artscapeレビュー
戸井田雄《時を紡ぐ(Marks)》(神戸ビエンナーレ 2011・高架下アートプロジェクト)
2011年12月01日号
会期:2011/010/01~2011/11/23
元町高架下(JR神戸駅~元町駅間の指定する場所:13箇所)[兵庫県]
本年の神戸ビエンナーレでは、初の試みとして元町高架通商店街の空き店舗を用いたインスタレーションが行なわれた。13組の作家による展示は、サイトに対する各人各様の解釈を反映していてじつに興味深かったが、とりわけ、多くの人を驚かせたのが、戸井田雄のインスタレーション《時を紡ぐ》だったろう。
入口にはカーテンが掛かっており、中に入ると、がらんとした空き店舗の空間が広がっている。什器はおろか、電灯以外、物らしい物はまったくない。あるのは、過去の住人たちの手垢と滲みが残る壁、床、天井だけである。途方に暮れて立っていると、突然明かりが消えた。その瞬間、暗闇の中に無数の青紫色の線刻が浮かび上がって、身体を取り巻かれる。あたかも宇宙の果てにいるかのような夢心地の気分に浸っていたら、再び明かりが付いた。殺伐とした空き店舗が再び目の前に広がった。
展示のからくりが、室内の傷や滲みにすり込まれた蛍光塗料にあることは誰でも容易に想像がつく。また、その主旨が、戸井田が述べるように、「空き店舗に積層していた、その場所の思い出や街の記憶を光として表す作品」であることにも素直に頷ける(『神戸ビエンナーレ2011公式ガイドブック』より)。まさに本作品は、コンセプトと造形が見事に合致し、しかもサイトの性格を完全に活用した優れたものなのだ。
とはいえ、雑然とした現実世界から突然、異次元の世界へと放たれた瞬間にわれわれが感ずるのは、そうしたコンセプトの存在ではなく、漆黒と青紫の光が生み出す非日常の「美」には違いない。ゆえに、今回の戸井田の作品は、きわめて辛口にいうなら、多くのコンセプチュアル・アートが抱えるコンセプトと造形の乖離という難題をやはり解決しきれなかったとも言えるかもしれない。たとえば、フェリックス・ゴンザレス=トレスのキャンディーを敷き詰めたインスタレーションは、この難題に対するひとつの答えを示している。加えて、ゴンザレス=トレスのインスタレーションはどこでも設置可能でありながら、サイトの性格を反映させる仕掛けも有している。そういう意味では、今後、戸井田が他のサイトやホワイトキューブの展示でどのような展開をみせるのかが楽しみだ。余談ではあるが、蛍光塗料のアイディアをもしデザインに応用するなら、たとえば、夜、就寝する前にリビングの明かりを消した瞬間のみ立ち現れるプロダクト・デザインというのは面白いかもしれないと思った。[橋本啓子]
2011/10/29(土)(SYNK)