による船上トークや、ホーメイ歌手の山川冬樹とダンサーの山川キムによる貸し切り電車内パフォーマンスも予定されており、話題が尽きることはない。鉄道会社とアートの先駆的なコラボレーションとして、要注目である。
2011/10/26(水)(小吹隆文)
おまえはどうなんだ?
会期:2011/10/08~2011/10/29
松の湯二階[東京都]
銭湯を舞台にした展覧会。銭湯の1階は通常営業しているが、現在は使われていない2階を使って、12人のアーティストが作品を展示した。浴室はもちろん、サウナ、休憩所、更衣室など、空間の隅々を使い切る貪欲さが気持ちよい。ひときわ際立っていたのは、窪田美樹。くしゃくしゃに丸めた刺青の写真を浴槽の中に敷き詰め、湯が波立っているように見せた。さまざまな肌色とさまざまな文様が凝集した迫力が凄まじい。銭湯ばかりか社会全般からも「刺青」が排除されつつあるいま、窪田のインスタレーションはサバルタン(被差別民)の声なき声がさざめいているように見えた。思えば、そもそも銭湯とはさまざまな庶民が文字どおり裸一貫になって集う場所だった。かつて私たちは湯を分かち合い、ともに語らい、明日への英気を養うことで、人生をよりよく生き直してきたのである。そこから落語が生まれ、銭湯のペンキ絵が育まれてきたことを考えれば、銭湯とは人間の生と分かち難く結びついた芸術の母胎だったとさえ言える。浅草寺の「油絵茶屋」が絵から口上を奪っていった歴史を思い出させたように、本展は私たちの暮らしが銭湯という共同体を捨て去っていった歴史を連想させた。私たちは「近現代美術」を手に入れた代わりに、暮らしに根づいた芸術を失ってしまったのである。いま現代アートに私たちが望んでいるのは、その回復である。
2011/10/27(木)(福住廉)