artscapeレビュー

本橋成一 写真展 屠場

2012年07月01日号

会期:2012/06/06~2012/06/19

銀座ニコンサロン[東京都]

写真家の本橋成一の個展。食肉処理を施す屠場を映したモノクロ写真を展示した。撮影時期が比較的古いからだろうか、あるいは屠殺の現場だけでなく、その労働者たち自身にも肉迫しているからだろうか、本橋の写真には生物を食肉に加工する労働の手つきがたしかに感じ取れる。彼らが使う特殊な道具、空間の粗いマチエール、血液を洗い落とす放水の勢い。ともすると過剰に演出したくなる舞台を、即物的にというより、あくまでも労働の過程に沿って撮影しているのである。むろん、ここには未知の現場を広く知らしめるドキュメンタリーの要素が少なからず含まれているのだろう。ただ、それ以上に写真から強く印象づけられるのは、そのようにして労働の過程を追跡することによって、屠殺という文明社会の陰の一面をなんとかとらえようとしている本橋自身の姿である。彼らの生命を奪い取ることによって私たちの生命を保つこと。できることなら直視したくないこの自然の摂理を、本橋は身をもって目の当たりにしながらシャッターを切った。本橋の写真に現われている凄みは、屠殺という凄惨な現場に由来するというより、むしろその現場に立ち入った本橋自身の心持ちに端を発しているにちがいない。

2012/06/07(木)(福住廉)

2012年07月01日号の
artscapeレビュー