artscapeレビュー

五反田団『宮本武蔵』

2012年07月01日号

会期:2012/06/08~2012/06/17

三鷹市芸術文化センター 星のホール[東京都]

「剣豪演劇」と自称する五反田団の新作は時代劇。しかし、派手な殺陣が披露されるわけではなく、主人公が宮本武蔵であるにもかかわらず、五反田団らしいいつもの日常的情景が描かれた。山の湯治場、3部屋だけの宿に集う男たち女たち。作・演出の前田司郎演じる宮本は、その宿のなかで、自分が誉れ高い存在であることを隠そうとしない。この「誉れ高い存在」という自意識が芝居を牽引する。威張ったり、照れたり、すがったり、自意識はあれやこれやの芝居を宮本に演じさせる。だが周囲の者たちは、宮本がそう思い込んでいるように彼を尊敬するわけではない。宮本の勘違いが導く滑稽さ、情けなさ。そこにフォーカスするのが前田らしい。そもそもメディアが発達していない時代のこと。目の前の人が伝説の人物かを客観的に確かめることは難しい。宮本は孤独な剣士であるばかりか、孤独な演技者となって、この世に浮遊し続ける。「この宮本、中学生みたいだな」などと思わされる、前田お得意のコミカルな人間像は、そのまま喜劇として楽しんでも十分味わいがあるのだけれど、人間というものが生来有している自意識の姿そのものをそこに見るような気がして、人間というものが情けなくまた愛しく思えてくる。そういえば2006年の『さようなら僕の小さな名声』も「名声」をめぐる作品だった。自らの名声を誉れ高き人間にふさわしく他人に譲るという話で、前田自身が本人役で出演していた。本作は、人間の自意識の姿を描くこうした作品の系譜に属すものといえるかもしれない。

2012/06/13(水)(木村覚)

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