artscapeレビュー
第758回デザインギャラリー1953企画展「INGO MAURER 詩情とハイテック」
2019年10月15日号
会期:2019/09/11~2019/10/07
松屋銀座7階デザインギャラリー1953[東京都]
「光の詩人」や「光の魔術師」と呼ばれる照明デザイナーのインゴ・マウラー。確かにマウラーを超える照明デザイナーは、世界中を見渡してもほかにはいない。なぜ、マウラーだけが特異なのか。いろいろな評価がされているが、結局は情熱ではないかと思う。光への異様なまでの情熱が、既成概念を打ち破り、誰もが想像つかない自由な発想へと駆り立てるのではないか。私がマウラーについて印象に残っているのは、白熱灯へのこだわりである。欧州でも日本でも白熱灯の製造が中止され、光源がLEDへと置き換わる過渡期に、マウラーはミラノサローネなどの展示会で強い怒りのメッセージを発した。それも光への並々ならぬ情熱ゆえだろう。
一般的にデザインには大きく二つの役割があると言われている。ひとつは問題解決で、もうひとつは価値や意味を与えることだ。マウラーが常に意識しているのは、おそらく後者の方だろう。なぜなら照明は、明かりを灯すだけで実質的な用を成すため、簡単に問題解決ができてしまうからだ。それよりもいかに人々に魅力を感じてもらうかが重要で、そのためにマウラーが挑戦し続けているのが詩的な照明デザインなのだろう。また、照明器具は明かりを灯している間は用を成すが、明かりを灯していない間は用を成さないため、言わば空間の中で邪魔な存在となる。照明デザイナーは常にそのことを留意しなければならず、ゆえにマウラーは詩的なデザインに挑むのだとも思う。
本展ではマウラーが手がけた有名な製品、例えば大きな電球をモチーフにした「Bulb」や電球に天使の羽が生えた「Lucellino」をはじめ、最新作も展示された。なかでも蝶の群れが幻想的に舞う「La Festa delle Farfalle」はさすがと言うべきか、マウラーの詩的なデザインの真骨頂を見たような気がした。
ここ数年、欧州ではロウソクの売り上げが伸びていると聞く。主に伸びているのはおしゃれなアロマキャンドルで、部屋の中で炎の揺らぎと温かみを感じ、リラックスしたいと思う人々が増えているからである。積極的に家の照明を消し、ロウソクに火を灯す行為は、つまり明かりの価値や意味が変化してきている証拠だ。いま、人々が求めている明かりは温かみを感じることやリラックスできることであり、生活において不便なく照らしてくれる明かりではない。マウラーの照明デザインが尊敬され、受け入れられる要因もここにあるのではないかと思う。
公式サイト:http://designcommittee.jp/2019/08/20190911.html
2019/09/20(杉江あこ)